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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
神殿
118/123

リン 二十 ー 44 ー

いくら通じ合っても、対等になり得ない。

神官の妃は家名持ちであることが最低条件。

平民のリンでは土台にすら立てないのだ。

一度目は言い訳が出来たが、二度目はあってはならない。

部屋だってリンが使って良いものでもないのに、甘え過ぎた。

ないものを欲しがって、手が届かないから諦めて目を背けた。

男だったらよかったのに。

男に偽装しても、リンは女だった。

女であることが悔しかった。

女ではクロウの傍にいられない。


「言ってなかったか」


クロウ一人の感情をぶつけたが、リンの不安は消せない。

神官という身分が隔たりを作っている。

ずっと一緒にいても、背中を預け合える信頼を築いても。

掴んだ手が熱い。

熱は伝え合えるのに、頭の中までは伝わらない。


「俺の妃はリーだ」

「うん…………ーーーーーー……………………うん?」

「聞こえなかったか。おまえはこの邑の神官の妃になる。つまり俺たちは夫婦だ」

「妃……? 俺が……嘘だろ?」


クロウは首を振って否定した。

けれど、リンは信じられなかった。

認められる筈がないのだから。


「リー。妃の条件を知っているか?」

「当たり前だろ。神官の血を引く家名持ちの令嬢だ」


神官の力が強すぎる故、神官の血に近くなければ御子が望めない。

加えて神官と並び立つ教養と資産が、都の神殿では求められていた。


「違うな」

「え……?」

「神官の血に耐えられるかどうか、その一点のみだ」


自らの生命力を炎という目に見える現象に具現化する為、体を流れる生命線である血は他の人間より濃い。

周囲が神官に怪我を負わせないように気を配るのは、貴い身分の為というより、特殊な血を触れさせない為。

高潔な血は時に強すぎる故に毒でもある。

普通の人間が耐えられるものではなかった。

けれど魔という外敵がいる為に血を残さなければならない。

昔の神官たちがとった策が近親婚。

血が近ければ近い程血の毒の耐性を持ち、次代の神官の力を持つ御子が誕生した。

それがこんにちまで続き、常識として歪められてきた。


「俺が叔父上から教えられたのは五つ。嫁取りは気をつけろと言われた」

「五つ……」


リンがクロウと出会って一年かそこら。

齢五の甥にする話ではない。

リオンも非常識だが、理解が出来ているクロウも常人を逸脱している。


「俺が神官の血を引いてるとは思えないんだけど……」


リンの生家は大陸東にある小さな村にあった。

特段裕福というわけでもないが着るもの食べるものに困っていたことはないと記憶しているけれど、神官の家系と繋がりがあるわけではなかった。


「だからまず口移しから始めた」

「……何の為に?」

「妃が外に知らされないのは何故かと考えたことはあるか?」

「は? いいや……」


都の神殿では、神官の色を持つ御子が生まれると広く知らされる。

次代の神官を歓迎する市井も目出度いと騒ぎ活気づく。

だが、母体となる妃が輿入れしても誰も知らない。

ひっそりと、神殿と妃の親族だけが知るのみだ。

いつ、どこの姫君が神官に嫁いだか市井は知らない。

慣例となっていたので誰も疑問に持たなかった。

朱色の髪を持たないクロウは、誰にも知られることなく存在を抹消されたが。


「おそらく神官に嫁いだ女は知られているよりずっと多い。死産となった御子もな。皆、神官の血に耐えられず人知れず亡くなっている」


妃は神官の妻。

誰より神官の体に触れる。

よって、誰よりも毒に近い場所にいることになる。


「子種も血と同等と考えた。そのまま注げば死に至るのは目に見えている。他人が触れ易い体液ならば血よりも薄いはず。ならば微量に継続的に接種させれば慣れるのではないか、と」

「五歳児の考えることか!?」

「瀕死のリーに炎を流し込んで持ち直した時、思いついたのが始まりだ」

「知らない間に実験されてた……」

「成人まで根気よく続けたおかげで神官おれの血に耐性ができ、魔に憑かれても屈せず生き残ったんだ。喜べ」

「素直に喜べない……」


リンは呆れるしかなかった。

計画的犯行過ぎて何から指摘すべきか迷う。

しかも、そのおかげで魔に完全に乗っ取られることを防いでいた。怒るに怒れない。


「細かいことは明日にでも叔父上に窺えばいい。まだ挨拶していなかっただろう」

「する暇も隙もなかったと言い訳させてくれ」

「あれでも親代わりのつもりらしい。安心させてやってくれ」


リンはクロウの為に拾われた。

放置街に転がっていた同じ年頃の子供なら誰でも良かった筈だ。

運良くリンが選ばれただけ。

クロウと一緒に育てられたのも都合が良かっただけ。

それでもリンはリオンに感謝している。

可愛がってもらっていることがわからないほど馬鹿ではない。


「ところでさ」

「うん?」

「いつまで拘束してるつもりだ? 手ぇ痛いんだけど」


リンの腕は頭上で掴まれたままだった。

魔が抜けたおかげで力が入らずクロウを振り払えずにいる。


「いい眺めだったから、つい」

「もういいだろ。離せ」

「…………」


クロウは離すどころか、更に強い力を込めた。

リンの顔がぎくりと強張る。

クロウの目が笑っていないからだ。


「俺とおまえの関係は何だ?」

「え……っと、主と従者……」

「違う」

「…………………………神官と、妃?」

「言い換えろ」

「…………夫婦、です、か?」

「疑問で返すな。まあ、ちゃんと答えられたし、及第点をやろう」


掠めた唇が、ちゅっと音を立てて離れていった。

瞬時に顔が熱くなる。


「反応が初心だな」

「しっ、しょうがないだろ! 慣れてないんだから!」

「それは僥倖」


気を良くしたクロウは、頬に額にと唇を落とす。

慣れないリンはあわあわと慌てるのみ。

いくら子供の頃からの付き合いでも、急に男女の触れ合いは心臓が持たない。


「待て待て待て!」

「待たない。待った所で神官と妃の床事情に口を出す者なんていないぞ」

「ここにおりますわ」


いつの間にか戻って来ていたアイリが凄みのある笑顔を浮かべている。

魔と戦う歴戦の彼らでも、アイリの入室に気づかなかった。


「神官様。リー様は昏睡状態から目覚めたばかりで体調が思わしくないのですよ。そこに無体を働かれるのは、いくらお妃様になられる方とはいえ、人としてどうかと思いますわ」

「…………ソウダナ」

「リー様。医師様よりお薬を預かってまいりました。起き上がれますか?」

「あ、はい……」


リンは固まっているクロウの腕をすり抜け、長椅子に座り、アイリから薬を受けとった。

一緒に用意された白湯で薬を流し込む。思わず顔を顰めてしまう程苦かった。

二杯目の白湯を注ぎながら、アイリは冷ややかな目でクロウを見る。


「いつまでそのように項垂れているのです? 文官の方が探していましたよ。さっさとご政務にお戻り下さい」

「…………わかった」


厳しい言葉にクロウは言葉を詰まらせる。

クロウに辛辣な言葉を吐けるのは邑ではアイリくらいだろう。リンでも使わない。

ため息を一つ吐いた後、鬱陶しげに白髪を掻き揚げ、寝台から下りた。

崩れた襟を正し、扉へ向かう。

扉に手をかけながら振り返った。


「早めに戻る。大人しく寝ていろよ」

「はいはい。ご主人様のお帰りを大人しく待ってますよ」


手を振って見送った。

いつぞやと同じ光景だと脳裏に浮かぶ。

戻って来た時慰めるのに苦労しそうだと胸に留め置く。


「仲睦まじく、喜ばしいことです」

「……本当に思ってる?」

「もちろん」


ころころと微笑む有能な侍女に、掌の上で転がされている心地になった。

口達者なクロウでも敵わないアイリに、リンが勝てる筈もない。

言いかけそうになった言葉を、薬の後味と一緒に白湯で飲み込んだ。

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