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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
リン 1
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リン 十九 ー 2 ー

※リメイク済み

二年前、崖から落ちたリーを助けてくれたのは港町の漁師の船だった。

目が覚めた時は町の診療所の寝台の上。怪我の治療もされていた。

邑に戻れない。もちろん都にも行けない。

行くあてのないリーに、港町の商業区域で住み込みをすれば良いと教えてくれたのは、診療所の老医師だった。

賑わいは周辺の村では最も大きく、どの商店でも人手不足をいつも嘆いている。

そう聞いたリーは大衆酒場の戸を叩いた。

そして、リーという名前を捨て、リンと名乗ることにした。


邑に戻ることが、クロウの側にいる事が許されないなら、リーを殺してリンとして生きよう。


リーは崖から落ちて死んだ。

ここにいるは、リンという女性だ。

もうあの閉ざされた邑の誰にも会うことはない。

ないはずだった。

探されていた。

遠く離れた魔に侵されていない港町にまで捜索の手が伸びている。


クロウに会いたい。

会って無事だと、生きていると伝えたい。

でも知られてはいけない。

会えばきっと、



ーーカーーン



指から滑り落ちた木製の皿が床に当たって高い音を立てた。

珍しい光景に客たちも話を止めてリンに注目する。

店内が一瞬無音になった。


「あ……あちゃー、ごめん。手が滑っちまった」

「リンちゃん大丈夫かい」

「平気平気。片付けるから飲み直してよ」


散らばった料理を片付けながら客たちにへらりと笑いかける。

蒸し上がったばかりの柔らかな魚の身を木皿に戻し、汚れた床を雑巾で拭き取る。

気も漫ろに手を滑らせたリンの落ち度だ。


「悪いな兄さん。すぐ新しいの用意するから」

「問題ない」

「こらリン! おまえの給料から今の分引くからな」

「ごめんって大将。すぐ新しいの作ってくれ」

「ったくよー」


厨房から顔を出した大将は包丁片手に戻っていった。

落とした魚は奇麗な所を選り分けて賄いにしてもらおうと思う。

栄えているとはいえ、食べ物は貴重だ。無駄に出来ない。


「兄さん、残念だったなぁ」


客の一人が旅人に絡んでいった。

赤い顔で酒の匂いを巻き散らかしている。


「大丈夫だ」


先に出した搾菜をつまみながら苦い顔で返している。

どうやら人付き合いが苦手なようだ。

楽しく飲むのは結構だが、余所の客に迷惑をかけるようなら注意しなければならない。


「リンが失敗するなんて珍しいもんが見れて幸運よぉ」

「可愛いのに有能って、大将自慢の看板娘だ。ちょっと目つきと口が悪いけどな」

「うちの店にも欲しいくらいだ」


がははと笑いながら客たちはさらに酒を煽る。

一言余計な言葉がついているが、褒められるのは素直に嬉しい。

文字の読み書き、数の計算、人のあしらい方、他人の顔色の窺い方、子供の頃からクロウの側で学んできた。

おかげで仕事で苦労したことがない。


「ここの娘なのか」

「いんや。一年……二年前だったか? 海で溺れてるのをハンの船が助けたんだよな」

「そうそう。いく所がないっつーから大将が面倒見てんだ」

「えーっと、確か……」

「はい! これ詫びの焼豚(チャーシュー)だよ!」


勝手にリンの素性を喋り始めた客たちにリンは割って入った。

乱暴に置いた小皿には焼豚の切れ端が乗っている。

大将お手製の人気商品でよく捌ける。夜も更けると切れ端くらいしか残っていなかった。

旅人がリンに興味を持ってもらっては困る。

これで気が逸れてくれれば給料の天引きなんて安いものだ。

リンがリーだと気がつけば連れ戻されるのは必至。

顔は笑っているが内心冷や汗が止まらない。


「兄さんはどこから来たんだ?」


客たちはまだ旅人に絡もうとする。

彼らは商人だ。

客になりそうな旅人を取り込もうと狙っているんだろう。

旅は何かと入り用だし、帰る家があるなら土産の一つでも購入する。


「西、の方から」

「西かい! あれだ、賊が出るっていうから逃げてきた口だろ」

「最近物騒な話を聞くぞ。村一つ燃やされたんだと」

「けっこう大規模な組織だってよ。うちの荷が狙われたらたまんねぇな」

「……いや、人を捜してるんだ」


旅人は懐から人相書きの紙を取り出した。

リンがぎくりと顔を強張らせる。

男が持っている人相書きがリンと似ていないが特徴を捉えている。

港町の商人は勘が良い上、聡い。商売柄、情報を得ることも容易いだろう。

様々な情報から探し人とリンをつなげる可能性が高い。


「ほう、顔絵かい」

「上手いが、チンの所の絵師のが腕がいいんじゃないか?」

「あの絵師は本物のように描くぞ。良い腕を持ってる」


やいのやいのと絵の出来に口を出している。

旅人は困り顔で成り行きを見ているしかなかった。

けれどもいっこうに核心に触れそうもないので方向を修正する。


「絵師ではなく、この絵の男を探してるんだ」

「この絵の男ねぇ」

「オレは見たことないなぁ」

「女の顔なら忘れねぇんだけどな!」

「そうだそうだ。先月見た隣村の若い娘に似ちゃいるが、もっといい女だったな~」

「オレも見たぞ。目の覚める美人だった」


また脱線していく。

酔っぱらいに聞いたのが間違いだと悟ったのか、旅人は紙を懐に戻す。

ちょうど出来上がった蒸し魚を黙々と食べて部屋に帰っていった。


男の姿が見えなくなって、ほっと息を吐いたリンを客たちは見ていた。

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