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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
リン 5
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リン 十九 ー 19 ー

店に戻ると案の定、客たちはリンの話で盛り上がっていた。

しかも話に尾鰭どころか腹鰭までついている。素手で百人倒した覚えはない。

あの日リンは出前に行っただけなのに、どこで聞きつけたのか、商人の情報網は恐ろしい。

酔っ払いたちに絡まれながら出前の注文をし、料理ができるまで給餌仕事で時間を潰した。


「リン~、百人倒したから金銀財宝、褒美がもらえるんだってぇ~?」

「俺は神官様の嫁になるって聞いたぞ?」

「うっせーよ、酔っ払い共」


今は仕事を終えた商人たちが集う時間帯。

時に他所に流せない話まで店ですることもある。弁えた大人ばかりなので、本当に不味い話を漏らすことはない。

なので彼らが言っているのは冗談だとわかる。

ため息を吐きながら、次々消費されていく酒を注いでいく。


「リン。飯できたぞ!」


適当に客を捌いていたら厨房から主人の声が飛んできた。

出前桶に出来上がったばかりの料理を詰めていく。今日も美味そうだ。味を想像するだけで涎が出る。


「お~? なんだなんだ。もういっちまうのかよぉ」

「腹を減らしたヤツが待ってるからな」

「男か! こんな夜に逢引とは隅におけねぇじゃねーか」

「大将と女将にちゃんと紹介してあんのかい? 身元引き受け人なんだからよ」

「万が一結婚ってなったらこの店からいなくなっちまうのかねぇ」

「リンもいい歳だしな」

「そんなんじゃねーって」


あり得ない話に苦笑する。

夜に出かけるだけで飛躍しすぎだ。


「待ってるのはあれか、役人の兄ちゃんだろ」

「そうだけど」


本当はリャンとスエンの二人だが、客たちがリャンとリンの関係を知らないので黙っておく。

すると、客たちはヒューっと冷やかしの声を上げた。


「やっと役人の兄ちゃんの求婚を受けたのか」

「こりゃ祝い酒だ」


がははと笑い、客たちは一層盛り上がった。

カツンカツンと木碗をぶつけ合い、次々と追加の注文を始める。


「なんだそりゃ。そんなことあるわけねーだろ」

「兄ちゃんと逢引なんだろ?」

「あいつとはただの友人。お互い変な感情なんてねーっての」


桶を掴んで店を出た。

これ以上足止めされると料理が冷めるし、遅い、と叱責が飛びそうだ。

一瞬見えた、客たちの哀れんだ目が気になるが、料理を運ぶことを優先する。


「……頑張れよ、兄ちゃん」

「この娘は難敵すぎるぜ」




酒場から診療所まで目と鼻の先。区画一つ分しか離れていない。

日が落ちても町は人で溢れて賑やかだ。店を灯す明かりで昼間のような明るさがある。

魔の脅威がない港町は、夜に女子供が出歩く姿がある。

商店の喧噪を聞きながら早足で診療所へ向かう。

老師はすでに就寝しており、診療所で明るいのはリャンがいる病室のみ。


「ただいま」


音を立てないように入室する。

男たちは話をぴたりと止め、リンを見た。


「おかえりぃ~」

「良い匂いだな」


二人とも機嫌が良さそうに見える。短い間で意気投合したのだろう。

スエンがリンの手から出前桶を受けとると、さっさと皿を取り出した。桶に溜まっていた湯気がもわりと一気に解放される。


「今日も美味そうだ」

「さっき食っただろう」


皿山盛りに盛られた炒飯と素揚げの魚の餡掛け。箸と取り皿はきちんと三人分。

誰かの喉がごくりと鳴る。

匂いに刺激され、三人は無言で食べ始めた。

油を纏った米はパラパラで見た目よりくどくない。魚は白身で、淡白な身に濃いめ餡がよく合う。脂が乗っているので半身でも満足だ。


「うっまあ! お前らこんな美味いもん毎日食ってんのかよ」

「だろぉ? 大将の飯は何食っても絶品なんだぜ」

「何でも美味いけど、焼豚が好きだ。毎日食える」

「この炒飯にも入ってるぞ」

「おかわり~」

「待て! 俺も食う!」


奪うように皿から炒飯が消えていく。

魚もあっという間に餡まで奇麗に平らげた。


「満腹なのにもっと食べたい」

「わかる」


リャンとスエンは頷き合った。とても満足そうな顔をしている。

リャンなど横になったらそのまま寝てしまいそうだ。


「随分仲良くなったな」

「そうだ。リン! 何故言わねぇ!?」

「な、なにが?」


スエンがくわっとリンに吠える。

あまりの迫力に引いた。

あと、危ないから皿と箸は置いて欲しい。


「お前の師が『猛将』と聞いたぞ!?」

「あぁ~」

「その剣は神殿御用達の中でも幻のロ氏の手による物らしいじゃねぇか!」

「そういえば……」

「俺が憧れてんのを知ってんのに黙ってるとはどういうこった!!」

「スエン、声でかい」

「すまん」


釘を刺されて少しだけ勢いが削がれた。

あまり騒ぐと老師にまた出入り禁止にされてしまう。

リンだけに詰め寄るところを見ると、リャンは本当のことを言っていないらしい。にやにやした顔で観察している。


「師匠に憧れてるっていうなら、俺よりあっちだろ」

「リャンか。兄弟子ってンなら当然同じ師だな」

「そうなんだけど。あいつの叔父が『猛将』。この鞘作った名匠が、あいつの曾祖父ひいじいさん、ってことなんだけど」

「ーーーー………………は?」

「リャンの家名、ロだぞ」

「聞いてねぇぞっ!」


目を剥いて驚くスエンを、リャンは指を指して笑っている。

楽しそうなので、もう話の続きはしなくていいかと思った。




空になった皿は重ねて桶に戻してある。

一緒に入っていた白湯を碗に注いでそれぞれに配った。すでに冷めていて、ほんの少しの温もりを舌で感じる。

味の濃い夜食を流すにはちょうどよかった。

二人が落ち着いたところで、座り直して話の続きを始める。

スエンはもういいのか、座らず、壁に凭れて腕を組んでいる。意識はリンたちに向いているので、聞く気はあるらしい。

リャンがリンの前に指を二つ立てる。


「俺が聞きたいことは二つだ」


リャンの切り出しにリンは一つ頷く。

予想はつく。


「あの日、何があったのか。魔憑きが何故二年も意識を保っていられるか、だ」

「あの日のことはこないだも話した」

「まだ言ってないことがあんだろ」

「あれがすべてだ。魔に連れ去られたジュジュを追って森に入った。そこで魔に……ま、に……?」

「リー?」


頭が真っ白になる。

見たこと、体験したことが浮かんでは消えて、映像がつながらない。


「魔に足を取られたんだ。そして……気付いたら海に放り出されてた」

「崖からか。それは俺と同じだな」


気付いたら魔がリンの内に巣食っていた。

それはいつかと訊かれたら、いつの間にか、としか答えようがない。

引き摺り込まれてから海に落とされるまでの記憶が曖昧だ。


「リャンも?」

「クロウ様の護衛で森に入ったんだ。途中で真っ黒な木に襲われてこの有様」


見せ付けるように腕の包帯をちらつかせる。

それより、聞き捨てならない言葉に立ち上がった。


「クロウが森に!?」

「お前を捜索するって聞かないから。師匠もいたし、無事撤退できてると思う」

「思う!? クロウに何かあったらどうするつもりだっ!」


リンはリャンの胸倉を掴んで引き寄せた。

邑の要であるクロウの身に何かあれば、邑全体が魔に脅かされる。

何故全力で止めなかったのかと責めたい気持ちでいっぱいだった。


「おい、リン。リャンから手を……」


見かねたスエンが止めに入るが、今度はリャンがリンの胸倉を乱暴に掴んだ。


「お前が……お前が素直に帰って来ていればこんなことにならなかった! 逃げてのうのうと暮らしてたくせに。死んだことにしろ? ふざけんな!」

「帰れるわけねぇだろっ! 毎晩毎晩、俺の中にいる魔がクロウを殺せって、ずっと…………」


夜になる度、魔が囁く。

ーー白い神官が邪魔だ

ーー白い神官が憎い

ーー白い神官は敵だ

ーー白い神官を殺せ

ーー白い神官を殺せ

ーー白い神官を殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

耳を塞いでも聞こえる声に、気が狂いそうになった。

クロウがくれた剣を抱きしめて目を瞑ると、発作が引くように魔の気配が遠くなった。

クロウが守ってくれていると思えたから必至で抗った。

魔は怖い。

けれど何より恐れているのは、自分の手でクロウに刃を向けること。


「俺だって、帰りたいよ……」


帰ったら、クロウを目の前にしたらーー

リンの中の魔がクロウを殺してしまう。

想像したくない程、恐ろしい。


「帰ればいいじゃん」


ゆるりと顔を上げる。

リャンの顔が近くに見えた、と思った瞬間、額に衝撃がきた。

頭突きされた。


「ほんと、クロウ様のことになると融通利かないなぁ」

「痛ってぇ……なにす……」

「魔ならクロウ様に祓ってもらえばいいじゃん。二年も正気保ってんなら、あと一年くらい大丈夫っしょ」

「でも……」

「でもじゃない。ぐじぐじ悩むな。らしくねーぞ」


リャンの手が乱暴にリンの髪をぐしゃぐしゃとかき回す。

優しさの欠片もない雑な扱いは子供の頃から変わっていない。

クロウとリャンと三人で駆け回り、ルオウに叱られた子供時代が懐かしい。

郷愁で胸が痛んだ。


「…………帰りたい」

「うん」

「クロウの所に、帰りたい」

「やっと言ったな。帰るぞ、俺たちの邑に」


かき回した所為で鳥の巣のようにぐしゃぐしゃなリンの頭からリャンの手が離れる。

拍子に、リンの頬に滴が一筋、流れた。

2020年最後の更新です。

拝読ありがとうございました。

良いお年を!

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