ずっと待っていてくれた旦那様と異世界で再会するだけのお話
(…幸せな人生だったな)
薄れていく意識の中で、私はぼんやりとそんなことを考えていた。
うん、間違いなく最高の人生だった。愛する人と生涯寄り添い、子宝にも恵まれたのだから。
若い頃はとても貧しかったけど、そんなことはどうでも良かった。
どんな苦労も愛する旦那様と二人で乗り越えてきたから、私にとっては苦労や困難もすべて美しい思い出だった。
私がこんなにも幸せな人生を送れたのは、すべて旦那様のおかげだね…。
唯一残念だったのは、その旦那様との別れがちょっと早かったことくらいかな。
…とはいえ、二つ年下だった私の旦那様は81歳で亡くなっているわけだから、十分長生きしてくれたんだけどね。
大きな病気もなく98歳まで生き抜いてしまう、私のあまりにも強靭な肉体がいけないんだ…。
…長いこと待たせてごめんね、じいちゃん。
今、そっちに行くからね。
よかったらまた、あなたのおそばにおいてくださいな。
最後の瞬間、私の体はとても柔らかくて温かい光に包まれた気がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日、うちの屋敷は朝からとても慌ただしい雰囲気だった。
無理もない。第一王子でいらっしゃるモーリッツ殿下がなぜかうちのような田舎の子爵領を訪問なさる日だったから。
そして、ピリッとした緊張感が漂う屋敷の中でも、もっともそのボルテージが高かったのは私の周りだった。
それはなぜか。
モーリッツ殿下のご訪問の目的がどうやら私との面会のようだったから。
表向きのご訪問理由はうちの領地の視察だったんだけど、事前に王城から連絡が届いていたんだよね。
屋敷の訪問の際には子爵家次女のリーゼロッテ…つまり私との面会の場を必ず設けるようにと。
モーリッツ殿下は、20歳にしてすでに現国王陛下の権限の一部を移譲されていて、次期国王の就任は間違いなしとされている方。
普通に考えると私のような田舎の子爵令嬢とは一生接点がないはずの、雲の上の存在だった。
そんなモーリッツ殿下がなぜ?という疑問はあったものの、いずれにしても私や我がランメルツ子爵家に拒否権などあるはずがなく…
私は朝から何人ものメイドに揉みくちゃにされ、大して似合いもしないおしゃれをさせられていた。
というか私、まだ5歳なんだけどなぁ…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お初にお目にかかります。ランメルツ子爵家のリーゼロッテと申します。本日はこのような機会をいただけたこと、至極光栄に存じます」
…我ながら気持ち悪い5歳児だなと思った。
でもまあ、権力者に礼儀正しくするのは大事なことだし、子供らしく振る舞えと言われても前世の記憶が邪魔をしてできないから、別にこれでいいや。
「あなたがリーゼロッテ様ですか。お会いできて嬉しく思います。お噂通り、とても聡明な方ですね。モーリッツ・シェーレンベルクです。どうぞよろしくお願いします」
そう言って柔らかい笑みを浮かべたのは、「貴公子」という言葉をそのまま擬人化したような感じの美しい青年だった。
シャンパンゴールドの上品な髪に、サファイアブルーの瞳。ちょっと気持ち悪いくらい整った顔立ちに、全身から滲み出ている品格と威厳。
遠くで見ている分には目の保養になるかもね。
持っている権力がすごすぎて、お相手するとなると疲れるけど。
そんな私の気持ちを察しているのか察していないのか、モーリッツ殿下は楽しそうな表情で私に次々と質問をぶつけてきた。
仕方なく一つひとつの質問に丁寧に答える私。
いや本当に疲れるんだけど。早く帰ってくれないかな。
「これが最後の質問なんですが…」
おっ、やっと満足してくれたのかな。よかった。
「リーゼロッテ様は…」
そう言って私の目をじっと見つめる殿下。何なのその間は。ものすごく緊張するからやめなさい。
「ニホン、という言葉に聞き覚えはありますか」
…!?!?!?!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「来るのが遅いよ、ばあちゃん!いやもちろん長生きしてくれたのは嬉しいけど…。寂しかった…!会いたかったよ!!」
そうかそうか。そうだよね。
辛かったね。寂しかったね。
ごめんね、じいちゃん。本当にごめん。
待たせすぎちゃったね。
でも一人でよく頑張ったね。えらいよ。よしよし。
私は小さい体を精一杯伸ばし、涙を流しながら甘えてくる殿下…いや旦那様を優しく抱きしめて彼の頭をなで続けた。
…結論から言うと、モーリッツ殿下は私の旦那様の生まれ変わりだった。そして私と同じく前世の記憶を持っていた。
今回、わざわざ田舎の子爵領まで出向いてきたのは、とても聡明だけど、子供らしさが微塵もないちょっと不思議なランメルツ子爵家次女…つまりは私の存在を噂で聞いたのがその理由とのことだった。
噂で聞いた特徴から、もしかしたら私が自分の妻の生まれ変わりかもしれないと思ったと。
その話を聞いた私は、まずは大好きな旦那様が生まれ変わっても私を探し続けてくれたことに対する喜びに酔いしれたんだけど…次の瞬間「あれ?」と思ってしまった。
なんでこの人、私も前世の記憶を持ったままこの世界に生まれ変わるかもしれないって思ったんだ…?
なんでちょっと不思議な子爵令嬢が単に「自分と同じ転生者」ではなくてピンポイントに「自分の妻」かもしれないと思ったんだ…?
私は自分の疑問をそのまま旦那様にぶつけてみた。それに対する旦那様の答えは…
「そうなるように女神様にお願いしたからだよ。どうやら俺の本来の寿命は81じゃなくて83だったようでね。向こうの手違いで2年早く死んじまったらしいんだよ。だったら今すぐ生き返らせろと散々クレームを入れたんだけどそれは無理って言われて…」
は?手違いで予定より2年も早く死んだってこと?私を残して?「それは無理」じゃないわよ。私と旦那様の2年を返して!
「だから俺、だったら来世もばあちゃんと一緒の人生にしてくれ、もちろんお互いの記憶を持ったまま、って交渉したわけよ」
「……!」
…賢い!素晴らしい!さすが私の旦那様!2年を諦める代わりに次の数十年を手に入れちゃうなんて。やっぱ頼りになる!大好き!
「あと、前世は俺が不甲斐ないせいでばあちゃんには散々苦労をかけたから、次はばあちゃんに一生王妃様のような生活をさせてあげられるようにしてくれーとも言ったべさ。そしたら本当に次期国王の身分で生まれてしまって…」
だから王子様に転生しちゃったのか。
というか若い頃貧しかったのをまだ気にしてたのね…。私はあなたと一緒ならどんな生活でもよかったのに。
「ありがとう…ありがとうね、じいちゃん。また会えて本当に嬉しい。私、すごく幸せだよ」
「ああ、俺もだよ。ちゃんと生まれてきてくれてありがとう。…でもこれから、どうしようか…」
「どうするって…何を?」
「いやほら、俺は今20歳で、ばあちゃんは5歳なわけだからさ…」
あー、そういうことね。
前世の世界とはいろいろ常識が違うと言っても、やはり20歳の青年と5歳の幼女ではかなりハードルが高いんだろうな…。
「…ま、いろいろ考えてもしょうがねぇか。細かいことは婚約の準備を始めてから考えよう。とりあえず来月辺りに一度王城に来てもらう感じで良いか?ばあちゃん」
しばらく「ロリコン王子…」とか「周りの白い目が…」とかのセリフをブツブツ言いながら何やら一人で考え込んでいたじいちゃんは、吹っ切れたような、何かを諦めたような顔をして私にそんなことを言ってきた。
「うん、何でもいいよ。私は今回もじいちゃんについていくだけだから」
「ありがとう…。これからもよろしくね、ばあちゃん。…愛してるよ」
「私も愛してる。どうか今回も末永く、あなたのおそばにおいてくださいな」
そう言って私は、嬉しそうに微笑む旦那様の唇に軽く口づけをした。
…第三者から見ると倫理的にかなり問題のあるシーンかもしれないけど、そんなことは気にしない。
前世も現世も、まわりのことなんて私にとってはどうでも良いことなんだから。
探してくれて、そして今回も私を選んでくれて…
本当にありがとう。
今回もどこまでもあなたについていくからね。
…心から愛しています、私の旦那様。
読んでいただき、ありがとうございました!
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2秒で終わるはずなので…何卒…何卒…!