【間話】 クロウの初恋 ー 1 ー
生まれ落ちた時から不要な(いらない)子供だった。
白い髪、金の目。
神官の血筋生まれながら、異質な色彩は周囲を怯えさせ、実の父親さえも不在ものとして扱われた。
生母もいない。
神官の力を持った赤子を産む女は、呪いの様に皆産後すぐに儚くなるのだ。
クロウの母も、産み落としたと同時に亡くなった。
神殿の後宮の一室で、乳母が肩身を狭くして赤子のクロウの世話をした。
その乳母も、クロウが二歳を迎える前に暇を出して、後宮から去っていった。
本来なら、生母の実家の後見として世話をする筈なのだが、大神官に見捨てられた異端児と知ると、後見を放棄したのだ。
三歳になる年、リオンに引き取られるまで、クロウは世話をされることなく一人で過ごしていた。
躾らしい躾をされず、言葉すら知らないクロウにリオンは様々なことを教えた。
言葉を理解し、話せる様になるまで時間はさほどかからなかった。
しかし、乳幼児期に人に接してこなかった為、無表情で感情が欠如した人形の様な子供だった。
聞き分けがいいが意思が存在しない。
起きろと言わねば起きないし、食べろと言わなければ水すら口にしない。
リオンの屋敷は神殿に比べて圧倒的に人が少ない。
少数精鋭を理想としているリオンが人選を絞っている所為でもあるが、片手間で子育てをする程度しかいないほど人材が不足していた。
この頃のリオンは、西へ移住を計画していた。
リオンの思想に共感できる人間でなければ近づくことすら許されなかった為、下手に人を増やすこともできない。
そこで目を付けたのが『放置街』と呼ばれる貧民窟。
貧民窟に住まう人間は弱者か強奪者のみ。
リオン自ら放置街に出向き、クロウの遊び相手に選ばれたのが、リーだった。
今にも事切れそうな細い息、まともに食べ物を口にしていない体は骨と皮しかないほど痩せていた。
けれど、目は「生きたい」と訴えていた。
数日の療養後、クロウとリーは対面した。
第一印象は、小さい、だった。
周囲が大人しかいない為、初めて見た自分と同じくらいの子供。
療養したと言っても一日二日で体型が変わるわけでもない。
黒髪黒目の痩せっぽっちの小さな子供。
遊び相手で従者。
初めて与えられた自分だけの人材。
初対面の子供は、頬は高揚しているのか赤く染まり、クロウを映した黒い瞳がキラキラ輝いていた。
不思議と嫌な気分ではなかった。
名前を呼んでみたかったが、声が擦れて良く聞き取れなかった。
なので聞こえた音が「リ」だった為、「リー」と呼ぶことにした。
クロウも、初めて叔父に名を貰って嬉しかったから、この子供にも施したかった。
わかったのは、自分と同じ身寄りのないひとりぼっちということ。
ずっと傍にいてくれる、自分だけの従者。
「リー」と呼ぶと、はにかむように笑って返事をする。
胸の奥がじんわり温かくなった気がした。
数日は、慣れないのかクロウのうしろに隠れて様子を窺っていた。
警戒しているというより、戸惑っているようだ。
平民の出であり、最近まで掃き溜めのような場所にいたのだ。
突然、神官一族のきらびやかな屋敷に連れてこられて驚かない筈がない。
周囲の大人たちに可愛がられ、だんだん表情が増えていった。
毎日ぴったりくっついていたクロウと二人でいる時の方が表情が乏しい。
無表情のクロウにどんな顔をしていいかわからず、ずっと眉を下げていた。
リオンの屋敷に来て一月が経つ頃には、くるくると感情のままに表情を変えていた。
本来はこちらが本性なのだろう。
いろんなことに興味を持ち、大人を捕まえては「あれはなに?」「これはなに?」と、クロウの手を引いて訊いて回っていた。
クロウの意思等構わずぐいぐいと突っ走るものだから、周囲の大人の方が慌てる姿が相次いだ。
保護者のリオンが、仲がいいね、と笑っていたので、誰も止めなかったが。
「なあなあ、クロウ」
「なんだ」
「今日はなにする?」
「勉強だ」
「えーー。一緒にあそべないの?」
「遊べない。なら、一緒に勉強するか?」
リーが自分の役割をどこまで理解していたかわからない。
ただの遊び相手だと思っていたのかもしれない。
「リー。クロウ様は将来神官になられるお方です。様を付けて呼ばなくてはいけません」
女中に何度も注意を受けていた。
時間を共有していても、血による身分に雲泥の差がある。
クロウが神官の炎を灯せることは、すでに知られていた。
神官の証である朱色の髪でなくても、成人すれば神官の地位につくことになる。
しかし、
「敬称なんていらない」
「けーしょー?」
「クロウと呼べ」
「みんなだめって言うぞ」
「わたしがいいと言ってるんだからいいんだ」
武術の師匠であるルオウに連れられてきた二つ年上のリャンは、初めての挨拶で跪き、幼き神官様、と揶揄した。
直後、叔父であるルオウに鉄拳制裁をくらい、クロウ様と言い直したが。
皆親しく接してくれるが、常に神官の血がついてまわる。
一人くらい、ただのクロウとして扱ってほしい。
子供で従者であるリーが適任だった。
クロウの初めての我が侭だった。
間話に逃げました。
でも必要な情報をもりこんだつもりです。




