ギルド追放① 転生と不発
「うわぁ……寝すぎた」と絶望した経験がある方はいますか?
寝すぎが才能になる異世界があったら面白そう!と思い投稿しました。毎日投稿頑張ります!
「何人たりとも俺の眠りを妨げる奴は許さん……」
トラックにひかれて血だらけの青年は、無意識に呟きながら永遠の眠りについた。
「消滅砲!!」
ドォォーン!!
大きな揺れと叫び声で意識を取り戻した俺は、見知らぬ木造の部屋にいた。首元に縄がくいこんで息ができない。
--死にたくない! さっきひかれて死んだ直後なんだけど!!
上を見るとドアの取っ手が見え、仰向けの状態で手足がだらんと下がっている。ドアノブに紐をつけて首を吊るような姿勢だ。俺はとっさに息を吹き返して何とか体を起こし、首の縄を緩めて外した。
--なんでこんな状況になったのか全くわからない。俺はひかれて死んだはずでは?
俺の名前は沖田洋平、スラムダンクが大好きな大学2年生だった。寝ているときに起こされることが大嫌いで、起床時に流川のセリフを一人で言うのが癖だった。中学の時にバスケをやっていたが、ひざを痛めてからは過酷な練習についていけず退部する。その後は漫画やアニメを見るのが趣味で日々を過ごしていた。大学では遊びとバイトで単位が追い付かず、必修科目授業に遅れそうで急いでいたらトラックにひかれて死んでしまった。気が付いたらこの部屋にいた。
部屋を見回すと、机の上に遺書らしき文字が書かれている。見たことのない文字の羅列だが、頭の中にふわっと意味は浮かんできた。
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アントムとそのギルドメンバーへ
ごめん
僕は傭兵として頑張ってきたけど戦闘で色々迷惑をかけてしまった
僕が持っていた資産は全て売って借金の返済に当ててほしい
魔導入門書はコーネットに返すよ、今までありがとう
ニムリー
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この「ニムリー」という青年がパーティで何か迷惑をかけて、借金苦で自殺したというわけか…… 若くて健康な体じゃないか。ニムリーという青年が自ら死を選び、事故死してもまだ生きたいと思った俺がここにいる。この捨てられた体、悪いが自由に使わせてもらうぞ。まずはこの部屋の調査だ。
・銀貨11枚
・銅貨13枚
・衣服と寝具
・ボロい片手剣と木の盾
・手つかずの魔導入門書
・ねじ巻き仕掛けの時計
・借用書
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借用書
金貨53枚を借用し、受領しました
利息を一期3割とし、収穫期に返済します
期日までに返済できない場合は、身売りして返済します
貸主 ラッセント・D
借主 ニムリー・A
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--金貨53枚?
借りている金貨53枚がどれだけの価値があるのかわからない。まず町に行って調べてみよう。貨幣を小さい袋に包み、武器を腰に差して外に出た。
外は異世界のイメージがそのままが広がっていた。大通りで肉や魚、武器、書物を売り買いして貨幣を受け渡ししている。初めての異世界に緊張していたが、人々の声を聞くとその言葉の意味が分かるようになる。ニムリーが言葉を聞けるのであれば、乗り移った俺にも理解できるということか。
少し勇気を出して、果物を売っている店の人に話しかけてみた。
「こ、この赤い果物は1個いくらだい?」
「銅貨10枚だよ」
「銀貨1枚ならいくつ買えるのか?」
「10個買える」
「金貨は銀貨何枚と交換できるか?」
「この辺じゃあ金貨は流通してねぇな。王都に行けば銀貨105枚で交換できるって聞いてる」
「わかった。ありがとう」
赤い果物を買わずに離れた。話す言葉はそのまま相手に通じるようだ。相場はよくわからないが、1個100円として銅貨の価値は10円程度、銀貨は100倍の1000円程度と考えると妥当だ。金貨の交換レートなら10万円相当だろうか。手持ちの銀貨11枚と銅貨13枚で1万1130円。
……金貨53枚って、借金530万じゃねーか。どあほう!
転生したら、すでに多額の借金を抱えていた件について…… 辛くてニューゲームだ。
「あっ! ニムリー!! 良かった……」
杖を持った黒髪の魔法使いの少女が、泣きそうな顔で走ってきた。逃げようとも思ったが、この体の主の情報を得られると思い、話を聞いてみる。
「昨日ニムリーがとても暗くて心配で…… 私、もう会えないと思って……」
突然俺の胸に抱きついて、泣き出した。ニムリーとこの娘、仲が良かったんだな。
「私、もうニムリーと離れたくない! 」
彼女が泣き止むまで、俺は抱きしめて頭をなで続けた。
「私を解放して、一緒に連れて行ってくれるって……」
解放? 何が何だかわからないが、今どのような状況かを知りたかった。
「あ、ああ。今日ちょっと階段で頭を打って記憶が少しあいまいになっているんだけど、今の状況を教えてほしいんだ」
「えっ…… 大丈夫? 今日はギルドマスターのアントムに魔術を見せる試験があるのに……」
「ニムリーならきっとできる!私、信じているから!」
素直に心配してくれる彼女は恐らくコーネットという名前だろう。
「ああ、きっと何とかなる。コーネットは俺を心配してくれているだね」
「ニムリーはずっと私を支えてくれた希望だから…… 必ず成功して」
「ありがとう。試験の前に、魔法の使い方のコツを教えてほしんだ」
「わかった。試験まで時間があるから、ここで練習しよう。声を出すと魔法が出て消耗するから、小声でね」
魔術が全くわからない俺に彼女は何か違和感を持っていたが、丁寧に教えてくれた。おでこの中心から右手の人差し指に魔力が流れるイメージで「ファイアー」と心と声で同時に詠唱すると指先から火が出るというやり方だ。前の世界で思い描いたイメージとここまで似ているのかと驚いたが、今はその魔術試験を通すことが最優先だと思い、コーネットの振りを繰り返し練習した。
「来たかニムリー。3度目の挑戦だ。これで火が出なきゃ戦力外通告を出す。わかっているな?」
10分ほど歩いた時に前から声がした。人気が少ない広場の真ん中に、椅子に腰かけたリーダー格の剣士が一人。その後ろには数人のパーティーメンバーが立ってこちらを見ている。狩りが終わった後なのか、獣が入っている袋がいくつも置いてある。真ん中の座っている奴がアントムか。
「……」
俺は無言のまま、ゆっくりと近づく。
「人どころかモンスターすら切ることができず、回復も補助魔法もできないメンバーはギルドに迷惑がかかるんだ。後ろの仲間も今回で納得してくれた。さあ、ここで魔法を見せてくれ!」
「わかった。今から火を出す」
ニムリーは剣士でありながら誰かを傷つけることができない優しい人間だった。アタッカーとしてはダメでも、補助で活躍できればまだこのギルドに残ることはできる。本番一発勝負だが、今できることをやってみるだけだ。コーネットは後ろで不安そうに見守っている。
「ファイアー!」
俺は習った通りに意識と手振りをした。何も起きないので、もう少し声を大きく張り上げて叫んでみる
「ファイ、アー!!」
人が少ない広場に、声がむなしく消えていく。遠くの人が何やっているのか、とこちらを見るようになった。何度かやり方を変えて叫んでみたが何の変化もない。
「はぁはぁ…… ファイ……」
1分以上必死に唱えてみるが何一つ変化なく。魔法は使えなかった。
「ニムリー!! もういい。 試験終了だ。 お疲れ」
アントムはフン!と鼻で笑いながら椅子から立ち上がり、椅子を横に思いっきり蹴り飛ばした。椅子が転がる音が広場に響く。呆然と立ち尽くす俺に、後ろにいたコーネットが後ろから抱きついてきた。
「魔法詠唱と動きには問題はなかった…… でも何で魔法が出ないの……? 何か、場が変だった…… 妨害のような……」
「コーネット!! 早く戻ってこい!!」
アントムがコーネットが戻ってこないことに気づき、大声で呼び戻した。
「はい! アントム様!!」
彼女はアントムに呼ばれて、言葉を中断した。口を僅かに動かし、指をちょいちょいと動かすと横に転がっている椅子が指先に吸い付くように移動した。彼女は椅子を乗り物のようにまたぎ、ふわふわと浮きながらアントムがいるパーティーの所に戻っていった。
「何が足りなかった?」
一人だけになった俺は、膝から崩れ落ち、悔しさでいっぱいになった。この感情は記憶にあった。中学のバスケットでレイアップのシュートが何度やっても決められず、何故自分だけ?と死ぬほど悔しくなったのだ。
その答えは練習とあきらめない心だった。とにかくうまい人から見て学び、動いて改善点を指摘してもらうこと。そして指摘を受け入れる冷静さが俺を変えた。コーネットの指導と家にある魔導入門書を読んでみれば問題を解決できるかもしれない。
気が付いたら日は沈みかけていた。転生してから1時間も経っていないのに、時間の進み方が早く感じた。家に帰る途中、男たちがタバコを吸うように小さな火を指先から飛ばしていた。この世界では誰でも魔法が使える世界のようだ。
帰りの果物屋で、売れ残りの赤い果物2つと小さめの青い果物を3つ買うことができた。全部で銅貨13枚と安く変えた。
異世界の食べ物で何か拒絶反応が出るか心配だったが、空腹には耐えられない。ニムリーの家に戻り、ベッドに座って一口かじってみる。今まで食べた甘いリンゴと比べて甘さは少ないが、美味しい。気が付いたら夢中で食べてなくなっていた。少し気力がわいてきた。
魔導入門書を一通り読んだ後、ベッドに横になりながらコーネットの教えを思い出して繰り返しファイアーを小声で唱えてみる。
「ファイアー……」
ぼっ!
「!!?」
指から出た小さな火は、大きな希望の光となった。
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