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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
【間話】クロウの初恋
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【間話】 クロウの初恋 ー 4 ー

リオンがいなければ、狭い部屋で孤独に死んでいただろう。

様々な物や知識を与えて、生き方を教えてくれた。

クロウにとって唯一の肉親で、恩人だ。

そんなリオンにも内緒にしていたことがある。




「炎が見たいんだったな」


クロウはすっと男に向けて手を向けた。

掌に熱が集まるのを感じる。

炎よ生まれろとと強く念じる。

神官が生み出せる炎は、髪と同じ朱色。

しかし、クロウが出す炎は魔除けの朱炎と、浄化の白炎。

白炎を生み出す神官など、今代はもちろん、先代、先々代にもいない。

遠い昔、クロウと同じ神官の直系に生まれながら白髪を持った者が白炎を使ったという記録が残っている。

だからクロウも使えるのではないかとリオンは軽く言っていた。

試しに白くなれと念じると朱色の炎に白が混じった。

朱炎と白炎の本質は同じ。

性質が少しだけ違って、使った後少しだけ疲れるということがわかった。

白い炎ならリーを助けられるかもしれない。


「よく見ておけ」


クロウの掌から炎が生まれる。

ちろちろと細く揺れ、だんだんと大きく広がっていく。

金色の瞳は炎を映して妖しく光る。


「ひぃっ!?」

「白い……」


男たちは見たことがないだろう。

異質なものを目の前に腰を抜かし、顔を引き攣らせる。

高圧的だった輩が怯えているのを見て、可笑しくなった。

一歩足を踏み出すと、男たちは後ずさった。


「見たかったんだろう?」

「く、来るなぁ!」


白炎に人間を害する性質はない。

しかし彼らは、初めて見る炎に恐怖しか起こらないのだろう。


「ーークロウ様ぁ!!」


外から呼ばれた。ルオウの声だ。

誘拐犯たちの顔に焦りが混じる。

首謀者の男が剣を握りしめ、クロウに向かって振りかざした。

どうせ捕まるならと、クロウを殺すつもりなのだろう。

クロウとて殺されてやる気はない。

朱炎を男の顔目掛けて放った。

炎は物質を燃焼させることはないが温度はある。


「熱っ!?」


男は怯み、手から剣を取り落とした。

隙をついて剣を奪い、リーの元まで走った。


「ルオウ! ここだっ!」


外に向けて炎を放つ。


「クロウ様、ご無事ですか!」


近くまで来ていたのか、即座に兵士を引き連れて流れ込んできた。

中の光景に一瞬呆然としたが、すぐに誘拐犯を捕縛しクロウの安全を確保した。

傍らで倒れているリーに目をやり、顔を悲痛に歪ませた。

傷の深さから手遅れだと悟ったのだろう。

ルオウもリーを可愛がっていた大人の一人。

弟子を傷つけられ、悲しみ悔やみ、怒りが渦巻いていることだろう。

ルオウはリーを運ぼうと手を伸ばした。


「ルオウ師。少し待ってくれ」

「クロウ様……?」


クロウはリーの背中、傷口に手を乗せる。

リーはまだ死んでいない。

生きようと足掻いている。

白炎を脳裏に浮かべ、傷口から体内を巡るよう少しずつ注いでいく。

慎重にゆっくり、しかし迅速に。


神官の炎は魔を避ける作用がある。

それ以外に使い道はないのか。

リオンの趣味である、炎と魔の関係の研究は、クロウも知識として聞いていた。

人間の寿命は六十から八十。

それに比べ、神官の寿命は五十生きれれば大往生という。

普通の人間と神官の違いは炎が出せるかどうかの差。

では、炎の原料はなんなのだろう。

リオンはそれが寿命や生命力との対価ではないかと考えているらしい。

あくまでリオンの研究で出された仮定だが。


リオンの仮定が的を得ているのなら、クロウの炎を作る能力でリーを助けられるはずだ。

たとえ違っていても、今時点でリーの命を繋ぎ止める方法はこれしかない。

普通の人間に炎が作れない様に、炎に耐えきれないかもしれない。

それでも、何もしないで諦めるより助かる僅かな確率に賭けるしかなかった。


「死ぬな。ずっと、わたしの傍にいると約束したじゃないか」


隣で見守っていたルオウも固く口を結び、固唾をのんでいた。

長い時間こうしていただろう。

ほんの数分だったのかもしれない。

クロウの小さな手は血で赤く染まっている。

玉のような汗がいくつも額から流れ落ちていく。

浅く弱く息をしていたリーの口から小さな呻きが聞こえた。


「リー……?」


固く瞑られていた瞼が僅かに開き、黒い瞳がクロウを見つけた。


「……ぉ……」


音というより殆ど息だった。

けれど何を言おうとしたかはすぐにわかった。


「わたしは無事だ。すぐに帰ろう」

「ん……」


リーの表情が少しだけ和らいだ。

再びリーの瞼は閉じられた。

きちんと息をしている。

クロウはほっとして力が抜けた。


「クロウ様!」

「……大丈夫だ」


初めて大量に炎を使った反動か、体に力が入らない。

リーの横に倒れた。

どこか痛いわけではない。とんでもなく疲れただけだ。

触れそうな程近いリーに手を伸ばすこともできない程に。

じっとリーの寝顔を見つめる。


「お前が、わたしの片翼か」


広く知れ渡っている男女の翼人の物語。

たったひとりの、生涯を共にする最愛の相棒。

従者で、友人で、初めて愛し執着した少女ーーリーを救えて、誇らしかった。

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