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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
リン 6
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リン 二十 ー 24 ー

到着した港は、出発した町の港より小規模で、港で働く人の数が少なかった。

運河最南端の港というだけあって、造りは立派で、港の端には倉庫が建ち並んでいる。

早朝の為か、活気があまりない。

というのが、リンの印象だ。


「怪しい船だ! 止まれっ!」


威嚇の矢とともに鋭い声が飛んできた。

船着き場に停船しようとする寸前だった。

武装した兵士が集まってくる。

慌てた商人が船の先端に顔を出す。


「昼に着く予定だった船だ! 海賊に襲われて……」

「海賊だと!?」

「港に入れるわけにはいかん。出て行ってくれ!」

「海賊はいない。返り討ちにした!」

「信じられるか。何年も手を焼いている奴らだぞ!」


そんなやり取りを半刻程続け、やっと申請が通ったのは昼にさしかかっていた。

他の商船が着き始めたので、渋々ではあったらしい。

船内を改めに来た役人が、甲板の惨状に顔を顰めたのは言うまでもない。

幸運なことに、出向いた役人はスエンと顔見知りだった為、すんなりリンたちの言い分を信じてくれた。

持つべきものは顔の広い元役人の友人だ。

商人が停船の手続きをしている間、積み荷を降ろし、甲板を綺麗にする。

犠牲になった仲間の一人は手厚く葬った。

出稼ぎ先での不幸は、故郷に帰れない。髪を一房切り落とし、家族の元へ届けるのが一般的。

船から降りられたのは日が傾く夕暮れ時だった。


「さて、どうする?」

「今日はこの町で一泊だな。隣町に向かうのは明日だ」


大陸の南東部は魔の脅威が低いとはいえ、夜に町の外を出歩くことを良しとしない。

魔憑きの野生動物がいないとは限らないからだ。

町の門は固く閉じられ、朝まで開かない。

夕刻から出ようものなら訝しがられ、質問攻めにされてしまう。


「じゃあ宿を探すか」

「待ってくれ!」


踵を返した時、商会の主人が慌てて声をかけた。

出っ張った腹を抱え、小走りでリンたちに近寄る。


「あんたたちのおかげで助かった。礼がしたい」

「護衛が俺たちの仕事だ。礼には及ばない」

「いやいやいや! あんたたちがいなかったら荷どころか命も奪われていたさ。このまま別れては心苦しい」


船を護衛する代わりにただで乗せてもらう約束だったので、報酬は期待していない。

急ぐ旅ではないがのんびりする気もなかった。

三人は顔を見合わせると、代表してスエンが一つ提案した。


「宿を探そうと思うんだが」

「それだったら、当会が懇意にしている宿がある。私の名前を出したら部屋を用意してくれるはずだ。飯も美味いぞ」

「それはありがたい。主人の厚意に甘えよう」

「お安い御用だ。商会の札を見せればいい」


スエンの手に親指程の大きさの薄い木の板を乗せる。

商会の印が焼き付けられていた。

主人はまだ仕事が残っているから、と別れを告げた。

紹介された宿は港から近かった。

いくつもの商会の店が並んでいる区画の隣にあった。

札を見せるとすぐに部屋に案内され、荷を降ろした。


「水浴びしたいーー」

「下で湯を貰ってくるわ」


服に目立った破れはない。

しかし、返り血が髪や袖にべったりと付着しているので、気持ちが良いものではない。

錆びた鉄の匂いで気分が悪くなりそうだ。

受付をしていた娘に三人分の湯を頼むと、あとで部屋に持っていくと答えてくれた。

部屋は二部屋。

一応、リンは結婚適齢期の女性の為、別部屋という配慮がされた。

船内では一つの小部屋で雑魚寝をしたのだ。

まったく気にしていないし経費は節約した方が良い。

しかし、スエンは譲らず、リンは一人部屋に押し込まれた。

桶に張られた湯に手拭いを浸し、体を拭いていく。

付着した血を落とし、残り湯で汚れた衣服を洗った。

干しておけば翌朝には乾くだろう。

二日ぶりの寝台に身を鎮める。

久しぶりに体の力が抜けた気がした。


「リン、飯……ーーーーっ!?」

「んぁ?」

「すまんっっ!!」

「え?」


スエンが来室したはずだが、何故か謝って出て行った。

どうしたのかと、寝台を降りて扉へ向かう。


「どうしたどうした。お前なんかやっ……たな」


今度はリャンが顔を覗かせる。

リンの姿を見て半目になった。


「何もしてねーよ。用があったんじゃねーの?」

「腹減ったから飯食おうって呼びに来たんだよ。先に行ってるから服着たら来いよ」

「服?」


洗濯するため着ていたものをすべて脱いだ。

着替える前に横になってしまったので、今着ているものは腰までの襦一枚のみ。つまりほぼ下着だ。

伏せていたので顔を見ていないが、紳士的に退室してくれたようだ。

改めて、スエンに女として見られているのだと思った。


替えの服を身につけ、階下へ急ぐ。

リンが奉公していた宿屋と同じく、一階は食堂になっていた。

いくつも並ぶ丸卓はあらかた席が埋まっており、ガヤガヤと懐かしい喧噪が聞こえていた。

キョロキョロと見渡すと、部屋の中心あたりの席を陣取ってる二人を見つけた。

卓には料理の皿と酒の器がすでに並んでいる。

待たせたつもりはないが先に食べ始めていたようだ。


「遅くなったな」

「待ってたわけじゃ……」

「リーーーーン!!」

「なっ、なに?」


ぐいぐいと酒を煽っていたスエンが、叩き付けるように器を卓へ置き、キッとリンを睨みつけた。

やけに顔が赤く、目が据わっている。

完全に酔っぱらっていた。

そういえば酒に弱かったな、と頭の隅で思い出した。


「お前はどうしてそう慎みがないんだ!」

「はあ? そんなもの……」

「女らしくしろなんて今更言わねぇ。だがな、人前で脚を見せるのははしたねぇだろう!?」

「あんたが入って来たんだろうが」

「嫁入り前の女なんだ。もっと自分を大事にしろぉ!」

「…………」


耳に入っていないのか会話になっていない。

ところどころ呂律が回っていないところをみると、相当飲んだようだ。


「どれくらい飲んだ?」

「んー? これに三杯?」


リャンは自分が飲んでいる器を掲げた。

食堂の常連だった頃のスエンの許容量を思い返す。

食べてばかりで酒を頼んでも一番弱いものをちびちび飲んでいた。


「飲み過ぎだな」

「たった三杯で!?」

「一杯で限界なんじゃねーかな。ほらスエン、水飲めよ」


水が入った器を渡そうとするが、いやいやと首を振り受けとろうとしない。

仕事を辞め、海賊に襲われ、無事生き延びたおかげか、酒の所為か、自制が利かなくなったようだ。

こんな子供のようなスエンは初めて見る。


「女は男に守られてればいいんだ! それなのにお前ときたら、剣振り回すわ、槍投げるわ」

「はいはい」

「あげくに邪魔だと追い払う」

「言ってねーだろ」

「俺はお前より弱いかもしんねぇけどなあ、少しくらい守らせろよぉっ!」


周囲から、おぁ~、という歓声と拍手が起こる。

スエンの大きな声が店中に響いて、男たちの胸に届いたらしい。

注目の的だった。


「わかるぞ、兄ちゃん。うちのかーちゃんも昔はお淑やかでかわいい女だったんだよ」

「いいや。お前のとこの嫁は結婚前から強かっただろうがよぉ」

「そうだそうだ。仕事したくないって泣き言ほざいたお前の尻叩いてたじゃないか」

「そこはオレに頑張ってほしいっつー、あいつのいじらしさだろうが」


別の卓の客が話題に乗っかり盛り上がった。

どこの酒場も女の話題で酒が飲めるらしい。

勤めていた酒場の常連も、奥さんの話題かリンをからかって面白がっていた。

しかし、スエンの言わんとすることと男たちが言っていることは違う気がする。

極端に言うなら「男は女より出しゃばるな」と、悪い風にとっている。

船上でリンが前に出過ぎていたのは事実なので訂正はしないが。

強気の発言をしたスエンを称えてか、器に次々に酒が注がれる。

客たちの厚意なのだが、今は勘弁してほしい。

潰れたスエンを介抱するのはこちらだ。

今日はいろいろあったので早々に休みたい。

スエンも悪い酔い方をしているので醒まさないといけない。


「リン、俺はなぁ……」


注がれるものすべて飲み干したスエンは、座っていても頭がフラフラしている。

目が今にも閉じそうな程、トロンと瞼が下りている。


「俺は……」

「もう喋らなくていい。部屋戻るぞ」

「………………きもちわるい」

「ちょっ!?」


急ぎスエンを担いで店の裏に回り、胃の中が空になるまで吐かせた。

翌朝、スエンのひどい二日酔いで出発が遅れたのは言うまでもない。

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