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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
クロウ 3
24/123

クロウ 十九 ー 6 ー

※リメイク済み

暗い、光が一切届かない森の奥。

導かれたように辿り着いた黒い石。

石を癒すように、そこだけ空からの木漏れ日が届いていた。

穏やかな空間でありながら、黒い石の存在が不気味だった。


陰湿な魔の森の奥で異様な光景だった。

中央に位置している黒い石はおそらく自然のものではない。

形も材質も、見ただけで人の手が加わっているものとわかる。


「見てるだけで嫌な感じがします」

「調べてみよう」


クロウは隙間を広げるため朱炎を木に近づけた。

魔に侵された木は神官の炎に触れて燃える。はずだった。

茂みの横から真っ黒な葉がクロウたちめがけて襲いかかる。


「避けろっ!」


逸早く気配を読んだルオウの合図でその場から飛んで避けた。

クロウがいた足元に葉が刺さっている。

葉の硬度は土を抉って刺さることはない。

黒は魔に侵食された証の色。

魔が意思を持ってクロウを攻撃したのだった。


「これ以上進ませてもらえないようだ」


わさわさと枝葉が揺れ、クロウの周囲をじわじわを追い込んでいく。

その様子は茂みの奥を守っているようにも見えた。


「あれが魔の森の最深部というわけか」

「また来ます!」


今度は黒く太い枝がしなってクロウがいた地面を打つ。

避けられているがギリギリ。耳元でビュオ、ビュオと風を切っていた。

正面からだけでなく四方からも容赦なく襲ってくる。


「ちっ、邪魔をするな!」


クロウが白い炎で応戦する。

燃やされた枝は灰になって消えた。

白炎は魔を浄化し無害になるはずだが、黒いまま燃えてしまった。

つまり、黒い木々は魔そのものになってしまっていたのだろう。


「クロウ様、ここは危険すぎます。戻りましょう!」

「わかっている。撤退するぞ!」

「もう遅いみたいですよぉ……」


調子を崩した兵士たちを見ていたリャンがクロウの近くに来ていた。

リャンの弱々しい言葉に振り返ると、苦しんでいた兵士たちの異変を目にした。

一人は黒い蔓に全身捕われ、一人は真っ黒に膨れ上がった四肢で獣のような構えをし、一人は付き添っていた若い兵士の首を掴んでいた。

三人とも魔に侵されていた。


「ルオウは奥を。リャンは俺の援護を」

「御意っ!」


魔憑きの対峙は一度や二度ではない。

詳細な打合わせをせずとも何をすべきか心得ている。

クロウは両手足で突進してくる魔憑き兵に向かって朱炎を投げた。

兵士は炎を避け、地面を蹴って木に飛び移る。兵士の姿が茂みで隠れてしまった。

周囲の葉が一斉に揺れた。

さわさわと騒ぐ葉の擦れた音が笑い声にも聴こえる。

視覚と聴覚からの位置取りを遮られる。

クロウとリャンは背合わせになり神経を研ぎすませる。

わずかな異音を聴き破り、同時に動いた。


「燃えろ」

「ずぇりゃあ!」


クロウは茂みに向かって白炎を生み出す。

白い炎に包まれた兵士の体は地面に落ち、起き上がる前にリャンが首を落とした。

神官の炎は人体に影響を与えない。

仲間だったものは白炎を受けて苦しみ、痙攣していた。

人としての意識もなく肉体が変貌する程の侵食は、もう人には戻れない。

炎は肉体を焼き、やがて灰だけが残った。


ルオウの方は木の蔓に絡めとられていた兵士を救出していた。

蔓が養分を吸い取っているのか、兵士はみるみる干涸びていく。

こちらも魔に食われすぎて手遅れだった。

放置すると魔に肉体を乗っ取られ魔憑きになってしまうので松明の炎で燃やす。

絡んでいた蔓と一緒に灰となった。

残るは一人。


「ぎゃああああっ!」


魔憑きが顔を押さえて踞った。

彼に首を絞められていた若い兵士が、松明で顔を焼いたのだった。

焼かれた顔は、半分どろりと溶けている。

隙をついて若い兵士はクロウの近くまで退避した。


「無事か!?」

「なん、とか……」


喉を強く押さえ込まれていた所為で盛大に咽せているが、他に外傷はない様子。

ほっとしたのも束の間、わずかにクロウの体が傾いた。


「クロウ様!?」

「……問題ない」


目敏くリャンに見られ体勢を戻した。

炎の使い過ぎによる目眩だ。

白炎は朱炎に比べて負担が大きい。白炎を短時間で出しすぎた。

だからといって、使わないわけにはいかない。

クロウの我が侭が招いた事態。

神官と呼ばれ、魔から邑を守る役目について、邑の住人の命を預かっている責任がある。


「神官神官神官神官憎い憎い憎い憎い憎い、うぅっ……クロ、さま逃げ……」


踞る魔憑きにはまだ僅かに人としての意識がある。

けれど四肢は黒く、魔の侵食が進んでいる。

黒い皮膚は血管が浮き出て醜く変形していた。

完全に魔に侵されるのも時間の問題。

爛々と血走る目から大粒の涙が零れ、大きく突き出した牙が生えた口が苦しいと訴えている。


「ルオウ、リャン。引きつけてくれ」

「いけません! これ以上はクロウ様の御体が」

「……頼む、師匠」


クロウは深く頭を下げる。

邑で一番の腕と武功を誇る武人であり、信頼する師と兄だから。

クロウから始めた責任を助けてほしいと願う。


「しょうがないなぁ。帰ったら花茶分けて下さいね」

「リャン!」

「俺たちの神官様が頭下げてンすよ。聞かないわけにはいかないっしょ」


リャンは笠を脱ぎ捨て、魔憑きに向かって行った。

仕方ないとルオウも立ち上がって剣を構えた。


「馬鹿者が。クロウ様、一つお願いがあります」

「なんだ」

「炎はあと一度きりと約束して下さい」

「……わかった」

「では……参るっ!」


掛け声と共にルオウは走り出した。

リャンと魔憑きの間に入り剣撃を繰り出す。

魔憑きも地面を蹴って鎌のように変形した腕を振るった。

剣豪二人による剣捌きに、魔憑きの動きが制限されていった。

獣のように鋭く伸びた牙が二人の喉元の狙う。だが、難なくいなされる。

息の合った剣技に魔憑きが翻弄されていた。

しかし、魔憑きは尚も抵抗し、暴れ回る。

クロウは魔憑きを囲うように朱炎を出した。

ユラユラ揺れる炎の輪はだんだんと縮まり、魔憑きの動きを拘束した。

朱炎は魔に反応して大きく燃え上がる。

炎は魔憑きに吸い付き、全身を包み勢いを増す。

たとえ白炎で浄化しようとも、塵となって消えただろう。

兵士の中に巣食う魔の侵食が早すぎた。

クロウは唇を噛み、俯いた。


「クロウ様」

「……頼む」


リャンは頷き、剣を振り上げた。


「んぉ?」


振り上げた腕が木の枝に絡めとられた。

魔憑きを取り押さえても、森が既に魔の手中。一瞬たりとも油断してはいけない場所だ。


「やばっ」


リャンの体が茂みの中に引き摺り込まれていく。

抵抗しようにも力の差が歴然だった。

踏ん張っても足元の土を削るだけ。


「このっ!」


ルオウが枝を切ろうと剣を振り下ろすも、別の方向から伸びた枝に遮られ届かなかった。

鞭のように撓った枝はリャンの体を地面に叩きつけた。

リャンの手から剣が落ちる。

動かなくなったリャンはズルズルと引きずられ、茂みの中に消えた。


「リャン!」


クロウは茂みに向かって朱炎を投げた。

横から伸びた枝が茂みの前に躍り出る。炎は自在に動く枝を燃やして消えた。

何重もの枝がリャンとクロウの間を遮っていく。

さやさやと揺れる枝葉はまるで嘲笑っているように聞こえた。


「リャンを返せ!」

「駄目です、クロウ様!」


若い兵士がクロウにしがみつく。

リャンを追いかけようとするクロウを全身で止めた。

彼とてリャンがどうなってもいいとは思っていない。

邑の歳若い者たちには兄貴分のような存在で皆の憧れだった。

それ以上に、クロウに危険なことをさせてはいけないとわかっていた。

邑にとってクロウは何ものにも代えられない宝だと。


「放せっ!」


クロウは全力で兵士を振りほどき、リャンが連れて行かれた茂みに掴みかかり、白炎が燃えるように念じた。

だが出たのは弱々しく小さな種火のような朱炎。

過度に炎を使いすぎた。

こんな小さな炎でも、顕現させるだけで激しい頭痛と吐き気、立っていられない程の疲労感に襲われる。

大きすぎる対象の表面だけ舐め、炎は消えた。

茂みを覆っていた木の葉が数枚灰になっただけ。

クロウの体は力が入らず崩れ、地面に倒れた。

すぐに起き上がらなければならないのに力が入らない。

指に力を込め草を掴む。ちょうど地面に転がっていた石ごと握り込んだ。

上半身を起こし、なんとか四つん這いになった。

たったこれだけの動作で息があがる。


「クロウ様、リャンは諦めて撤退を」

「駄目だ! 置いていくものか」

「クロウ様っ!!」


ルオウはクロウの腹に腕を回し、肩に担いだ。

暴れるクロウに構わず黒い石がある茂みを背にし、邑へ向かって走った。


「撤退だっ!」

「放せルオウ!」

「暴れないで下さい。御身の無事が第一です」

「放せっ! リャンーーーーっ!」

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