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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
クロウ 5
90/123

クロウ 二十 ー 22 ー

朱色は魔が嫌う色。

神官が生み出す炎の色。

朱色の炎があれば、普通の人間も魔に侵された森に入っていける。

ただし、光が届く場所に限定されて。

光が届かない深層では、魔の力が勝ち、神官の炎を持っていようと命の危険に曝される。

魔は炎を持った人間を何が何でも消そうとする。

魔の力が染み込んだ木、魔憑きになった人や動物が襲いかかってくる。


そんな危険な森だが、邑は木材・木工業が盛んで、森の木々は財産だ。

魔の力なのか、切っても切っても数ヶ月で立派に成長する。

お陰で魔の森との境界が立国以来あまり変わらない。

魔の力も森の端では弱い。

木を切っても襲いかかって来ることはない。が、魔の影響を受ける為、神官の炎が必須となる。


「どれを切る予定だ?」

「これと、あちらの二本です」

「これは一昨年切ったものなので朱炎で大丈夫です」

「この一帯は五年以内のものになります。北の方が手つかずですね」

「あっちは北の奴らが煩いと文句を言いにくるもんですからね。放っておきましょう」


クロウが炎で浄化を行い、魔が抜けたものを切っていく。

魔の森の木は浄化をしなければ傷一つつかない。

大きな嵐が来ようとも風に靡くだけで葉一枚落ちないのだ。

自然の中にある不自然。

そんなものが人体に良いわけがない。

それを変えられるのは、浄化の白炎を使えるクロウだけ。


「クロウ様。ご無理なさいませんように」

「心配性だな、ルオウ」

「子を心配しない親などおりますまい」

「では、おまえもガランやツェイを心配させない為に、いい加減に身を固めたらどうだ」

「それとこれとは話しが違います!」


四十近くにもなって今だ独り身のルオウが、本日のお目付役としてクロウに同行している。

リオンの側近の中でも古参であるルオウが側にいれば、クロウも勝手な真似はしない。

黙々と作業のように木を焼いていく。

浄化した木は数日置いておくとまた魔の力が溜まり、浄化を上書きしていくので、もはやいたちごっこのよう。

本日切る最後の一本を朱炎で覆うと、さすがに疲労を感じた。

ついでに空腹を知らせる腹も鳴る。

額にじんわり浮かんだ汗を拭い、持ってきていた水を一口含む。

流石に水だけでは腹は膨れない。


「先に戻りますか?」

「そうだな」


森の端であり邑の外壁に近くならば、朱炎を周囲で固めればクロウがいなくとも魔の影響を受けずに作業が出来る。

作業者たちに労いの言葉を掛け、クロウとルオウは神殿へ戻ろうと外壁に沿って歩く。

森に面した邑の出入り口は神殿裏と南の海側に一ヶ所、そして北に一ヶ所ある。

北の出入り口を利用することは滅多になく、固く閉ざされている。

しかし、それはいずれ見直さなくてはならない。

この数ヶ月で北区の様子が変わった。


北区は都から移住してきた家名持ちが暮らす区域で、都で大きな権力を振るっているイ家の直系であるカンが実質牛耳っていた。

先にあったクロウの妃候補を巡っていくつも事件を起こした主犯として邑から追放された。

その際、カンに手を貸したいくつかの家も取り潰され、約半数の家名持ちが邑からいなくなった。

もちろんイ家もだ。

しかし、カンの実子である長男のワンリと長女のアイリは邑に残ることを希望し、ワンリは個人の工房に、アイリは神殿の女官として働いている。

生粋のお嬢様だったアイリが平民と同じ目線で働けるか心配されていたが、彼女はすぐに馴染み、まるで昔から神殿に仕えていたかのように完璧に仕事をこなした。

美しく有能な独身女性に求婚者が絶えないのは当然の摂理だろう。

芸術肌のワンリは自由に創作できる邑の環境にいたいというだけあって、意欲的に創作活動をしている。

ワンリが事に一切関わっていないからこそ許されたこと。

意外にも、アイリとワンリの兄妹仲は悪くないらしく、南区に居を構えて同居している。

カンにはもうひとりサイリという息子がいる。


「あれからサイリの目撃証言はあったか?」

「いいえ、ございません。実家の支援がない今、野垂れ死んでいるか他の村へ移ったかと思われますが……」

「一度捜索隊を編制するか」

「捨て置かないのですか?」

「カンの供述だけでは不可解なことが多過ぎる。サイリから詳しく話を聞きたい」

「なるほど」


茶会の日、ルオウはリオンより密命を受けてイ家の屋敷にいた。

カンの留守中に犯行の証拠やサイリの所在を探す為に。

勿論、夫人や屋敷に仕える者たちからも話を聞いたが、知らないの一点張りで、欲しい情報を手に入れることができなかった。

使用人たちは仕方ないが、実行犯と思しいサイリなら、事情を聞ける。

魔憑きになっていたら難しいかもしれないが。


「そういえば、イ家の下女が一人行方不明だという話だったが」

「まだ見つかっていません。大方、サイリ殿と逃げたのでしょう」


それにしても疑問が残る。

魔の森に囲まれている邑のどこに隠れる場所があるのだろうか。

イ家はもちろん、取り潰しになった家から事件に関わっていない家、平民が暮らす南区まで調べたというのに、身を隠す場所などなかった。

魔の森は神官の炎がないと通り抜けることすら難しいので、邑にいたはずなのだ。

外壁の外を歩いている今だって、ルオウは朱炎の松明を手放せない。

周囲の木々は大人しいが、森の奥へ進むにつれ意思を持っているかの様に怪しく揺れている。

じりじりと感じる魔の気配に、腰に佩いだ刀の柄を握った。

魔が襲ってくることはないが、壁の外はやはり緊張してしまう。

暫く歩くと少し開けた場所に出た。

神殿裏にある門の前だ。

万が一に備え、周囲の木を根こそぎ倒し、二層の壁が築かれている。

それより先の神殿を過ぎた所、重厚な壁に近い大池より北は手つかずで、鬱蒼と木が茂っている。

定期的に浄化をして管理している邑の大事な水源である。

壁の内側にあるとはいえ、森に近い為、要注意な場所だ。

あまりに見つからないので、水の中では、思ったこともあった。

森以上に人が生きていられるわけもないのに。


「思ったより時間がかかったな」

「この所忙しくされてましたからね。鍛錬の方も……」

「わかっている。明日にでも時間を作る」

「明日はアイリの授業では?」

「…………思い出させるな」


先日、茶会の主人としての作法がなってないとアイリから指導を受けた。

それを面白がったリオンからアイリを教師として家名持ちの対応を学べと言い渡された。

今まで周囲から甘やかされてきた代償を払うことになったのだった。

学ぶことがあるのは有り難いが、この教師が厳しい。

心を折りにきているのかと疑うくらい容赦がなかった。

授業の内容よりアイリの叱責の方が印象に残るくらいだ。


ーーーーパキ


小さく枝が折れる音がした。

魔の森は自然に葉が散ったり、枝が枯れたりしない。

他者からの力が加わらない限り、枝が折れる音がする筈がないのだ。

炎が爆ぜる音と勘違いーーということもない。

炎も自然とは違う原理で燃えているのだから。

周囲を見渡すと人影を見つけた。

木の裏に隠れているつもりだろうが、褐色の髪が覗いている。


「サイリっ!」


不審者の名を叫んだ。

違うかもしれない。

けれど、褐色の髪を持った人物など、クロウは二人しか知らない。

サイリと思われる人影は北へ向かって走った。

その先は暗い森の中。

追いかけなければ見失ってしまう。


「待て!」

「お待ち下さい、クロウ様!」


ルオウの制止を聞かず、褐色が揺れる背中を追いかけた。

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