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私は真っ暗な空間で覚醒した。
ここは……?
そう思ったが、辺りを見渡す事は出来なかった。
それどころか視線を動かす事も出来ない。
何が起こっているのか……。
覚醒出来たのはほんの僅かの時間で、私はすぐに意識を失ってしまった。
再度意識が覚醒したが、真っ暗な空間で何も出来ない状態は変わっていなかった。
自分の意志で出来る事は何もない。
何も動かせない……まるで身体が存在していないような感覚だ……いや、感覚ではなく、恐らく今の私にはそれらがないのではないか……意識だけがここにある……そう考えているうちに私はまた意識を手放していた。
次に意識を取り戻した時、変化は訪れた。
視界にうっすらと明かりのような物が見えていたのだ。
全体的には真っ暗だが、視界の左端からぼやっと明かりが差しているように見えた。
それ以外にも変化が見られた。
口の中に何か違和感を感じる。
動かす事は出来ないが何かがあった。
舌が生えてきたのかも知れない。
背中には何かに触れている感触があった。
不完全だが肉体が存在している実感がある。
考えているうちに酷く意識が混濁してきた。
次に覚醒した時には劇的な変化があった。
瞬きが出来たのだ。
そして、視線を動かす事が出来た。
自分は狭い部屋に仰向けに寝かされているようだ。
うっすらと室内を照らす光の出どころを探すと、天井の隅から光が漏れている事がわかった。
私は腕を動かしてみた。
時間はかかるがどうにか動かせる。
私は光が差す方へ腕を動かし、少しでも多くの光をこの身に取り込もうとした。
この行動は無意識で行われた。自分が無意識でこの行動に出た事に始めは驚いたが、これが自分にとって最善の行動であった事がすぐに証明された。
水分の抜けたようなしわがれた腕だったが、より光を浴びた部分が目に見えて再生されていった。
その時私は確信した。
この光が自分をここまで再生させたのだと。
より多くの光を浴びる為には、光の差す隙間を拡げてやればいい。
私は時間をかけながら体を動かし、光へ寄っていった。
寄るごとに明らかに体に変化が見られた。
私は壁際まで体を寄せ、光の差す隙間を覗き込んだ。
直線で光が差している訳ではなく、隙間に光が差し込み、隙間の中で乱反射しながら辛うじてこの部屋まで届いているようだ。
私は本能的に指先に意識を集中して光線を放った。
放った光線は隙間に吸い込まれていった。
一気に疲労感は増したが、差し込む光量が増えた。
今放った光線は糸のように細く弱々しかったが、外まで一直線に貫通し、光線が作った穴へ光が差してきたのだ。
身体の再生は一気に進んでいった。
その内記憶も戻ってくるだろうか……。
そう考えながら光に照らされて少し眠った。
眠りから覚めると光は無くなっていた。
夜になったのだろうか?
私は視界確保の為、無意識に指先から光球を出し、天井へ浮かべた。
部屋がぼんやりと照らし出される。自分の身体がほぼ再生されている事がみて取れた。
眠っている間に受けた光で再生は完了し、更に光球を出せるだけの光力も充填されたようだ。
私は部屋を見渡してみた。
直径が3メートル程の円柱型の部屋だ。
壁は綺麗に削られていて、継ぎ目はない。
壁と天井との間には継ぎ目があるが、きっちりと粘土のような物が詰められている。
大きな岩をくり抜き、上から栓をねじ込んだような構造ではないかと思う。
出口はどこにも無い。
この部屋は本来一切の光が入らない構造になっているのだろう。私は真っ暗な部屋に封印されていたようだ。
だが、壁と天井の間に奇跡的にほんの僅かな隙間が出来、再生する事が出来た。
封印されてからどれぐらい時間が経っているのだろうか。
それ以前に私は封印を受けるような存在だったのだろうか……。
残念ながら記憶は戻っていない。
現時点で肉体的な再生はほぼ完了している。
今戻っていない記憶は今後も戻らないと考えた方がいいかも知れない……何かきっかけがあれば戻るかも知れないが、あまり期待しないようにしよう。
この部屋から出る事は簡単だった。
私は光と共にこの身を移動させる事が出来る。
どんな隙間でも光を通す事が出来れば通り抜ける事が出来る。
それを本能的に理解していた。
指先を隙間に当てて少し考えた。
出た先はどうなっているのだろう?
出た先に多くの敵対生物がいた場合、それらを捌ききる程の光力はまだ得られていない。
暗いうちに出るのは時期尚早か……そう思い直し、光の差していた位置に座り、静かに目を閉じた。
次に目を覚ますと弱い光が差し込んでいた。
昨夜よりも光力が増しているのを感じる。
外は陽が登っているようなので、出ればほどなく全快出来るだろう。
私は光の差す隙間に指を当て、部屋を出た。
私は大きな岩の上に出た。
その大岩は高い崖の中腹にあった。
地盤が崩落する事によって、大岩の一部が崖に露出していたのだ。
恐らくこの大岩は地中に埋められていたのだろう。
何らかの災害時に地盤が緩み崩落した。
結果的に大岩が露出し、岩と栓の隙間に光が差し込んだのだ。そのおかげで私は再生する事が出来た。
私が封印されてから相当な時間が経過しているのではないか。
この大岩も露出している部分はすでに表面が風化してきており、露出してから相当年月が経っていると推測出来る。
私は岩の上で太陽光をしっかりと浴び、光力を完全に充填出来た実感を得た。
私は崖の下を覗き込んだ。
下まで100m以上はあるだろうか。
相当高い。
次に崖の上を見上げた。
崖は15mほど続き、その上は見えない。
私は崖の上を狙い光線を放ち、瞬時に崖の上に移動した。
この山は木が生えてないようだ。そのせいで地盤が崩落したのだろう。
私は僅かに生えている植物でこしみののような物を作った。
これでいつ知的生命体と遭遇しても慌てずに済む。
次に食料を探す事にした。
私は光さえ有れば何も飲食せずとも生きられるが、嗜好品として食事を摂る。飲み物も飲む。
特に喉が渇いていた為、水分を求めて歩き回ってみる事にした。
勾配を下へ向かってしばらく歩くと、次第に周りに植物が増えてきた。
木は立派な根を張り、これでもかと言わんばかりに枝を伸ばしている。足元にはうっそうと草が茂り、ゆく手を阻む。
草をかき分けながら更に進むと果実を発見した。
この果実は見覚えがある。
ブドウだ。沢山なっている。
私は一つ食べてみた。
甘酸っぱい感覚が舌を刺激する。
久しく味わっていない感覚だからだろうか。
死ぬほど美味い……。
私は夢中で食べた。
ブドウはみずみずしく、程よく喉を満たしてくれた。
そろそろ移動を再開しようかと思った時にこちらを見ている生き物がいる事に気付いた。
アゴに大きな牙を持ち、四本足で立っていた。
その生き物にも見覚えがあった。ボアだ。
ボアはこちらへ突進しようとしたが、私の光線が先に額を射抜いた。
一歩目を踏み出した瞬間ボアは前のめりに崩れ、そのまま痙攣していた。
射抜いた場所が悪かったようで死にきれていない。
私は光線をブレード状にスライドさせ、首を切り落とした。
思いがけず食料が手に入ったので、近くで火を起こせそうな場所を探す事にしよう。そう考えて開けた場所を求めて移動を開始した。
私はボアを光に変え、体内に取り込んだ。
ボアを光力に変換して取り込む事も可能だが、今は太陽光に当たっているのでフル充填状態だ。その必要はない。今はボアに戻せる状態で体内に所持している。こいつは嗜好品、この状態ならいつでもボアとして取り出し、食べる事が出来る。
私の記憶は不思議だ。自分が出来る事や、ブドウやボアなどの名前は覚えていたが、自分の名前や過去の記憶は覚えていない。
考えても仕方ないが、考えていかないと一生思い出せないかも知れない……。
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