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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
クロウ 5
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クロウ 二十 ー 19 ー

「クロウ様。皆様をご案内して参ります」


女官長のランが数人の女官を従えて退室する。

クロウは重いため息を吐いた。




本日神殿にて茶会が行われる。

参加者は、クロウ、妃候補者とその後見人、そしてリオン。

候補者のひとり、マオは亡くなっているのでト家からは家長のソンのみの参加だ。

茶会といっても、軽い食事を用意しているので、食事会と称してもいい。

現在調理場が戦場のように超可動中である。

少数精鋭で運営している神殿は優秀な人材が豊富だ。

茶会の実質の進行は彼らに任せておけば問題ない。

開始は正午。

神殿に身を置いている妃候補者たちはそれぞれ支度を整え、別室で待っている後見人の元へ向かい、伴ってこの部屋に来る手筈になっている。

クロウは今朝から顔色が冴えなかった。


茶で客を持て成す。

上流社会では一般的な社交術として日常に取り入れられている。

友人同士の気安いものから、公式行事としての厳かなものまで。

都のとある貴婦人が、茶会の催しはこうでなくては、という規制を作り流行らせた。

それから数十年、貴婦人が作った規則に則り茶会を開くことが習わしとなった。

私的なものはいい。

規則など気にせず好きに茶を楽しめば良いのだから。

しかし、公の、しかも神殿主体で開く茶会となると、規則が適用される。

出来なければ無作法として白い目で見られるのだ。

明確な罰則は存在しないが、家名と名誉が傷つく。

主催者ができなければ、招待しておきながらそんなこともできない者、と嘲られてしまう。

茶会に限らず、すべてにおいて。


クロウも神官の血に生まれ、叔父の元で教育されてきた。

公式の茶会がどんなものか知っている。

ただ茶を楽しむだけではなく、相手の情報を引き出し、より優位に立つ為に立ち回らなくてはならない。

叔父に連れられて参加した初めての茶会で、もう二度と行きたくないと思った行事だった。

大人たちの腹の探り合いは、子供の目から冷たく背筋が凍るような空間だった。


まず席に着いたのはヘ家のハクと娘のメイ。

ハクは神殿の食を管理する部署の長官。

この場所を茶会の会場に仕立てたのもハクの指揮の元。

メイも同じ部署で働いている為、大忙しの厨房が気になりそわそわしていた。


次に案内されてきたのはト家のソン。

妃候補のマオは落命しているので一人での参加となる。

席を指定されると、気に入らなかったのか女官に難癖を付けた。

見兼ねたハクに嗜められ渋々肥えた腹を抱えて着席する。


三番目に現れたのはハ家のトゥン。

娘のミアンを伴わず、一人だった。

もちろんミアンの席を用意している。

ミアンが不在な理由をトゥンは知らず、困惑気味だ。


最後に登場したのはイ家のカンと娘のアイリ。

薄桃色の衣を纏ったアイリは儚げな美貌を一層引き立てていた。

この場の視線を一斉に集め、ほうと息を吐かせる。

皆の注目がアイリに集まっている中、カンが一瞬、トゥンの隣の空席を見つけ、にやりと口元を歪ませた。


「おや、ハ家の」


カンが声高にトゥンを呼ぶ。


「なんでしょう」

「其方の娘がおらんではないか」


これでは茶会は始まらない、とカンの鋭い目がトゥンを咎める。

聞かれてもトゥンはミアンが何所にいるか知らない。

悪徒に襲われて以来、ミアンは神殿に身を寄せている。

神殿で支度をしているのだとばかり思っていたが、席に着いても姿を現さないままだった。


「ミアン様でしたら、随分お疲れのご様子でしたのでお休み頂いていますわ」


助け舟を出したのはアイリ。

そっと口元を隠し、カンに伝える。


「神官様にもお許しを頂いています」

「神官殿もご存知か」

「はい。先代様からも控えるお言葉を頂いています」

「……なるほど。それなら仕方がない」


当代・先代の神官が揃って許していると聞いて、ミアンの不参加に文句を言うことはなくなった。

大方、神殿主催にも関わらず欠席をするのは礼儀に欠けるとでも思ったのだろう。

他者を蹴落としたいカンにとって、願ってもない機会だ。

しかし、疲れて休んでいる、という言葉にトゥンが反応を示す。


「ミアンは、大丈夫なのでしょうか」

「ええ、お休みされているだけですわ」

「そうですか……」


賓客が揃った所で当代神官のクロウ、先代神官のリオンが座に着く。

一同に居住まいを正した。

クロウに注目が集まる。


「急な収集に皆よく集まってくれた。これより茶の事を始める。なにぶん初めてのこと故、お手柔らかに頼む」


クロウの開催宣言を合図に、控えていた女官が一斉に動き出す。

車輪がついた卓を近くまで引いてくる。

その上には茶器や熱々の湯が乗っていた。


「本日用意した茶は、イ家やト家では馴染みがあるものから、この邑で栽培が可能になった薬草を煎じた茶まで多数ある。気に入ったものがあれば持ち帰り分も用意しよう」


最初の茶が全員の前に置かれる。

まずは香りを楽しみ、口に含む。

イ家やト家なら馴染みがある高級な茶葉。

女官が丁寧に淹れた茶は、変わらず美味い。

全員が茶碗を置いたところで、次は一口で摘める前菜が目の前に置かれる。

本日の前菜は魚のすり身を蒸したもの。

魚は浜で獲れた新鮮な物を使っている。


「魚ですかな。なかなかに美味」

「本当に。酒に合いそうだ」


ソンとトゥンは気に入ったらしく声が弾んでいる。

歳を取るとしつこい味が受け入れがたく、あっさりとした口当たりが高評価の点だろう。


「口に合ったのなら何より。嗜む程度なら酒を用意しよう」

「いやいや。本日は茶の会。酒を持ち込むなど愚行ですぞ、神官殿」


ソンは無作法だと悪意のこもった笑いを浮かべる。

茶会の規制に酒は無粋だとある。

トゥンは失言だったと俯いてしまった。


「それは都で流行った作法だろう? 今日は皆がわかりやすいように倣ってみたが、ここは都ではない。多少の破天荒もあっていいのではないかと思うのだが……どうやら賛同は得られないようだな」


クロウは内心うんざりしながら、残念だと肩を落とす。

礼式を重んじる上流階級の茶会では、もう何十年も形式が変わることがない。

簡略化された茶会でも会話の内容や茶葉の種類は毎回変われど、流れはいつも同じ。

主催側であろうと客側であろうと、周囲と馴染まないことは嘲笑の対象だった。


「私に一杯もらえるかな」

「では、私も頂きましょう」


そんな中、リオンとハクが傍に控える女官を呼ぶ。

茶会の主人であるクロウからの提案に乗ることは、主人に従う、つまりクロウの味方だと示しているのだ。


「あの……私も頂いて、いいですか?」


トゥンが控えめに挙手をする。


「おやおや、其方は酒好きなのかい?」

「お恥ずかしながら……」


リオンに問われてトゥンがはにかんで答えた。

三人の前に新しい杯が用意され、酒が注がれる。

ほんのり甘い果実酒だ。


「お茶会にお酒とは面白い趣向ですわね。お父様は頂きませんの?」


アイリが隣のカンに訊ねた。

作法に煩いカンは良い顔をしなかったが、一瞬の逡巡の後、近くの女官に酒を持ってくるよう頼む。

この場でクロウの敵になるつもりはないようだ。

男衆が皆飲み始めてしまい、ばつが悪くなったソンは慌てて酒を持ってくるように言った。


「酒が入ることで口も柔らかくなるだろう。堅苦しい会にするつもりはない。次の茶を飲みながら気軽に語らってほしい」


二杯目茶も一緒に出された料理もなかなかに好評を得た。

食が進むと口が柔らかくなり、自然と交わす言葉が増えていった。

少量ながら酒を提供したことも口が柔らかくなった要因だろう。

ただのほほんと会話をする為に呼び集めたわけではない。

マオを殺害した犯人、そしてミアンたちを襲った犯人を明かす為だ。

しかしながら、茶会の席で話す内容ではないと理解している。

機会を図っているがなかなかに難しい。

会話を交わしている間に次の皿が運ばれてくる。

茶会で定番の揚げ団子に饅頭、甘い餡を詰めた餅を並べた物。

簡素な茶会では省略してこの皿だけを出すことが主流。

一緒に振る舞われる茶は苦味がなくたっぷり飲めるものが選ばれる。

自由に歓談する為の物だ。

更に趣旨に合うようたっぷりの葡萄酒も用意した。

まずは特別な茶を出してみる。


「この茶は、邑で栽培している薬草茶だ。まだ少量しか採れない為多くは振る舞えないが、存分に味わってほしい」

「ほう、邑で」

「やや癖が強い為、好き嫌いが出るとは思う。口に合わないのであれば別の茶を出そう」


薄く色づいた茶に疑心暗鬼になりながら客たちは口に含む。

魔の影響を受けている土地で栽培に成功した薬草で入れた茶。

神殿の内食官と薬師が研究を重ねて生み出した。

近々外部へ売り出す予定であり、本日は前披露である。


「茶というより、これは……」

「スッとしますな」

「花のような香りがしますわ」

「不味くはないけれど、飲み慣れないな」


反応はさまざま。

新たに茶を求める者もいれば、おかわりを要求する者もいる。

リオンとハクは早々に葡萄酒を所望している様だ。

腹が温かくなり気も緩んだ頃だろう。

そろそろ切り出す頃合いだ。

ふと、アイリと目が合った。

物言いたげな目でじっとクロウを見ている。

何か仕掛けるようだ。


「先日より姫君たちは神殿に身を置いているが、住み慣れた我が家とは勝手が違うことも多いだろう。不便はないだろうか」


茶会はアイリが提案してきたもの。

アイリが何を仕掛けるつもりかクロウは知らない。

当たり障りのない話題を振って、アイリの腹を探っていく。


「皆様のお心使いもあり不自由なく過ごさせて頂いております。先日は、ハ家のトゥン様のご息女のミアン様と音合わせを致しまして、楽しい時間でしたわ」

「私も聞きましたよ。とてもお上手で、聞き惚れました」

「ハク様の奥様に比べたらまだ雛ですわ」


控えめに笑みを浮かべる。

その姿が儚げで庇護欲をそそる。

彼女の本質を知る者でもそう感じるのだから、よく知らない者ならそれが本当の姿に映っているだろう。

自分が他人の目からどう写っているかを理解し、利用できる肝胆の座った女だ。

演技だとわかっていても腹の内が読めない。

先日、偶々書庫で出会い少し会話をした。


『神官様は北方の軍記はお読みになりました?』

『面白い奇策が多いのでつい読みふけってしまいまして。こちらに記載されている百年程前に起きた政変では、謀反を起こしたのは王の忠臣。水面下で画策をし、多くの臣を言葉で寝返らせ、最後まで敵と悟らせなかったことが勝因なのですよ』

『素晴らしい策士ですわよね』


と宣っていた。

この女のどこが儚いのか。

槍を担いで軍勢に立ち向かってもきっと驚かないだろう。


「本日のお茶もお料理も美味しくて、ミアン様にも是非召し上がって頂きたかった」

「お気遣い頂きありがとうございます」


ミアンの代わりにトゥンが頭を下げる。

愚直な質らしいトゥンにアイリは曖昧な笑みを浮かべた。


「そうですわ。自由にお茶が選べるようなら、わたくしが用意したお茶を振舞ってもよろしいかしら」

「アイリ嬢がですか?」

「ええ。色々茶葉を組み合わせてわたくし好みに致しました。お口に合えばよろしいのですけれど」

「アイリ……!」

「ほんの余興ですわ」


立ち上がり、女官が持ってきた茶葉と茶器を手に取り、慣れた手つきで茶を淹れる。

皆が好奇心の目でアイリの動作を注視する。

カンだけは咎める様に睨みつけていた。

女性の教養に給茶があるが、茶会では侍女や女中の仕事である。

女主人ならまだしも、客が淹れるなどもっての外。

しかしアイリは、カンの視線など無視をして、特別な茶葉だからと自ら茶器を持った。

湯が注がれ蒸らしている間に、ふわりと香りが立ち上がる。

香り高い茶葉の中に果実のような爽やかさが混じっていた。


「発酵させた茶葉に乾燥した柑を混ぜた果実茶です」

「それは珍しいですね」


濃い色の茶が皆の前に行き渡る。

最初に来るのは茶の渋み、そして喉に流したあとに口に残る爽やかさに皆が目を見張った。


「これは、美味ですね」

「煮出し過ぎと思ったが、苦みはそんなにないな」

「深みがあるのにくどくないのがいいですね」

「とても飲みやすい」


アイリの淹れた茶は用意された菓子にもよく合った。

珍しさもあり、あっという間に茶も菓子も皆の腹に収まっていく。


「神殿に来てから時間がたくさんありましたから、いろいろ試しましたの」

「アイリ様は才能豊かでございますね」

「ありがとうございます」

「貴女のような方が妃に相応しいのでしょう」


トゥンは何気なく言ったのだろう。

アイリが優れているのは事実であり、トゥンも本心だった。

しかし、この一言が一瞬で空気を変えた。

和やかさが消え、ピリッと張りつめたものになった。

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