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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
神殿
123/123

かつて、先人が打ち捨てた土地があった。

眼前に広がる広大な海と年中緑が絶えない森がある。

しかし、人は栄えなかった。

外部との交流がなく厳しい環境ーー人が生きていくには難しい問題があった。

『魔』が住んでいた。

魔は人を惑わし、人をさらい、人を喰った。

生き物ではない魔を人々は恐れ、この土地から逃げた。

名もない土地だけが残った。




くにがある。

かつて捨てられた名もない土地に人が住み、集落となってくにになった。

神官にだけできる御業で、魔が住む地を浄化して邑を興した。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



神殿にパタパタと二つの足音が響いた。

音は軽い、子供のものだ。

まだ十に満たない少年が二つ年上の少年の手を引いて、神殿の廊下を駆けていた。

年上の少年の髪色は朱、幼い少年の髪色は灰銀。どちらもこの神殿には唯一だ。


「兄さま、早く早く!」

「慌てなくても市は逃げないよ」


年長の少年が嗜めても幼い少年の足が止まることはない。

周囲はその様子を微笑ましく見守っている。

無理もない。少年はこの日を指折り数えて待ちわびていたのだから。


神殿の広い前庭まで着くと、少年たちの目が輝いた。

簡素に組まれた屋台がいくつも立ち並び、多くの人で賑わっていた。

屋台から景気の良い商人の声寄せがあちらこちらから聞こえている。

神殿の前庭では年に数度の市が開かれていた。

商品を荷台いっぱいに積んだ行商による市は、生活に必要な日用品から着物、新しい苗木、珍しい茶葉、保存の効く食料に調味料と多岐に渡る。


「あ! おじさま!」

「トウマ!」


トウマと呼ばれた少年が知っている顔を見つけ走り出した。

石畳の地面に滑りそうになるが、なんとか堪えてまた駆ける。

危なっかしい様子に兄が顔を曇らせあとに続いた。

トウマは目当ての赤褐色の神を持つ男目掛けて勢い良く飛びついた。


「おじさま!」

「おっと。トウマか。今日も元気だね」

「えへへ。おじさまもお買い物ですか?」


無邪気にしがみついていたトウマを兄が慌てて剥がす。


「伯父上、すみません」

「やあ、エンリ。大きくなったねえ」

「…………二日前にお会いした記憶があるのですが」

「あっはっはっは」


大きな声で笑いながら商人から買ったものを受けとる。


「良い子の君たちにはこれをあげよう」

「わあ、ありがとうございます!」

「あ、ありがとうございますっ」


二人に渡されたのは水飴で出来た菓子。

甘い物は二人の好物だった。

トウマは満面の笑みで、エンリは少し戸惑いながらも嬉しそうに受けとった。

三人の前に顰め面の男が近づいてくる。


「お散歩とは余裕ですね、ワンリ執政代理」

「偶には心を安らげる時間も必要ですよ、チェン文官長殿」

「その『偶に』が二刻置きでなければ、私も苦言等致しませんよ」

「手厳しいなあ」


ねえ、と少年たちに同意を求める。

しかし、少年たちは頷かなかった。


「伯父上、チェンたちに迷惑かけてはいけませんよ」

「いけません!」

「誰に似たのかな、君たちは……」


ワンリは苦笑し、神殿の内へ戻っていった。

トウマとエンリは哀愁漂う伯父の背中を見送る。

チェンは二人に向き直ると、厳しい表情を緩めた。


「お二方も買い物はお済みですか?」

「いいや。わたしたちは今来たばかりだ」

「まだ買ってないよ!」

「買い物には金子が必要ですよ。お持ちですか?」

「ああ、もちろん」

「ミアンからもらったよ」


トウマは、ほら、と掌に出してみせた。

楽しみで仕方がないと全身から溢れ出ている。

チェンと話していても店の商品をちらちらと盗み見ている。


「結構。無駄遣いはしないようになさいませ」

「はーい」

「それと、買い物が終わりましたら南舎の方へ向かって下さい」

「リャンかな。昼から剣技の訓練があるんだ」


伝え終わるとチェンは敬礼をしてワンリを追いかけた。

ワンリが執政代理となって三年が経つ。

魔の森から邑を脅かしていた魔が消えた。

数年前から大陸中から魔の気配が薄れ、神官が命を削らなくても人々が暮らせるようになった。

邑を治める者が正当な神官でなくても非難する者も少なくなった。

神官の血を引き、暗く燻んだ赤色の髪を持っているワンリは、正当な神官のような炎を自在に生み出す能力はない。

彼に出来るのは自身が造形した彫刻に『朱炎』と呼ばれる魔が避ける炎と同等の力を込めることだけ。

趣味を兼ねた彫刻品は邑建興当時から邑の至る所に飾られており、意図せずワンリの信頼に加算されていた。

治める者が変わっても、邑は平穏な日常が流れている。


「兄さま。これにします!」

「じゃあ、わたしはこれにしよう」


少年たちはそれぞれ菓子を選んで商人に代金を渡す。

買った菓子は包んでもらう。その包みを大事そうに胸に抱えた。

顔を見合わせふふふと笑い合う。


「では南舎にいこうか」

「うん!」


目当ての物が買え、足取り軽くリャンが待つ南舎に向かう。

剣術の訓練が嫌なわけではない。トウマもエンリも体を動かすこともリャンも好きだ。

ただリャンが行う訓練が二人には厳しかった。

その所為でいつもは少々足が重くなりがちだった。


二人が南舎の前まで着くと、舎の前の人集りを見つけた。神殿を守る衛士たちだ。

彼らの中にリャンがいるのを見つけた。隣にいる人物と談笑している。

武官長補佐のリャンと気軽に話せる者は多くない。特に若手は尊敬と畏怖の念を抱いている。

談笑相手は背を見せていて顔が見えない。腰まで届く黒髪を持ち、剣を腰に佩いているのに周囲より細身である。

思い当たる人物の姿にトウマは胸を高鳴らせた。


「かあさま!」


黒髪の女性がトウマの声に振り返る。トウマに気づき微笑んだ。

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