【間話】 クロウの初恋 ー 5 ー
大怪我を負ったリーは暫く寝台の住人だった。
傷は縫い合わされ、元に戻るまで絶対安静を言い渡された。
さすがのリーも、少し動くだけで痛む傷だ。
言いつけを破ってまで走り回ろうとはしなかった。
唯一渋ったのは、クロウと離れること。
泣き叫ぶことはなかったけれど、過保護に拍車がかかった。
誘拐は神殿はおろか市井にまで届く事件になった。
首謀者は神殿に上がる官吏の一人で、明るみになったことから、家名を剥奪され、一族郎党都を追われる裁きを受けた。
その官吏は、大神官に組みする派閥の一員だったという。
もちろん、大神官は知らぬ存ぜぬ、彼の独断犯行と片付けた。
この事件をきっかけに、クロウの身辺警護が更に厳しくなった。
リオンの屋敷も、人の出入りが制限され、いつの間にか攫われていることがないよう荷物の確認も徹底される様になった。
同時に、クロウの自由も奪われたが。
しかし、それは些細なことだった。
例えば、ルオウが稽古に来ないクロウの所在を女中に尋ねる。その答えはいつも一緒だ。
「クロウ様はリーの部屋にいらっしゃいます」
起き上がれないリーの傍をべったりと四六時中離れなかった。
日中はもちろん、寝食もだ。
迎えにいくと、今度はリーが愚図る。
リーの我が侭のように見えるが、クロウを無理矢理連れて行こうとすると、クロウも離れまいと抵抗する。
すっかり心の傷になっているようだった。
「こりゃあ、クロウ様がお妃を迎える時は大変になりそうだ」
言ったルオウは揶揄ったつもりだったのだろう。
しかし、当事者たちは固まった。
「わたしの妃はリーだ」
「何をおっしゃってんですか。男は妃になれませんよ」
「師匠、おれは……」
クロウがリーの口を塞ぐ。
おそらく真実を話せば引き離される。
神官の妃になれるのは家名持ちの令嬢だけだ。
リーを男と思っているのなら、勘違いをしたままでいい。
「それでもわたしはリーを傍に置くぞ」
「ははっ。仲がよろしいことで」
この日から、クロウはリーを男だと周囲に思わせる様に動いた。
動いたと言っても、元よりリーに女らしくない。
着飾ったりするより剣を振り回したり体を動かす方が好きだった為、男の格好をさせれば勝手に思い込んでくれる。
良いのか悪いのか、リオンもリーが男だと思っていたというのだから、裏工作は無駄ではなかったということだ。
人を見る目はあるのに、性別を判別できないのはどうなのだとは思ったが。
「リーを必ず伴侶にしてみせる」
邑を興してからリオンの研究はずっと止まっているが、神官の血の秘密がわかれば、家名持ちの令嬢でなくても神官の妃になれるかもしれない。
その為に曰くの土地に来た。
安寧が訪れる日を指折り待ち続けている。




