ロアン 三十九
「お休みの所申し訳ございません。ご報告差し上げます」
急を要すると衛兵に眠りを妨げられる。
神官の任についた者は皆揃って短命。
五十も生きれば長いとされる。
理由は分かっていないが、この様に部下から健康を阻害されるのではないかと考えている。
神官は貴重な役目。
数が少ない為、替えが利かない。
そのくせ、神官の仕事は膨大。
いくら特級権力を持とうと割に合わないのではないかと思っている。
そういえば、都の大神官をやっている長兄はそろそろ五十に届く頃。
都へ戻る準備をしなければと頭の片隅に浮かんだ。
「何かな?」
扉の向こうに控えている衛兵に返事をする。
呼びに来たのが侍女ではなく衛兵なので、神殿内か町中で何か起こったのだろう。
「外壁で火事が発生しました」
「火事? 町中で?」
「いいえ。外でございます」
夜に、壁の外で火事。
乾期でもない時期、雲一つない空では自然発火は考えにくい。
故意でも事故でも面倒な事に変わりない。
誰も見ていない寝所でひとり顰め面を作る。
「話しを聞こう。警備の責任者を呼んでくれ」
身支度を整え、応接間に向かう。
すでに男が二人待っていた。
中年の男が警備の責任者で、若い方は現場に居合わせた兵士と名乗った。
さっそく報告を聴く。
「一刻程前、町の西側の壁から火の手が上がったと報告を受けました。原因を調べた所、人の手によって何か燃やされたと推測されます」
「燃やされた、ねえ。何が燃えたのかな?」
「おそらく、外壁塔に常備されていた縄かと」
縄は可燃性ではあるが、発火性はない。
人の手で燃やされたと考えるのが自然。
では、誰が何の為に、と考える間もなく該当者が頭に浮かぶ。
面会の申請があったあの娘だ。
「その犯人ですが」
と、今度は若い兵士が口を開く。
「本日、手配が回っていた男らしきが者が市街に現れ、捕縛しようとした所、逃走しました。その際、外壁の管理塔に侵入し、塔内にあった縄を使って外へ逃げられました。申し訳ございません」
兵士は深く頭を下げた。
男の後頭部を見て、スッと頭が冷えた。
「犯人か……」
「男は三人で行動しており、現在は行方がわかっておりません。至急捜索を……」
「いいよ。必要ない」
鋭く硬い声が兵士の言葉を遮る。
頭は冷えているのに胸元は煮えたぎる様に熱い。
この感情は怒りだ。
「その者たちは外へ逃走したのだろう? だったら探す必要ない。再びこの町に現れたら捕らえて、私の前へ連れてくればいい。そうだろう?」
「し、しかし……」
「神官の言葉に異論があるかい?」
「御意にございます!」
兵士たちは平伏し、退室していった。
出て行った扉を一瞥し、長椅子に体重を預けた。
「阿呆どもが。余計な事をしてくれる」
十数年前、リオンが都を去る時に手を貸した。
当時既に地方神官の任に就いていた為、外部から助力をするのは容易だった。
運河を渡る船、食料等の物資、神官の血を受け継ぐ家の娘。
都は地方に目を向けない。完全な自治区だった。
あの変わり者が興味を示す西の地がどれだけ発展するか見てみたかった。
時折届く便りにまだまだ貧しく厳しいと記されているが、邑の発展と甥たちの成長が楽しみだと文から読み取れる。
婚約者を亡くして以来、荒んでしまった弟は、新しい地で楽しく暮らしているらしい。
邑で円満に過ごしている、はずだった。
遠征の視察に赴いた町で、甥の従者の面影がある娘が、旧友に似た戦い方しているのを見てすぐにわかった。
都のリオンの宮殿の庭で楽しそうに武術を習っていた子供の片割れ。
ロアンもリオンも、妃を持たなかった。
子供とは縁遠い存在だったはずなのに、立派に子育てをしている。
彼らに慕われるリオンが羨ましかった。
白髪の甥を『鬼児』と言った時の娘の顔が思い起こされる。
離れていても忠誠心は固い。
リオンは良い子を育てたものだ。
何故、魔を憑けて遠く離れた港町にいたのかはわからないが、主の元へ帰りたいと願うなら手を貸してやらなくもない。
ついでにいつも一方通行だったリオンの便りの返信を持たせたかった。
文は無理でも言付けでよかったのに。
機会をなくしてくれた者たちの見当はついている。
町で好き勝手している輩だ。
身を弁え、害にならない程度ならと見逃していた。
娘たちはすでにこの町にいない。
連れ戻しても罪人として裁かなくてはならないのならこのまま逃走してくれればいい。
「神官なんてやるもんじゃないね」
神官兄弟は六人兄弟。
長男イーシン、次男・三男、四男ロアン、五男、六男リオン。
次男は都で神官補佐、三男・五男は地方神官してます。
クロウの兄弟も神官業してます。




