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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
帰還
114/123

リン 二十 ー 39 ー

更新が遅滞しています、すみません。

今までのペースが維持できそうもないので月3〜4の更新に移行します。

驚きで頭の中が真っ白だ。

口を開かされ、強引に舌が入り込んでくる。

クロウは優しい。ちょっとした悪戯や主として命じることはあっても、リンが嫌がることや乱暴なことはけしてしなかった。

リンの意思を無視した行為は初めてのことだ。

目尻にじわりと涙が滲む。

熱が上がり、舌が交ざり、吐息が溶け合う。

離れても余韻が消えない。

名残惜しげにクロウの指がリンの耳の輪郭をなぞる。

過敏になった体がびくりと反応した。

反射的に握り込んだ衣に皺が寄る。


「俺から離れることは、許さない」

「クロ…………」


白磁の布が敷かれた褥にリンの黒髪が広がる。

クロに混ざり合うように白が被さった。


「ちょ……っ!」

「自分が誰のものか。今一度教える必要があるな」

「は?」


上から伸し掛かられている上、腰をがっちり掴まれている。

逃げられない。

迫り来る綺麗な顔を手で押さえて止めた。

指の隙間から金の目が睨んでくる。


「おい……」

「知ってるっ、知ってるから! 俺の命も体も全部クロウのものだって、わかってるから!」

「じゃあ、この手はなんだ」

「それとこれとは別だっ!」


クロウから求められるならやぶさかではない。寧ろ嬉しい。

ずっと想ってきた相手から愛されたいという願望はある。

だが、リンがなれるのは妾まで。

リンの願いは、クロウの役に立てる従者になること。

ただ囲われるのは本意ではない。

それに、目が覚めたばかりで状況が整理出来ていない為、心の準備が不十分。

覚悟は出来ていても、いざとなると怖じ気づいてしまう。


「……そうか」


納得したのか、クロウはリンから手を離した。

ひとまずこれ以上はしないらしい。

ほっと胸を撫で下ろす。


「起きてるおまえにするのは初めてだったな」

「…………………………は?」


今、聞き捨てならないことを言った気がする。

たっぷり間をとって理解しようとしても、何故か浸透しない。

頭が回らない。否、考えることを拒否している。

起きている、ということは、寝ている時に何かあったと考えられる。

子供の頃から成人して暫くまで、朝起きたらリンの隣にクロウが眠っていることが度々あった。


「ただ横で寝ているだけだと思っていたのか?」

「何、して……」


聞くのが怖い。

何もなにも、あらぬことばかりが脳裏をよぎる。

リンがクロウを拒絶することはないことをいいことに、体を好き勝手していたと宣言していると同義。


「安心しろ。口づけ程度だ」

「…………いつから」

「五歳」


五歳と聞いて思い出した。

クロウがリンの寝台に潜り込んでいたのは、誘拐事件からすぐだった。

寒いとか、心細いとか、人肌を知らずに育ったクロウに、仕方ないなと許していた。

微笑ましく子供らしい理由ではなかったことに愕然とする。


「おまえはすでに俺の手つきだからな。他の男の所に行こうなんて考えるなよ」

「勝手な……」

「俺のものだって自覚があるんじゃなかったのか?」

「理解が追いつかないってーの」


思考放棄と同時に体も投げ出して背面から寝台に倒れ込む。

クロウの勝ち誇った顔を視界の端で捕らえた。


「リー」


クロウの長い指が伸びる。

先程とは違い、優しい手つきでリンの頬を撫でた。

すらりと長いがほっそりとは言い難い、剣を握る固い指だ。

嫌がる理由もないので享受する。


「おまえは……」


「クロウ様、こちらですか!?」


木の扉を叩く音と共に悲鳴に近い掛け声が聞こえた。

クロウは、不在を決め込むつもりなのか、扉をちらりと一瞥しただけで一切無視をした。


「おい……」

「いい。放っておけ」

「駄目だろ」


ダンダンと扉を叩く音が止まらない。

神殿は頑丈に造られているが、ずっと叩かれていてはいつか壊れる。

流石に入ってくることはないが、扉が壊れたら遮る物がなくなり在宅がばれてしまう。


「クロウ様ぁ~、いることはわかってるんですよぉ~。せめてこれだけでも、決済をお願いしますぅ~。文官長に怒られるからぁ~」


悲鳴が泣き声に変わった。鼻水を啜る音まで聞こえる。

迎えにきた文官はかなり追いつめられているようだった。

苦労が偲ばれる。


「俺は何所にも逃げないから、戻ってやれよ」

「嫌だ」

「餓鬼かよ」

「まったくですわ」


いつの間にか戻ってきていたアイリもリンに同意を示す。

その手には器の乗ったお盆があった。


「リー様、お食事をお持ちしました。もちろん医師様より許可頂いております」


湯気の立っている器は卓に並べられた。

病み上がりを慮ってか、大きめの器に盛られた粥と取り皿が用意され、箸休めに柔らかく湯がいた豆と菜野菜が添えられている。

卓の端にはちょこんと一輪だけ花が生けられている。

以前ではあり得なかった。花で部屋を飾る発想がリンにはなかったのだから。

女官が整えるだけで卓の雰囲気がまるで違う。

ふわりと漂う香りに小さく腹が鳴った。

アイリはにこりと微笑み、リンに座るよう促す。


「さあさあ。リー様はこちらでお預かりしておりますから、早くお戻り下さいな」

「…………」

「お は や く」


尚も渋るクロウにアイリの笑顔に迫力が増し、口調が強くなった。

女官長のランが本気で怒った時に似ている。

クロウも行った方が良いことはわかっているが、リンから手を離そうとしない。

逃げようにも他に行く場所等ないのに。

リンは仕方ないなと息を吐いた。

体を起こしてクロウの横に並ぶ。


「行ってこいよ」

「…………」

「クロウが帰ってくるまで食べないで待ってるからさ。早く終わらせて一緒に食べよう。な?」

「…………わかった」


クロウはノロノロと立ち上がり、扉に向かった。

扉を閉める前にちらりと振り返り、未練を残していく。

リンは苦笑して見送った。


「お見事です」


アイリが拍手で絶賛している。

これまで今のように揉めて何度も手を焼いているのだろうか。

二人が並べば美男美女の絵画のようだが、口を開けば我が侭な弟に手を焼く姉に見えた。

そこに色恋は皆無。

しかし、アイリはクロウの妃の第一候補者だ。

イ家が取り潰されても邑に残っている理由があるはずだ。


「あの、アイリ嬢」

「アイリ、とお呼び下さい。家名もないただの女官ですもの」


実家がなくなっているのに何でもないように朗らかに笑う。

リンの方が戸惑ってしまう。

アイリは卓を簡単に片付けると、温かい茶を茶碗に注いだ。

どうぞ、と椅子まで引く。

高貴な血筋のお嬢様を差し置いて暢気に茶等飲めようか。


「毒等入っておりませんわ」

「そこは気にしてないけど……」


常にクロウの傍らにいたリンは、家名持ちたちから邪魔に思われていた。

自らの身内と取って代わろうと命を狙われたのは一度や二度ではない。


「一つ聞きたいんだけど」

「なんなりと」

「妃候補だった貴女が何故女官に?」


アイリに焦った様子はない。

慈愛の籠った笑みを浮かべ真っ直ぐリンを見ていた。


「妃のお話がなくなった経緯は、神官様からお聞き下さい。当家の醜聞ですので、あまり楽しいお話ではございませんが」


イ家が取り潰された理由はなんとなく察している。

森で追われていたサイリからも推測は出来る。

今まで何度も水面下で神殿に楯突いてきたイ家を初めとする家名持ちたちが決定的な証拠を残し敗北したのだと。

おそらくアイリはとばっちりを受け、女官に身を落としたのだろう。

家の責任を果たす為、神殿への奉仕を選んだと読んでいる。


「わたくしが邑に残って女官になったのは想う方がいるからですわ。その方と結ばれる可能性は万に一つ程。父はわたくしを地方神官様へ嫁がせる腹積もりだったようですが、あんな男に利用されてやるつもりなかったので、神官様に口添えして頂き女官の役を頂きました。もちろん、お慕いする方は当代の神官様ではございません」

「…………うん?」

「もしリー様が当代様と無事に結ばれ御子が生まれたら、万が千……いいえ、百になると思っておりますわ。わたくしは長きに渡りお二人の仲を応援してまいりましたの」

「…………ちょっと待って」

「はい」


まったく予想もしない切り口からの答えについ表情を繕うことを忘れた。

若い女性らしいといえばらしいが、政略結婚が当然の身分だったアイリの口から出たという意外性。

その相手がクロウではないというのも驚きだが。


「応援、って……俺が、女だって知ってた、ってこと?」

「リー様が女性と知ったのはつい最近ですわ。当代様が本当にそちらの嗜好でもまったく構いませんけれど」

「そちらって!?」

「邑の方々は皆言っておりましたわよ、北から南まで」


神官の私室の隣は妃の部屋。

その部屋をリンに使わせていたのは周知の事実。

邑ではクロウが女性に興味がない性癖を持っていると噂されていた。

実際、クロウが必要以上にリンを構うので事実と認識している住民が殆ど。

知らなかったのはリンだけだ。


「お二人が夫婦の契りを結んでも、わたくしの想いが結ぶとは限りません。でもわたくし、諦めようとは微塵も思っておりませんので、ゆっくり愛を育まれませ」


大陸の女性は十代半ば、遅くても二十になる迄に婚姻を結ぶ。

アイリはリンたちより歳が一つ上なので、結婚適齢期は過ぎている。

リンたちがどう転ぼうともアイリは相手を落とす気満々だ。

もう十年近く想い続けているのだから、一年や三年伸びても同じこと。


「納得頂けました?」

「…………はい」


アイリは胸の内を生き生きと吐露したおかげか、非常に良い笑顔を浮かべている。

きっとこの女傑には頭が上がらないとリンは思った。

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