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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
クロウ 5
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クロウ 二十 ー 15 ー

私室の部屋を世話をしてくれる侍女たちは、湯を用意したら揃って下がった。

神官たるクロウの身の回りは誰も手伝わない。

手が足りないとか、自分のことは自分でと強いられているとかではなく、クロウが自分で望んでいること。

湯の横に畳まれている着替えをじっと見つめる。


『ほら、腕通せ』


湯浴みと着替えはリーが手伝ってくれていた。

態ともたつかせると、風邪引くぞ、と叱責が飛ぶ。


『梳いてやるからここ座れよ』


濡れた髪を拭いて、櫛を入れるのはリーがすすんでやっていた。

さらりと指に癖のない髪を絡ませ、綺麗だと褒めてくれた。

私室はリーと二人で過ごせる場所だから誰にも踏み入れさせたくなかった。

他愛もないやりとりがどれほど心地良く楽しかったか、あの時は知らなかったのに。




三日ぶりの執務室へ向かうといつもの文官の他に先客がいた。


「お務めお疲れ様でした」


にやにやと笑いながら礼をとる大男、ルオウだった。

気安い仲だから冗談と受けとれるが、笑いたい気分でもない。


「厭味はいい」

「失礼致しました」


長椅子に腰を下ろすと、ルオウも正面に座った。

気を利かせた文官が二人の前に茶を出す。

そのまま下がっていった。

執務においてクロウの右腕となれる彼をクロウは気に入っていた。

放置街出身であるが、字が綺麗で正確、気遣いが出来て、立場を弁えている。

文官長のチェンを継ぐ文官筆頭だ。


「早速本題でよろしいですか」

「頼む」


茶を一口含むと、ルオウは切り出した。

機嫌を窺う口上など不要だと互いにわかった上で聞いているのだから、誰の躾の賜物かと思わないでもなかった。

『猛将』ルオウといえば、氏名を持たない成り上がりの武将。

大陸北部を牛耳っている部族との戦で生還且つ軍積を上げ、他を圧倒する槍の使い手。

ロ家出身の神官からロの家名を名乗ることを実家の工房と共に許された叩き上げ武将だ。

平民出身であるが故、殿内の作法など身についている筈もなく、都にいた頃は粗野と揶揄されていた。


「イ家のカン氏を監視していた者たちからの報告です」


クロウは無言で頷く。

不本意ながら神官の妃を決めるいう話が進んで行く最中、候補の一人、ト家のマオが遺体で見つかった。

死因は不明。犯行の手口も、森に潜む魔の仕業かすらわからない。

妃候補の一人であるアイリから、彼女の実父であるカンが黒幕だと聞いたが、証拠がない。

実行犯であるらしいアイリの兄のサイリを捕らえれば、事態は変わる。

すべてアイリの密告によるものなので、確かではないが。


「カンに動きはありません。屋敷から出る様子はなく、誰かと会っている素振りもなかったとのこと」

「サイリを見たという者は?」

「いいえ。森にも浜にも人影があったという報告はありません」

「そうか……」


リーを探しに出ている筈のサイリがマオを殺して邑の周辺に潜んでいるのなら、カンが匿っている可能性が高い。

神官の炎で守られている邑の外へ出ることは、魔に襲われる危険性が高まると同意義。

炎を持たず森の中に留まっているなら、それは魔憑きに他ならない。

魔に憑かれると理性のたがが外れ、人を襲う様になる。

憑かれる時間が長ければ長いほど、魔の栄養源となる生命力が吸われ、人ではないものに変化し、朽ちていく。

魔が好む負の感情が強い者ほど容易に憑かれ、人を襲う為に利用されるのだ。

神官を多く排出しているイ家の血筋に生まれ、容姿に優れた軟派者であるサイリが容易く魔に憑かれたか定かではないが、長期間、少なくとも一月以上は壁の外にいる。

サイリを魔憑きと怪しむ他ない。

神官の炎がなければ壁の外で無事に生きられないのだから。

加えて、マオが死んだ日以降から魔の動きが活発だ。

クロウが日常から張り巡らせている外壁の炎に日夜、特に深夜に強く反応する。

サイリを魔憑きと仮定したならば、浜辺でマオを殺したのはサイリだ。

証拠を押さえる為なら森に入ることなど厭わない。

神官の権力を持ってサイリを排除すれば、家名持ちたちからの反発が必ずあるだろう。

そもそも権力で人を圧制することをしたくなかった。

クロウはアイリとの結婚を避けたい。

イ家のアイリを妃に迎えることになったら、家名持ち筆頭であるイ家が邑で大きな顔をするようになり、神殿よリ南に住む者たちを虐げるようになると想像がつく。

イ家を神殿に上げることは容認できない。

その為にもイ家には失墜してもらわなければ。

幸いにも、アイリもクロウの妃になる気はないらしく、イ家の暗部を提供してくれている。

クロウに都合が良すぎて罠の可能性も視野に入れているが、アイリを見る限り本当に結婚したくないようなので、半信半疑というところ。


「引き続き、カンの監視を頼む」

「御意」


ルオウは短く答え、席を立つ。

クロウは去っていく大きな背中を見送った。

扉が閉まると長椅子に深く身を預けた。


「さて……どうしたものか」


ぼんやりと天井を仰ぐ。

ルオウの報告はリオンの耳にも入るだろう。

ルオウは今では武官長という職に就いているが、元はリオン直属の武人だ。

クロウたちの教育にも携わっている所為もあって、クロウがすることはすべて報告されていた。

邑での力の均衡はリオンもわかっている筈。

今はギリギリ神殿が家名持ちたちを抑えている。

邑で都と同じ生活をしてもらっては困るのだ。

だからこそ、神官の権威が彼らに通じるのだけれど。


ドンドン、と戸を叩く音が聞こえた。

クロウの在室を確かめるものなのだろうが、いささか乱暴だ。


「クロウ様、いらっしゃいますでしょうか」

「いるぞ。何用だ」


失礼します、と入ってきたのは神殿の衛兵。

礼は緊急事態の際に用いる簡略したもの。


「至急につき報告致します。先程、妃候補のメイ嬢を護衛していたライ、同じくミアン嬢を護衛していたフォウ両名が怪我を負い治療所へ運ばれました」

「なに!?」


衛兵の言葉にクロウは腰を浮かせた。

若い兵士の中でも令嬢の護衛を任せられる腕を持つ二人が揃って怪我をした。

個々でも揃ってでも容易にできることではない。


「詳細は」

「本日、候補者の方々が神殿の中庭にて茶会の予定だったのですが、その道中にてそれぞれ襲われました」

「襲われた……?」

「是。幸い命に別状はないとのこと」


二人が無事と聞き、ひとまず腰を戻した。


「誰に襲われたんだ?」

「それは、まだ聴取できておりません」

「そうか……」


令嬢一人につき一人しか護衛を当てていない。

二人が運ばれる程の怪我を負ったのなら襲撃者は逃げたのだろう。


「メイとミアンは?」

「お二方とも怪我はありません。メイ嬢は治療所に付き添っており、ミアン嬢は神殿で保護しております」

「わかった」


メイと護衛のライは恋仲。

リオン派であるメイの父が家名持ちとの均衡の為、メイを候補に推した。

もちろんクロウはメイを妃に選ぶことはないし、候補が決まればメイとライは結婚する。

都出身者ばかりの中、ミアンの家は地方出身である。

自尊心の高いカンやト家のソンたちの中には、地方出身者が妃候補に選ばれることを気に食わない者もいるのだろう。

南の住人たちが彼らを襲うとは考えにくい。

つまり、家名持ちたちが襲撃者となる。

頭の痛いことだ、と額を抑えた。


「まずミアンに会おう。怯えているだろうしな。その後、治療が終わり次第、ライとフォウを見舞う。伝令を頼む」

「御意」


ミアンがいるという応接室へ向かった。

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