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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
リン 4
37/123

スエン 二十六 ー 2 ー

※リメイク済み

「蹴り倒す奴がいるかーーっ!!」


舞台袖に戻ったリンに待っていたのはスエンの怒号だった。

赤くなったり青くなったりと忙しい。


「だいたい剣の演技じゃないだろ、あれは!」

「えー、だって試合だろ? あんなぬるいことやって戦で勝てるかよ」

「剣を投げる。飛び蹴りを喰らわす。ありえねぇ……」

「敵の隙を作るのは基本だろ」

「なんでそんな極端な方法に……」

「師匠の教えなんだけど」

「……神官の御前でなんてことしてくれてンだ」

「しんかんーーーー?」


リンの顔から色が消えた。

吐いた声も弱々しい。

スエンはどうしたのかと顔を覗き込む。

神官がいる観覧席を見ている目が動揺で揺れている。

神官が観ていることを知らなかったようだ。

神官の姿を見ることは、役人であるスエンでさえも年に数回あるかないか。

普段は神殿の奥に住まい、炎でのみ市井と触れ合う。

だから、神官を直接見ることは平民にとって神拝のようなもの。

是が非でも目に留めておきたいと思うのが普通だ。

しかし、リンの様子からそれは感じられない。

触れてはいけない禁忌のようだった。


「なあ。ここの神官って……」

「ご苦労様でした」


リンがおそるおそる開いた口を遮るように、カオが声を掛けて来た。

澄ました顔を見た途端、スエンの怒りが沸点に達した。


「カオっ。おまえ、なんでこいつを……っ!」


スエンはカオの胸ぐらを掴んで睨みつけた。

カオにこのような乱暴をすることは初めてだ。

鼻持ちならない家名持ちでも、良識を弁えた良い奴だと知っている。

だが、やって良いことと悪いことがある。

リンがこの場にいることは、ましてや試合に出ることはおかしい。

理由があったとしても、許して良い訳がなかった。

自分のことではないのに熱がこもってしまう。怒りが抑えられなかった。

掴まれた方の顔は涼しい。

鬱陶しいものを払うかのようにスエンの手を退け、リンと向き合った。

カオの冷めた目につい警戒の色が滲み出る。


「もう一戦出てもらいますよ」

「おい! だからなんで……」

「上からの命令だ」

「……拒否、はできなさそうだな」


リンは苦い顔で頷いた。

組織の上部から言われたらスエンは黙るしかない。

だからといって納得できることではないが。


リンの試合の後、何組か対戦があり、剣技の部が終わった。次は戟の部。

初戦の舞台にリンは上がることになった。

その頃には、リンが軍の者ではないと周囲に知られていた。

スエンと共に端に控えていたが、何人もその正体を見にやってくる。

兜を目深に被り口元くらいしか晒していなかったので女とばれることはなかった。

元々、背が高く肉がつきにくい体だったので一見では細身の男と変わらぬように見えるだろう。

下世話な所、十九にもなってこの体では今後の見込みはないかもしれない。

ともあれ、腕の立つ男の町民が参加していると認識された。

稀にいるのだ。大した試験もなく腕っ節のみで傭兵に取り立てられる輩が。

自前の剣を持っていたのだから剣の扱いには慣れていると予想がついていた。

次の武器が戟と知ると、武器に慣れる為に裏で少し振っていた。

間合いを確かめるためにスエンも少し付き合った。

少し振っただけですぐに間合いを掴んでスエンの調子に合わせてきた。

戟の扱いも慣れているようだった。


「なんで女が長物扱い慣れてんだ」

「師匠の得意な武器だったから」

「……お前の師匠は何者だよ」

「さあ?」


純粋な興味から訊いたがはぐらかされた。

身元につながる質問は相変わらず答えない。


「店番があるんだろ。早く終わらせてこい」

「……そうだった」


昼はとっくに過ぎ、陽は中天から西に傾き始めている。

リンは出前、店の仕事で役場に来たのだ。

御前試合をする為ではない。

こちらの都合で引き止めてしまっているのだから、早く帰さなければならない。

叱られるだけなら良いが、次回の来店で大盛りにしてもらえなかったら一大事だ。


「対戦相手は、スエンがいけ」

「はぁ?」

「神官の御前だ。早くしろ」


抗議をしても無駄だと悟り、覚悟を決めて演習場へ向かう。

舞台に上がったら、戟を握ってリンと斬り合う。

リンは女だ。

スエンにとって女は弱くて守らなければいけない対象。

リンと出会って女の像はかなり崩れたが、根っこは変わっていない。

長年教育された刷り込みを二日三日で直せるはずもない。

守るべき対象リンと戦うのは矛盾ではないかと考えてしまう。


「おい。手加減するなよ?」

「…………」


望まれても無理だ。

リンが戦えることは知っている。

けれど女というだけで、その思考は閉ざされてしまう。

本気で戦えるわけがない。

リンはスエンの質を知っているからこその申し入れだ。

挑発されても遠慮が勝つ。


「ったく。なら、なんか賭けようぜ」

「賭け?」

「勝ったら相手の言うことを聞く、とかどうだ?」

「何でもか?」

「あんたが知りたいことでも、何でも答えてやるよ」

「……いいだろう。受けて立つ」

「よしっ」


背中を押されて舞台に上がった。

戟の柄を握り、リンと向かい合う。

リンが舞台に上がると、周囲からどよめきが起きた。

剣技の部で破天荒な戦い方をしたのだから無理もない。

模擬戦で使用する戟は刃がついていない。

戟の技の大半は突き。

怪我を配慮して先に衝撃緩和の布をつけた少し重いただの棒だ。


「開始っ!」


審判役の声を合図に、互いに構えた。

双方同じ、腰位置の右手持ち。

この構えから繰り出されるのは正面か左側面への突きからの払い。

同じ体勢なら棒先を交え、間合いを取るため弾く。

次の手を読み合い攻撃の隙を作ろうとするが、隙が見当たらない。

リンの棒先が内側に僅かずれる。

右側に打ち込む隙ができるがおそらく罠。

焦って間合いを詰めればスエンが突かれる。

誘導に乗ることなく、構えたまま右に移動するとリンがムッとした顔になった。

やはり罠だったようだ。


「スエンっ! 突け突け!」

「日が暮れちまうぞ!」


外野から野次が飛ぶ。

開始の合図から殆ど動いていないのだ。

見ている方も焦れるだろう。

対面してみろ、と言いたくなった。

攻撃の糸口がないのだ、動きようがない。

女ということを抜いても、リン以上にやりにくい相手に出会ったことがなかった。

勝てない相手と戦ったことはある。それでも必死に食らいついての敗北だった。

勝てる勝てないではない。未知の敵と戦っている気分なのだ。


「破っ!」

「!?」


突然、リンが間を詰めて棒を正面から突き出してきた。

棒先は顔を狙っている。

反射的に避け、伸びてくる長物を手持ちの棒で横にいなした。


「おまっ!」


一瞬、目の端にリンが映った。

低い体勢で、スエンとの距離は僅か二歩分。


「ぐっ!」


理解するより先に横っ腹に衝撃がきた。

片足を軸にした回し蹴り。

勢いがある分重い。絶対痣になるやつだ。


「だから、蹴るなっつってんだ、ろっ!」

「おっと」


痛みをこらえて体勢が整っていないリン向けて棒を横払いした。

狙った上半身を器用に反って避け、再び間合いを取った。


「今度はこっちから行くぞ」


言うと同時に棒を突き出す。

次々と繰り出す突き技に、リンは自身の棒で受け、急所からずらしていく。

両手で握った棒の中心を外すことなくスエンの攻撃を止めていた。


「結構重いな」

「自分が馬鹿力の自覚があるのか」

「自信はある」


体格差からみてもスエンの方が腕力がある。

リンは細い。けれど、押し負けることはなかった。

力の逃がし方が巧い。


「師匠や兄貴たちのが強い」

「こんにゃろっ!」


挑発されたスエンは大きく振りかぶって突きを出した。

リンはすっと目を細め、重心を低くした。

スエンの突き技を絡めとり、スエンの間合いの内側に身体を滑り込ませる。

蹴られる、と反射的に逃げた。

重心が腰から上、上半身にあったと思う。

足が浮いた。

視界にリンはいない。

視線をずらすとリンは低い姿勢を取って足を伸ばしていた。

足払いされたのだとわかった。

視界いっぱいの空がひっくり返ったのだと教えてくる。

遅れて背中に衝撃がきた。


「ほい。俺の勝ち」


肩にポンと軽く棒が当てられる。

リンが陽を背にしてにっこり笑った。

眩しくて目が開けられない。

心臓が煩いのは激しい運動をしただけだろうか。

スエンは白旗を揚げるしかなかった。


「これは……勝てない」

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