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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
クロウ 5
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クロウ 二十 ー 21 ー

神官の妃候補と後見人を招いた茶会は最後の茶が出る前に終幕を迎えた。

いや、初めから最後の茶など出ないとわかっていた。

けれど、突然もたらされた知らせは予期せぬもの。

魔憑きは邑では日常的に懸念される災害だった。

魔が力を強くなるのは夜。今はまだ太陽の高い昼間。

魔憑きも闇の中で力を発揮するとわかっている。

だが、魔そのものと違い、媒体に意識があれば魔憑きは光の下でも自由に動ける。

魔憑きが神殿内に乱入するというのは滅多にない。

神殿は神聖な場所であり、魔が嫌う朱色が至る所に使われている。

魔憑きであっても近寄らない場所だった。


「魔憑きが神殿内に現れたのか!?」

「いったい誰が……」


神殿内は騒然としている。

戦える者は得物を持ち構える。

邑では常に危険と隣り合わせの為、誰しも武器を使えるよう訓練されているが、皆が戦闘に長けているわけではない。

非戦闘員は魔憑きが出た際は避難するよう達しを出している。

近くで衛兵たちが応戦する音が聞こえる。

なかなか苦戦しているようだ。

人型であっても一体二体なら数で叩けば苦労せず首が取れる。

こんな時に限って、武官長であるルオウは別件で神殿を離れている。

とにかく非戦闘員である妃候補たちの身の安全を確保しよう動いた矢先、人が多く集まる広間に魔憑きが現れた。

女官たちが恐怖で悲鳴を上げる。

非戦闘員である彼女たちの避難が優先だ。

背後を振り返ると、既に彼女たちは端に下がっていた。

女官であるランが背に庇うのはわかるが、アイリがメイを抱きしめるように身を呈しているのは勇ましいな、というのが率直な感想だ。

ほっと安堵し、眼前の魔憑きを確認する。

数は五体。

五体とも皮膚は黒ずみ、体が変形している。

末期だった。

こうなってはもう人間としての意識などない。

浄化しても人間には戻れないのだ。


「ふ……ははははははっ!」

「!? カン?」

「き、貴様ら! あの生意気な若造を脅かしてやれっ」


耳を疑った。

突然笑い出したと思ったら魔憑きに向かって命じたのだ。

暴れている五体の魔憑きをじっくり観察する。

皮膚は変色し、手足は太く、背中が盛り上がって人としての原型を留めていないが、面影はある。

全員歳は三十前後で性別は男。

何より五という数は、ミアンの証言と一致する。


「こいつらがミアン嬢を襲った奴らか」

「なんですって!?」

「おそらく、イ家傘下の家の奴らだ。リー捜索に集めた中にいた顔がある」

「やれやれ。やっと繋がったな」


横に来ていたリオンがぼやいた。

広間に駆けつけた兵士は十数人。

魔憑き一体に対して三、四人で当たっているが苦戦している。

毒が回って動けないカンを捕縛するのは後にして、魔憑きたちを討伐することが先だ。

魔の動きを封じるには炎が効果的。

手のひらに炎が出るよう念じる。

爪程の大きさからぶわっと広がった。

色は朱。魔が避ける朱炎。

炎が魔憑きを取り囲む。

熱はないが魔憑きに対してのみ熱量を持つ。

生き物の様に蠢く朱炎が暴れる魔憑きの肢体に絡み付いた。

炎に怯んだ隙に衛兵たちが止めを刺す。

五つの首が飛んだ。

死体に慣れない者から悲鳴が上がる。


「くそぉっ!」


カンが床を叩く。

あっけなく魔憑きが討伐され、カンの顔色が益々悪くなった。

わなわなと震え、苦しいのか肩で息をしている。

額からダラダラと大量の汗が流れ、床を濡らした。

毒が回る体に精神負担が重なり、どっと症状が出たようだ。


「アイリ嬢、解毒はないのか?」


聴取の前に死なれては困る。

己の欲で他者を害したのだ。

罪を償ってもらう。


「さあ? でも、わたくしが入れたのは毒ではございませんわ」

「なに?」

「薬師様から頂いた下剤です」

「はあ?」

「毒なんて物騒な物、持ち歩くわけなどないではないですか。中身を入れ替えて薬師様に預けております」

「ぐぅうう……っ!?」


カンが腹を押さえて蹲る。

苦しそうだが呼吸が止まっているわけではなさそうなので、アイリの言い分は正しいようだ。

神殿に仕える薬師、ネイなら症状を緩和する薬を持っている筈である。

そもそも、アイリが毒を持っていることなど知らなかった。

協力体制を組んでいるなら初めから教えてもらいたいものだ。

呆れた目になってアイリを見ると、何故か嬉しそうに笑みを浮かべる。

悪戯が成功した子供のように見えた。


「敵を欺くならまず味方から、と言うではありませんか」

「…………貴女らしいな」


敵の油断を誘う為、味方を牽制し、味方の様子で敵の信頼を得る。

アイリが愛読していた軍記を引用したというわけか。

しかし、カンだけは信じられないと言わんばかりの目でアイリを凝視していた。

自分の人形であったはずのアイリが牙を剥いたのだ。無理もない。

そんなカンに冷めた目で見下ろしていた。


「自分の娘……いいえ。わたくしや兄たちが、何を考えているかなど、貴方にはどうでもよかったのでしょうね。貴方はわたくしのことなど、興味ないのだから」

「……そ、な」

「わたくしから言えることは一つ。貴方のこと、父と思ったことはございません。貴方がお望みの、神官様の御子を産むだけの妃になるのも御免です」


アイリはにっこりと微笑んだ。

言いたいことは言い切った、すっきりした表情を浮かべ、すすっとメイの傍に戻った。

彼女の手札はこれですべてらしい。


「この場を処理する。アイリ嬢とメイは別室で待機していてくれ」

「お心遣い感謝します」

「失礼致します」


衛兵をつかせて退場を促す。

残されたのはクロウ、リオン、チェン、ハク、トゥン、ソン、そしてカン。

動かなくなった魔憑きは衛兵によって片付けられていた。

魔憑きとなった体は誰であれ燃やして処分する。

その前に身元の確認が行われる。

記憶に間違いがなければ、イ家に擦り寄っていた家名持ちの者たちだ。

カンが命じたにせよ、その家もただでは済まさない。

魔憑きによって淀んだ空気を白炎で浄化する。

腰を抜かして床に座り込んでいるソンを横目で見る。


「あの中に貴殿の子息のガイはいなかったようだが、ミアン嬢襲撃の一件にト家は関わっているのか?」

「し、知ら……知りません! 私は一切関わっておりません!」


ソンが必至な形相で叫ぶ。

妃候補だった姪のマオが亡くなっているのだ。

一先ずその言葉を信じておく。

そのマオを殺したのはカンの息子のサイリと推測していたが、あの中にはいなかった。


「カン。サイリは何所だ?」

「し……らん、な」

「隠すな。邑でサイリを見たという証言もある」

「く……っ! どいつもこいつも、わしを蔑ろにしよって! 無能は黙ってわしに使われておればよいものをっ!」


自棄になったのか、カンが喚いた。

カンの言葉を置き換えると、サイリはカンの言うことを利かず勝手に行動しているとも取れる。

カンの切り札だったはずのアイリの裏切りで、理性が崩壊してしまったようだ。


「その無能とやらは誰を差しているんだ」

「兄も、娘も、息子も、あの家たちも……貴様らもだっ! 何故わしの優秀さを認めない!?」

「認められることもしないのに、何を評価しろと言うんだ」

「わしはイ家の直系で、都の学舎を卒業したんだぞ。それ以外何がいる!?」

「優秀さは血で決めるものではない。自分が何を成したかという行動だ」

「何も知らぬ若造が、きれいごとを言いおって……ぐぅ」


カンが再び腹を押さえる。

もう喋ることも辛そうだった。

サイリの所在も話しそうにない。

衛兵に、別室に連れていき監視をつけるよう命じた。

ネイに処置させ回復を待つ。


「久しぶり茶会はどうだったかい?」


口を挟まず見ていただけのリオンがニヤニヤしながらクロウの顔を覗き込んだ。

叔父の顔を見た途端、どっと疲れが押し寄せた。


「もう二度とやりたくないですね」


私室でリーと向かい合いながら飲む茶くらいが丁度良い。

そんな平和な日常を心から望んだ。

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