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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
リン 7
99/123

リン 二十 ー 35 ー

熱に浮かされた力強い瞳に射抜かれた。

上擦った声が紡ぐ言葉は本音以外ありえない。


「俺と結婚してくれ」


ずっとスエンの気持ちを見ないようにしていた。

ただの友人だと自分にもスエンにも言い聞かせて、勘付かせるような言葉を避けた。

スエンを疑っているわけではない。

どんなに強く想ってくれていても受け止められないことをわかっていたから。


「俺は……」


言葉が途切れた。

スエンの気持ちを否定したところでリンの気持ちがなくなるというわけではないのだ。

もちろんスエンが嫌いではない。

むしろ一緒にいて温かな気持ちになる。

今、この場で求婚を断ったら、スエンはもう着いてきてもらえないだろう。

ここで三人での旅が終わってしまう。

リンは邑に帰ることを想像した。

リャンと二人だけの帰路に、スエンがいない。

彼と離れてしまうのは寂しくて胸が痛んだ。

目を閉じてゆっくり考える。

この気持ちはなんだろう。

クロウを想う気持ちと似ていて、全く違う。

柔らかくて形にするのは難しい。

言葉にするなら間違いなく好意であることはわかった。

スエンが望んだ物ではないかもしれないが、『拙い好き』でよければ渡したい。

どうせ、クロウにあげられないのだから。


「いいよ」


スエンが苦笑する。

断ったと思われているのがすぐにわかった。

スエンは初めから成就するわけないと理解していたのだろう。

そうだとしても言葉は選ぶ。

ふとスエンが真顔になった。視線を忙しなく動かし、最後にリンを凝視する。

信じられないと言いたげな顔だ。


「え……い、いいって、言ったのか?」

「うん。言った」


聞こえてなかったのかと首を傾げる。

スエンが目を細める。

噛み締めるように俯いて、暫く後大きく息を吐く。


「いいのか?」

「だからいいって。但し、二つ条件がある」


スエンと夫婦になることに異論はない。

婚期をとうに過ぎ、男を装っていた手も足も出る口の悪い女を嫁にしたがるのは、あとにも先にもきっとスエンだけ。

貰ってくれるというなら有り難い話だ。

だけれども、解決しなければならない問題が二つある。


「俺は、クロウの従者になる為にリオン様に拾われた、クロウの物だ。だから、クロウとリオン様の許可を貰わないといけない」

「…………ああ」


結婚の届けは神殿にするもの。

住民登録している町の神殿や役所で夫婦の承認を得る。

旅の途中で神殿に行くことも可能だが、同時に住人登録もしなくてはいけない。

一応神殿の頂点である神官に仕えている者として、主人の許可は必須。

目的地は決まっているので、同時に主人の許可を得れば良い。


「もう一つは、俺の内にいる魔を祓うこと」

「それは、大事だな」


リン自身の問題である魔。

魔憑きである限り人を襲う可能性があり、魔が暴走でもしたら新婚生活どころではない。

最悪リンの頭と胴は離れ離れだ。


「二つを解決できれば、スエンの嫁になるよ」

「嫁……」


嫁という言葉にスエンの顔が赤くなる。

口角が上がっているので照れているのだろう。

リンが知っている夫婦を思い浮かべる。

港町の宿屋の大将と女将、邑の神殿に勤めるリオンの右腕のチェンと女官長のラン。

どちらも女性が強い恐妻家だが仲が良い。

どんな形でも仲の良い夫婦が理想だ。

はたと思い当たる。

具体例を挙げたことでよりスエンとの結婚を想像してしまった。

本当に好いていてくれているのだと意識すると、リンも釣られて真っ赤になってしまう。

耳まで熱い。全身茹だっているようだ。

急に恥ずかしい気持ちでいっぱいになってしまった。


「リン、俺はお……」

「たっだいまー!」


勢いよく扉が開き、リャンが飛び出すように入ってきた。

手には何人分かと問いたい程食べ物が抱えられている。

突然のことに驚いて固まっている二人を二度の瞬き程度観察し、全てを悟ったと言わんばかりににやにやと下卑た笑みを作った。


「え~~? まっさか本気で言っちゃったぁ~?」

「うるせぇよ……」

「うっそ!? 無謀なことしたなぁ」

「リャン兄が嗾けたのか」

「うん? 森に入ったらもう戻れなくなるからさぁ。親切心じゃん?」

「余計なお世話の間違いだろ」


冗談なのか本気なのか、リャンの真意はよくわからないが、森に入ったら出ることは難しくなる。

リンとリャンは故郷に帰るだけだが、スエンは知り合いもいない見知らぬ土地。

二人とは違う覚悟が必要だ。

ずっと三人でいたから、邑まで当たり前の様に一緒だと思い込んでいた。

別れる可能性だってあったのに。


「で? どうすんの? 港町に帰る?」

「なんでだよ。帰らねぇよ」

「自虐趣味なのは知ってたけど、真性だなぁ」

「駄目だと決めつけてんだろ、リャン」


満面の笑みを浮かべながら頷く。

リンはつい自分の頬を摩った。

そんなにわかりやすくクロウを慕っているように見られていたのかと。

下手な動揺はしていないつもりだったが、兄貴分にはバレバレだったようだ。

人の心の機微に鈍いリャンが知っているなら、聡いチェンや、近くにいたクロウ本人も知られているのではないかと疑ってしまう。

敬愛や親愛以外の感情も見破られていてのなら、違う意味で帰りづらくなるではないか。


「ようは神官様に勝てばいいんだろ」

「無理無理。クロウ様はいろんな意味で規格外だから、普通の人間は勝てないって」

「リン!」


リャンに小馬鹿にされたスエンがリンに助けを求める。

いつの間にかクロウからリンを略奪するという話になっていたのにも驚きだが、クロウに挑もうとするスエンにも驚いた。

しかし、助けようがない。

クロウが誰かに負ける想像ができないのだ。


「えーっと、クロウは俺より強いぞ?」

「味方がいねえ!」




旅支度を揃え、次の町へと向かう。

次は、魔の森に一番近い村。

邑と交易がある隊商がよく利用することもあり、護衛の任務でリンとリャンも訪れたことがある。

何年も前のことになるが、顔見知りがいる場所だ。

運良く村にいく商人に出会えたので、荷馬車の護衛として一緒に町を出ることになった。

気の良い好爺で、麦や豆を運ぶのに男手を探していたという。剣が握れるとわかると二つ返事で雇ってもらえた。

馬車が走る道は平坦ではなく、ごつごつとしていて、都や南の町と比べて人の手が入っていないのがわかる。

幅の狭い道から車輪が脱線しかけ、足止めされること数度。

予定よりかなりゆっくりだが、だんだん見覚えのある景色に近づく。

山裾を過ぎ、林を抜けたらすぐが村だ。

その向こうには禍々しい程真っ黒な森が広がっている。

懐かしいと感傷に浸るべきか、忌々しいと吐き捨てるべきか、内心複雑だ。


「…………っ」


ドクンドクンと鼓動がやけに大きく聞こえ、意識が霞む。

すぐ我に帰り、両手を目の位置まで掲げる。

傷だらけの肌色を確認すると、安堵の息を吐いた。


「リン、大丈夫か?」


すぐ横でスエンが呼ぶ。

霧掛かっていた目の前がさっと晴れた気がした。


「顔色が悪ぃぞ。横になるか?」

「……大丈夫だ」


耳元で底冷えするような低くドロドロした声が鳴く。

森に近づく程心臓がバクンバクンと胸を大きく打って痛んだ。

胃は空っぽの筈なのに吐き気もある。

臓腑をかき回されているようで不快で仕方がない。

魔が騒いでいる、早くーーーーーーーーと。


「なまえ……」

「なんだ?」

「名前を呼んでくれ。正気を保てる」


魔に意識を刈り取られない様に。

一瞬でも気を許せば魔に食われそうだ。

森に近ければ近い程魔の力は強くなる。

内を巣食う魔が膨れ上がって落ち着かない。


「大丈夫だ。俺がついてる、リン」

「ありがと……」


ぐいと強引に頭を引き寄せられ、スエンの肩に乗せられる。

何度か目の溜め息を吐き、リンはすっと目を閉じた。




「…………俺の目の前でいちゃいちゃすんなっつーの」

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