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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
リン 6
66/123

リン 二十 ー 23 ー

※残酷な描写があります。

肉を斬る感触が嫌いだった。


邑で暮らしていた時も、港町の酒場で厄介になっていた時も、豚や鶏を捌いていた。

皮を剥いで新鮮な肉に刃を入れる。

日々の糧になった彼らへの思いは、感謝。

彼らの命と引き換えに空腹を満たす。


魔に憑かれた人も斬ったことがある。

同じ邑で暮らす顔見知りーー仲間だった。

魔に憑かれたら命を奪われ、肉体を利用され、生者が襲われる。

邑で暮らす以上、魔憑きになったら討伐対象となることは皆が同意していたこと。

魔憑きへの思いは、無念と怒り、殺すことでしか救えない無力な自分への失望。


だから、嫌いだ。




「舵をとれーーーー!」

「奴らを近づけさせるなっ!」

「荷を奪え!」

「殺せ! 殺せぇ!」


船上は怒号が飛び交っていた。

航海から三日目の早朝、目的の運河河口の港に着く手前だった。

夜が明ける前から濃い霧が発生し、行く手の視界を塞いだ。

周囲の異変に一番に気づいたのはリンだった。

大きな声で注意を促した時には、すでに倍近くある大きな船が目の前に迫っていた。

帆の天辺に掲げられる船旗は黒ーー海賊だ。

小さな商船では勝ち目がない。


「速度をあげろ!」

「駄目だ。あいつら風上にいやがるから、すぐ追いつかれちまう」


長く海を拠点に悪事を働いてきた海賊たちの方が理がある。

陸はまだ遠い。

船を捨てて逃げるには距離がある。


「荷を中へ! 非戦闘員は隠れていてくれ!」


そうこうしている間に敵船が迫ってきていた。

向こうの甲板には今か今かと、賊が待ち構えている。

陸まで追ってきたら港に迷惑がかかってしまう。

撃退するしか道はない。


「おいおい~。あちらさん、やる気満々じゃん」

「荷物を奪う前に火をつけられることはねぇと思うが」

「海賊なんて初めて見たわ。腕鈍ってないといいけど」

「海賊くらい乗りきらねぇと、魔の森なんて入れねぇしな」


リャンとスエンがやけにやる気の様子を見せる。

気軽に構え過ぎに見えるが、気負って動けなくなるよりはいい。

青ざめていた他の護衛乗組員も、二人の様子に気を持ち直したようだった。

海賊船の縁に足を掛ける姿が見えた。

ニヤニヤと下卑た顔が船縁に並んでいる。

船の横っ腹につけて、乗り移る算段なのだろう。

大きさも高さも相手のが上。飛び降りればこちらに移れてしまう。


「入れさせるな! 防げっ!」


逃げているが、速度が違う。すぐに追いつかれてしまう。

今にも飛び降りてきそうだ。

ひとりでもこちらの船に移らせてはいけない。


「弓っ! 誰か弓を貸してくれ!」

「弓なんて、届くわけないだろう……」


護衛の一人が担いでいた弓矢をリンに渡す。

確かに常人の腕力では海賊船に届かず途中で落ちてしまう。

届いても船の側面。見上げる高さの海賊船の甲板に届くはずがない。

リンは構わず、キリリと弦を引いて鏃を敵に定めた。


「射ろ」


言葉を乗せた矢は、甲板に向かってまっすぐ飛んだ。


「ぐぁあっ!」


リンが放った矢は、海賊のひとりの目に突き刺さった。

海賊はそのまま体勢を崩して海に落ちる。


「馬鹿な!? 当たるはずねぇ!」

「こっちも矢を持て! 槍を落とせ!」


仲間が落とされ火がついたのか、海賊たちは騒然としはじめた。

怒りの沸点が上がったのか、さらにこちらを落とそうとますます殺気立ってしまった。


「おまえ!? 余計なことをするな!」

「殺されちまう……!」

「止めろ!」


不安を煽られた護衛のひとりがリンにつっかかっていくが、スエンによって止められた。

それでも声をあげずにはいられない。


「何もしないままだったら襲われるだけだ。ここは狭くて乱闘は出来ない。1人でも多く落とす」

「お前、弓も出来ンのか」

「邑では一通り使えるように鍛えられたからな。あぁ、松明はないか?」

「松明? 見えねぇのか」


空はまだ夜明け前で薄闇。霧も出ていて視界が悪い。

だが松明を焚こうものなら、目印だと言っているようなものだ。


「いや。あっちの帆を狙う」

「はあ!? できるわけないだろう!!」


弓で飛ばすとはわけが違う。

護衛乗務員には信じられなかった。

魔憑きの所為で常人より力が増幅されているリンなら、帆を狙うことも射止めることもできる。


「ここはリーしかできないんだし、矢でも槍でも松明でも、用意しちゃおうかねぇ」

「そうだな。他にいるものは?」

「矢の補充と松明があればいい。飛んでくるもんは任せた」

「了解~」


用意された松明を、助走をつけて思い切り投げつけた。

パンッと音がして海賊船の帆に当たり、火がついたままの松明は甲板に落ちる。

何かが破裂した音がして海賊船から野太い悲鳴が上がった。

それが合図だったのか、攻撃が始まった。

矢の雨、石や槍が降ってくる。

二投めの松明を掲げているリンは特に的となった。

ひょいっと避けたり薙ぎ祓ったりと当たることはなかったが、近くにいた護衛乗組員に流れ矢が当たり、怪我を負った。


「大丈夫か!?」

「あぁ、大事ない」


強い風が吹き、遂に海賊船との距離が縮まった。

縄がついたかぎ爪の様なものが引っかかり、帆に穴が開く。

次々と飛んでくる縄を使って海賊たちが乗り込んできた。


「弓使いはどこだ!? ぶっ殺してやる!!」

「舐めたまねしてくれたんだ! 細切れにしてやる!」

「殺せ、殺せぇ!!」


乗船してきた海賊たちが吠える。

探すのは仲間を射ったリンだ。


「あーあ。来ちゃったかぁ」


リャンは長刀を担ぎ、ため息を吐いた。

縄を何本か切っていたが、数が多すぎたようだ。


「どうする?」

「下の出入り口をあいつらに固めてもらって、俺とスエンで雑魚散らしていくから」

「俺は向こうに乗り込んで……」

「やめとけバカ! 引き続き向こうの数減らしとけ」

「わかった」

「おい!? リンは狙われてンだぞ!」

「問題ない。あっちが諦めてくれるまで粘るさ」


厄介な体になったが、身体能力が向上したおかげで疲れの底はまだ先。

眠りも僅かで事足りるくらいだ。


「リンは俺の近くにいろ。俺が……」

「気持ちは嬉しいが、危ないから離れてろよ」


リンの周辺は得物が多く飛んでくる。

それらを交わしつつ敵を迎え撃つのは難易度が高い。

スエンは微妙な顔になったが、頷くしかなかった。


「死ねやぁーー!」

「本気で殺しにくるのは、魔も悪党も一緒だな」


海賊が振り回す刀は、刃の幅が広く厚い。

勢いがついた刃が当たると腕一本くらい軽く斬れそうだ。


「見えてる分、交わすのは簡単だ」

「この野郎っ!」


振り下ろされる刃を横に反転して交わし、突っ込んでくる海賊の背中を蹴り押した。

勢いのままに、海賊は船から転落する。

落ちた海賊を見送る間もなく、背後に迫った新たな賊の眉間に矢を打ち込む。

近距離で射られた海賊はうしろに倒れた。

僅かに息のある海賊の足を潰して、手から刀を奪うと、スエンをうしろから斬りつけようとしていた男に向かって投げた。

勢いで首が飛んだが気にしている暇はない。


「調子に乗ってんじゃねぞぉーー!」


今度は正面から激情を露にした海賊が銛らしき棒を振りかぶって向かってきた。

先が尖っているので軽く投げただけでも怪我をしてしまう。


「ぅおらあっ!」

「ち……っ」


一歩踏み込んで相手の懐に入り、下から銛を持つ腕を切り落とした。


「ぎゃあああーー!!」

「引くか死ぬか、選べ」

「てめえが死ねやっ!」


海賊より先に、愛刀で胸部を貫いた。

ゴフリと血の塊を吐いて崩れ落ちた。

血を祓って鞘に収めた。


「火だ! 火をつけろっ!」

「荷を奪え!」


海賊たちはリンたちを無視して船内の出入り口へ向かっていった。

商人が雇った護衛が三人で守っている。

なんとか応戦しているが三人とも腰が引けている。

腕に覚えがあっても、人を斬った実績がないのだろう。

目の当たりにする光景に恐怖が勝ってしまっている。

船端を守っていた護衛が挟み撃ちで討たれた。


「リャン!」

「応!」


呼応したリャンは、ダッと大人数に襲われている出入り口に向かっていった。

両手に奪った剣を握り、大立ち回りで敵を薙ぎ倒していく。

純粋な技量では、リャンはリンより上。

ただの暴力を駆使している輩が束になったところで、リャン一人で十分だ。

ものの一息でリャンの周りに血溜まりが出来た。

大怪我でしばらく鍛錬が出来ずにいたが、腕は衰えていなかったらしい。

こちらの船上はリャンに任せ、海賊船に残っている船員を矢で落としていく。


「撤退だっ!」

「くそぉ!」


なかなか落ちないことに焦れた海賊はバタバタと引いていく。

何人か取り残されてしまい、一人は決死の形相でスエンへ向かっていったが、あっさり倒されると、残りはたじろいで海に身を投げた。

甲板に残ったのは、たくさんの海賊と一人の仲間の死体。

咽せるほど濃い血の匂いに混じって微かな潮の匂いが鼻に届く。

遠ざかる大船を呆然と眺めた。


「はあーーーー……お疲れぇ」


リャンが大きく伸びをしながら脱力するような声を上げた。


「あぁ。なんとかなったな」

「…………すごかったな」


気が抜けたような顔をしたスエンが呟いた。

それにリンが頷く。


「本当に襲われるとは思わなかった」

「いや。お前らが。俺たちは動けなかった」

「師匠の教えのおかげだな」


武術の師であるルオウから教わったのは、生き残るための術。

勝つのはその過程でしかない。

体の動かし方、武器の使い方、受け身の取り方、立ち回り方、敵の動きの予測方法。

絶望的だった戦場から生きて帰ったルオウが、クロウを守る為にリンたちに教え込ませた戦い方のおかげだ。


「邑に行くのがますます楽しみになったぞ」

「あんた変わってんな」


いつの間にか霧は消え、頭上に出ていた太陽の光が燦々とリンたちを照らしていた。

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