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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
クロウ 5
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クロウ 二十 ー 16 ー

神殿は邑のほぼ中心にあり、神殿の北側に家名持ちが、南側に平民が住んでいるいる。

神殿の内部は行政区の公と居住区の私と分かれている。

白い壁に神聖な朱塗りの柱と扉が映える厳かな建築物だ。

軍事施設も兼ねているので奥に行けば行くほど厳重な警備が敷かれている。

応接室は行政区の中でも正門に近い。

邑の民にも貸し出しを行っているので、人の出入りは神殿の中でも多い部屋である。


「ミアン嬢」

「し、神官様……!」


クロウが入室をすると、ミアンは畏まって深く頭を下げた。

もともと気の弱い令嬢であったが、襲撃に遭い、よほど怖かったのか顔色が蒼白になってしまっている。


「襲われたと聞いた。御身に大事はないか?」

「わ、わたしは……大丈夫です。あの、フォウさんが守って……っ!」


思い出したのだろう。ガクガクと震え出してしまった。

普段から魔や魔憑きに対峙する兵士とは違う。非力な少女だった。


「神官様。ミアン様を怖がらせないでくださいませ」

「アイリ嬢」


アイリはクロウの前に立ち、さっとミアンを隠した。

邑の長であるクロウに礼もとらず非難を吐く彼女に、衛兵が動こうとしたが、正式な場所ではないし非常事態だと止める。

見るからにミアンは心底弱っているとわかる。

茶会の予定があったのだからアイリが神殿にいても不思議ではない。

ミアンの友人である彼女は振るえる友人を慰めていたようだ。

そのお陰か、ミアンは想像よりも落ち着いていた。

妃候補同士なので、家の事情を考えれば好敵手になるのだが、彼女たちは寵を奪い合う筈のクロウそっちのけで仲良くなっていた。

クロウとしてはまったく構わないが。


「貴女は無事のようだな」

「何事もなく此処まで参りました。本当に、狙うならわたくしを狙えばいいものを」

「イ家の貴女を傷つけれる輩がいると思えないが」


イ家は都で大きな権力を持った家。

大神官の生母の実家であり、イ家の本家の長が現在の執政である。

強過ぎる威光に、光に集まる羽虫の様に群がる輩が邑にも多い。


「わたしはいいんです。あの、フォウさんは、どう……なったんですか?」

「命に別状はないと聞いている。私もあとで見舞う」

「そう……ですか」


ミアンはほっとしたのか、少しだけ表情が緩んだ。

それでもフォウが大怪我したことは変わりなく、しばらくミアンの護衛につけそうにない。

神殿は常に人手不足だ。

本来なら令嬢たちには二人以上の護衛をつけるべきだった。

特にミアンは以前より嫌がらせのような襲撃を度々受けている。

どこからか石が飛んでくる程度ならフォウ一人で対処できたが、複数人に襲われるなど想定外だった。

一度の襲撃で済むとは思えない。

今回は道中だったが、自宅で襲われる可能性もある。

ミアンのハ家は有力な家柄ではない。神官の血は入っているが何代も前のこと。

都から来た家名持ちたちが侮る程度に権威から程遠かった。


「ミアン嬢」

「は、はいっ」

「申し訳ない。すぐに護衛を用意できないのだ。しばらく神殿に留まってくれ」

「はい……?」




邑の治療所は神殿より南側、ロ家の工房やチェンの屋敷がある神殿と隣り合う地区にある。

邑唯一の治療所であり、貴重な薬を扱う調剤店でもある。

此処に運び込まれたフォウとライは処置を終え、寝台に横たえられていた。

クロウの想像よりひどい怪我ではなく、数日療養すれば元の生活が戻れるまで回復するという診断だった。

治療師から説明を受け、クロウは大きく息を吐いた。

自分が思っていたより深刻に捕らえていたようだ。

肩の力が抜け安堵した。

幼い頃、自分を庇って大怪我を負ったリーを思い出した所為もある。

今にも息絶えそうなリーを目の前で失うかもしれない絶望感はもう味わいたくない。

リー程の執着はないにしても、彼らはクロウの大事な邑の民ーー家族だ。

邑は常に魔に狙われ、毎年何人も犠牲者を出し、見送った。

その度に心を痛めた。

クロウやリオンを慕ってくれている彼らの安寧の為に、命を削ろうと神官の力を使うことは厭わない。

自分の所為で犠牲を出すのは、嫌だった。


「クロウ様!? こんな所までお越し下さり、恐縮です」


ライの怪我は額と腕と脇腹、特に額から多く血を流した為、一緒にいたメイが大騒ぎをして治療所へ引っ張ったらしい。

治療師の話では腕と脇腹はかすり傷程度で、大人しくしていれば数日で完治する。


「こんな所とは失礼ね。ワタシの城に対して」

「そういう訳じゃ……」


ライの言葉に逸早く反応したのが、邑の治療師であるネイ。

腕を伸ばしてライの襟口を掴み睨みつける。

ネイとの付き合いは長い。

クロウが幼い頃からリオンの屋敷で働いていたと記憶している。

……十年以上時が止まっているかの様に見た目が変わらない不思議な人だ。


「そう、目くじら立てるな」

「はぁーい」


ネイはライの胸ぐらから手を放し、フォウの寝台に近づいた。

クロウもネイのあとに続く。

こちらはライよりも明らかに重傷だった。

添え木が巻かれた左の手足、頭と肩に厚く包帯が巻かれている。

ネイの診察では後頭部に拳大程度の固い物をぶつけられたようだ。

傷も深いが、頭の中に詰まっている脳に異変があると手の施しようがなくなってしまうので絶対安静を強いられている。

フォウは目を固く瞑っていたが、意識はあった。


「フォウ」

「……クロウ様。申し訳ありません」

「何を謝る。お前はミアン嬢を守った」

「いいえ。無様にも意識を失い、最後まで姫を守りきれなかった……」


フォウの目尻に涙が浮かぶ。

敷き結んだ口から嗚咽が漏れた。


「お前のお陰でミアン嬢は無事だ。お前はよくやったと誉をやれることをした」

「クロウ様……っ」

「確かに、リャンなら無傷で守りきっただろうから、精進は必要だな」

「……ははっ」


フォウの眉間から皺が消え、幾分明るくなった声が出た。

胸内に溜め込んだ負い目が消えたなら良い。


「クロウ様、姫の護衛ですが……」

「気にしなくていい。ミアン嬢は暫く神殿に逗留してもらう」

「は……?」

「神殿なら衛兵が常駐しているし、無法が忍び込む隙もない。身の安全は守られる」

「そう、ですけど……」

「暫し体を休めて早く治せ」


病室を出ると、メイが待っていた。

治療中も廊下ではらはらと待っていたらしい。

ミアン程ではないにしろ、顔色が悪い。

無理もない。

自身も襲われ、庇って怪我をしたのは結婚を約束した恋人だ。

けれど、メイに聞きたいことがある。

襲撃者の人相だ。

主犯にしろ実行犯にしろ、手掛かりを得ておきたい。

しかし、焦って問いつめる様に聞いてしまえば、また恐怖をぶり返す可能性があるので、慎重にならざるを得ない。


「あの、クロウ様……」

「ライは暫く休養だ。護衛は……」

「あのっ! ミアン様が神殿に保護されるって本当ですか?」


メイ自身のことでも、ライのことでもなく、出た名前がミアンで、少し面食らった。

同じ目に遭ったミアンが心配だったのだろう。

なんせ、フォウが大怪我を負っている。


「本当だ」

「それはアイリに……」

「アイリ嬢なら居合わせたぞ。自分も留まると言い出したので叔父上に任せてきた」

「でしたら、私も神殿で寝泊まりしても良いですか!?」


思っても見ない申し出と迫力にたじろいた。

神殿で女官の手伝いをしているメイなら問題はない。寧ろ、


「それは有り難いが。ハクに宿泊を請う必要があるぞ」

「勿論です!」


何故だかメイの瞳はやる気で満ちあふれていた。

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