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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
【間話】クロウの初恋
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【間話】 クロウの初恋 ー 2 ー

クロウが五歳になる少し前のことだった。


三歳を過ぎると、時折食事に毒が混入されることが増えた。

もちろんリオンの指示ではない。

大神官の実父やその側近からの嫌がらせだった。

厳重に警戒しても、巧妙に仕掛けられる。

先に食事を口にするリーが倒れ、床に伏したのも一度や二度ではない。

クロウの毒味役として仕込まれていたが、辛うじて命が繋がった程強い毒を呷ったこともある。

目の前で苦しみながら倒れるリーを見る度、肝が冷えた。

自分が毒を飲むより、リーがいなくなる方が怖かった。


リーがいたから笑うことを知った。

リーがいたからただ生きているだけの日々が楽しいと思えた。

リーがいなくなったらまた感情のない人形に戻ってしまう。

リーがいない生活など考えられなかった。


神官の奇跡の炎が生み出せても、苦しんでいるリーを助けられないのなら何の意味もない。

リーが倒れる度、助かれと祈るしかできない無力な子供だと痛感した。




ある日、気づいたことがある。

リオンの屋敷に人の出入りが激しくなった。

知っている顔、知らない顔、久しい顔、初めて見る顔、身分が高い人、恐縮しきっている人、大人子供、とにかくたくさんの人がリオンに会いにきた。

叔父に尋ねると、近々遠くに引っ越す、まだ秘密だよ、と教えてくれた。

人が多いと危険も増える。

いつ実父の手の者が紛れて侵入してくるかわからない。

何故、大神官がクロウを害そうとしているのかは知らないが、敵意は本物だった。

リーも同じだったようで、片時もクロウから離れようとしなかった。

もちろん、護衛が常についていた為、大事になることはない。

そもそも、クロウたちの住まいと離れている為、訪問者と会うことは稀。

余程の身分とリオンの許可がないと、奥まで入ることはできない。


「おやおや。仲良く散歩かい?」


前方からやってきた男に気安く声をかけられた。

リオンと同じ朱色の髪。

着ている衣装から身分が高いことがわかる。

なんと言ってもリオンとよく似た顔立ち。

つまり、神官位を持っている叔父の一人だ。

屋敷の奥をのんびり歩いているということは、リオンに許されているということ。

かといって、味方かは判断できかねた。

リオンの味方かもしれないが、クロウの味方という保証はない。

素性がよくわからない人物に心が開ける程、クロウは浅慮ではない。


「リオンさ、ま?」


リーはそうではないようだったが。

リオンではないとわかっていても、顔も色も格好も似ているので混乱していた。

知らない人間だと判断したのか、リーはクロウの前に立ち、背に庇った。


「違うよ。リオンの兄のロアンという」


ロアンはひょいとリーを抱き上げた。

突然のことで驚いたのか、手足をばたつかせた。

周囲が慌てて取り上げようとしたが、首を振って制した。


「可愛らしいね。頼もしい従者じゃないか」


ロアンはカラカラと笑いながら、腕に抱き直したリーの頭を撫でた。

そして、クロウに一瞥をくれる。


「それとも、お嫁さんだったかな」

「およめ?」

「どんなに想い合おうと、血の混じりがない平民のようだから無理だけどね」


ロアンはリーを放すと、またゆったりと歩いて行ってしまった。

リオンに輪をかけて掴み所のない人だ。

解放されたリーは、ぎゅっとクロウを抱きついた。

感情のままに行動する癖は直すべき所ではあるが、クロウは気に入っていた。

怖かったのをクロウにくっつくことで平静を取り戻そうとしている。


「だいじょうぶか、クロウ!」

「何かされたのはおまえだろう」

「ひどいこと言われたんじゃないか?」

「…………わからない」


ロアンが否定するようなことを口にした為、傷ついたのだと思ったらしい。

けれど、何を否定されたかクロウもわからなかった。


後日、リオンから神官の婚姻事情を聞いた。

神官の血を受け継ぐ者として、妻を迎えて子を生すことは必須。

一族にしか受け継がれない炎を生み出す能力を途絶えさせてはいけないことは理解できた。

ロアンに会ってからぼんやりとあった喪失感の形が見えた。




別の日、中庭でリーと二人で遊んでいた。

正確にはリャンと三人だったが、用を足しにいくといって席を外していた。

その際、絶対に動くな大人しくしていろ、と真顔で言われた。

クロウはともかくリーは思いついたまま行動するので言わざるを得ないのだろう。

それもあってか、リーは大人しく書を読んでいる。

リーが字を覚えたと聞いたリオンに読み物を一つ与えられた。

『片翼の翼人』という、大陸で広く伝わる寓話。

飛べない片翼の男と女が出会い、助け合って生きるという教示だ。

登場人物が男と女という点から、夫婦や恋人に当てはめられ、俚諺としても使われる。

男が女に出会う前、片翼というだけで仲間から迫害を受けていたという描写があり、クロウはこの話が好きではなかった。

リーが内容を理解して読んでいるかはともかく、覚えたての文字がわかるのが面白いらしく、何度も繰り返し読んでいる。


「翼人はしあわせになったのかな」

「そうなんじゃないか。書いてある」

「そっか。よかったな」

「よかったか?」


仲間外れは要らない、と捨てられた者同士が傷を舐め合って生きることがよかったとクロウは思えない。

髪が白く目が金色というだけで遠ざけられ陰口を叩かれる。

片翼の男とクロウは似ていた。


「ひとりぼっちはさみしいだろ」

「…………」

「おれも、ここに来るまでひとりだったから、クロウに会えてよかった、しあわせだって思ったんだ」

「……そうか」


真っ直ぐな感情を向けられて、クロウは一瞬言葉に詰まった。

頬が熱い。

一緒にいるのが当たり前すぎて、リーがどう思っていたか初めて知った。

きゅっと胸の奥が痛くなった。

でもこれは嫌なものではない。

むしろ嬉しいものだ。


「リャン兄遅いね」

「ーー今日も人が多いから足止めされているんだろう」


書に飽きたのか横に置く。

庭の端の段差に座って、人通りの多い廊下を眺めた。

中庭にも時折人が横切る。

屋敷に仕える女中、甲冑を着た軍人、役人と思しき男たち。

ふいに、二人に頭上から影がかかった。

何事だと顔を上げると、知らない男たち数人に囲まれていた。


「クロ……っ!」


咄嗟にクロウを庇おうとリーが手を伸ばす。

しかし阻まれる。

リーは背後にいた男に殴られ、気を失った。


「リーっ!?」


声を上げた為、口を塞がれる。

そのまま脇に抱えられた。

人の壁で見えていないのか周囲は気づかない。

男たちの足は屋敷の外まで止まることはなかった。

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