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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
リン 4
28/123

リン 十九 ー 10 ー

※リメイク済み

町には神殿の役人が屯ろする詰所がある。

詰所は役場と呼ばれ、神殿のない大きな町には必ず設置されている、いわば仮神殿のような施設だ。

神殿と大きく違うところは、神官がいるかいないか。

他は規模の差はあれど、行われている業務は同じ。

役場にはいくつか部署が分かれており、部署によって大きく役割が違っている。

神官の炎を管理する部署、関税に関わる部署、町のいざこざを取り締まる部署など様々。

役人にも階級があり、家名を持つ特権階級出身者と平民出身者では待遇の差が大きく開いている。

平民出身者の方が多いにも拘らず、要職に就くのは家名持ちばかり。

その差に不満を抱いている役人も多い。


夜でも町は明るい。

港近くに並ぶ店々は早朝から戸が開き、日が沈む前に店仕舞いをする。

店の戸が閉まっても提灯の火は落とされることはない。

人通りが少なくなった大通りの篝火も煌々と燃えている。

港も同じ。

外からの出入りがある港は普通の火のほか、神官の炎が置かれている。

都から遠い港町は、船で三日、馬を走らせて五日かかる町に住む地方神官から炎を譲り受けている。

炎はそれぞれの門と港に設置され、魔の侵入を防ぐ。

魔の出没が少ない港町では少ない炎でも安全だと思われていた。

しかし、町の真ん中に魔憑きが現れた。

魔憑きは特定の個人を執拗に追いかけ、襲い掛かった。

魔に関することは神殿が対処することとなっている。

魔憑きが出たと通報を受け、役場に待機していた荒事担当の役人たちが出動した。

先頭を走っていた役人たちが見たものは、剣を構えて魔憑きと対峙していた女性だった。




魔憑きに襲われたリンは、役場の一室で役人と対面していた。

不機嫌を隠そうともせず、眉根をきつく寄せている。

被害者であるのに罪人のような取り調べを受けている所為だ。

魔憑きになった男は知り合いではない。恨みを買った覚えもない。何も知らない。

これがすべての答えだというのに役人たちは納得せず、正直に答えろと声を荒げる。

不機嫌になるのも当然だ。

役人たちが疑うのは無理もない。

腕っ節に自信がある海の男ならいざ知らず、客商売をしている女性が一人で魔憑きに立ち向かい、退治してしまった。

それも、目の前の役人に最前線で見られている。

誤摩化すにも限度がある。

実際、リンは幼少からがっつり訓練を受けていたし、使い慣れた自前の剣を所持している。

クロウたちと共に魔憑きを何体も屠ってきた。

魔憑きは見つけ次第即討伐、とされているが、町で普通に暮らしていてなかなか遭遇するものではない。

それ故、怖がって逃げるのが普通の反応。

動物の魔憑きでも恐れるものなのだが、町に現れた魔憑きは人間。

兵役経験のない普通の人は殺人を忌避し、誤っても心を病む。

リンは一切の躊躇もなく斬った。

そこが怪しまれる要素なのだが。

魔憑きに慣れすぎて、魔憑きへの恐怖がリンには欠けていた。

今では普通の町娘として暮らしているが、港町に来る前は男装して剣を振り回していた。

躊躇いは命取りだと知っている。


「知り合いでもない男がいきなり襲って執拗に追いかける、ってのは現実的じゃねぇな。店の客だったんじゃねぇのか!?」

「違うっつってんだろ。娼館じゃなくて、宿屋で寝てたとこ襲われたんだって。何度言ったら理解できるんだよ」

「女が汚い言葉遣うんじゃない!」


リンを取り調べている役人はちょいちょいリンの言葉遣いを嗜める。

娼館で騒ぎが起きた時にも駆けつけた役人だ。

スエンと呼ばれていた若い男。

部屋にはもう一人、スエンと同い年くらいの男も同席している。

こちらは壁に凭れてリンを観察していた。

特に口は挟まず、じっと見ているかため息を吐くかのどちらか。

リンに聴取しているのはスエンのみなのだが、どうにも言い争いになってしまう。

やれ女らしくしろ、淑やかさがない、などの娼館の時にもされた注意に、正直うんざりしている。


「娼館でとった客の逆恨みじゃないのか?」

「俺は娼婦じゃないっての」

「娼館にいたじゃねぇか」

「あれは、偶々……」

「娼婦のように着飾ってたと記憶してンぞ」

「だから偶々……」

「んで、宿でとった部屋にいたのも偶々か」

「俺は宿屋に住み込みしてんだよ。襲われたのは偶々だけど」

「偶々偶々……まともな言い訳できねぇのかよ。てか、俺って言うな!」

「本当に偶々なんだって!」


同じ話を延々と繰り返している。

正確なことをいうと、リンは魔憑きの正体であった男の身元に気づいている。

邑の特産物である染め物を纏い、男のリンを知っている。

邑の北区に住んでいたルオウの親戚だ。

子供の頃、リーたちを嵌めようとしたことがあり、リオンや幹部たちの心証が頗る良くない。

男の言動や持ち物から想像できる程度で、絶対の証拠がない。

魔憑きとなった男と共に、荷は全部燃やされた。魔を恐れた役人たちがやった。

確証も理由も説明できないので「偶々」で片付けることしかできないのだ。


「カオ、少しいいか?」


突如、中年の男が顔を出した。

魔憑きの現場でスエンにリンを連行するように命じた男だった。

カオと呼ばれたもう一人の役人がリンを一瞥し、無言で頷く。

ぼそぼそと小声でやり取りをしたかと思うと、中年の男は鋭い眼光でリンを睨み、カオをつれて詰所の奥へ消えた。

男の目は不快ではあるが殺意や敵意はないと判断できた。

部屋にはリンとスエンの二人となる。

スエンは大きく息を吐き、椅子の背に凭れた。随分力が抜けたように見える。

ちろりとリンの剣を見た。


「その剣、どこで手に入れた?」

「……自前だけど」

「んじゃあ、その剣、寄越せ」

「はあ? なんで」

「女が武器なんて持つんじゃねぇ。そもそも、町娘に武器なんて必要ないだろ。預かってやる」

「嫌だ」


伸びてきた手から身を捻って剣を守る。

クロウから贈られた大事な剣だ。手放すわけがない。


「さっきから女が女がって、差別するな」

「女は黙って男に守られてりゃいいんだよ」

「あんた、女をなんだと思ってんだ?」

「女は小さくて弱くて柔くて、大事に扱わねぇと折れちまう。だから守ってやらないといけねぇって言われてきたんだ、こっちは」

「へぇー……」


拳を握り熱く語るスエンにリンはつい半目になった。

リンが知っている女とかなり違う。

確かに男に比べれば上背はないし筋肉がつきにくく力も弱い。

しかし、精神的な強さは女性のが上だと思っている。

食堂の主人夫婦の場合、大将が女将に口で勝っているところを見たことがない。尻に敷かれ気味だ。

また、娼館の姐さんたちも強かに客を翻弄している。

そんなことから、リンの印象では女性のが強い。

スエンが夢を見たいなら浸っていればいいかと、これに関しては無視することに決めた。

けれどその思い込みで剣を取り上げられるというなら全力で争う。


「剣があったおかげで殺されずに済んだんだ。身を守る為に必要だろう」

「剣を振り回す前に俺たち役人を呼べと言ってるんだ」

「……討伐したのは俺なのに」

「可愛げないなっ!」


討伐に可愛げは不要。必要なのは度胸と確かな腕。

可愛げで守れる命などない。

クロウの為に鍛錬して、クロウの為に強くなった。

クロウと共に磨いた腕を無用になどしたくない。

たとえ、腕を振るうことができなくなっても剣は手放せない。

変わりになるもの等ない。

剣を失えばリンは自分を保てなくなる。

クロウと繋がっている絆の証なのだから。


「そもそも港の見張り番でもない民間人が佩剣するのはよろしくねぇ。こっちで管理してやるから、ほら、寄越すんだ」

「だから嫌だって言ってるだろう」

「こっちは親切で言ってやってんだぞ」

「いらない!」

「あぁー! もうっ!」


スエンは苛立ちを隠さず髪を掻き毟り、リンとの距離を詰めた。

無理やり奪われると身を固くしたリンの耳元に口元を寄せる。


「その剣、光ってただろ。上の奴らに目をつけられるぞ」


リンにだけ聞こえる声量で囁いた。

上の奴ら、というと、リンの連行を命じたスエンの上司や役職者たちだろう。

役人は神殿の所属。

地方に勤めていても元を辿れば都側の人間だ。

神官がリンの剣を見れば、クロウの関連を見抜くかもしれない。

リンの顔から血の気が失せる。


リンの剣はクロウの血を混ぜて作られた。

わずかにクロウの力が宿り、炎は出ないが魔に反応して白炎に似た効果を発揮する。

薄墨の刀身が仄かに白く光り、斬った魔憑きの断片から魔を滅する。

リンだけに使用が許された特別な剣だった。

大陸中を探しても二本とない一点もの。


もし他者に知られたら、無理やり取り上げられるか、殺されて奪われるか、使用者として飼い殺されるか。

どれも断固としてお断りだ。

クロウからもらった物はもう剣しか手元に残っていない。

どんな理由があろうと渡すわけにはいかなかった。

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