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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
森の中
111/123

リャン 二十二 ー 5 ー

森の中腹だろうか。

クロウが派手に炎を放ったおかげで、周囲一円の木々が巻き込まれて燃えて溶けた。

魔が染み込んだ木は炎に弱い。

十人程度の人が集まっても魔の手が伸びて来ない位に広がった。

魔が支配する森の中を歩くだけで体力も精神力も消耗する。

木がない分呼吸も楽だし襲ってくる心配もない簡易休憩所のような範囲になった。

ルオウが引き連れてきたのは三人。

多くても少なくても魔憑きの対応が難しい。妥当な人数だった。

前回の散策で学んだようで、四人とも荷物は背負い手に松明を持っている。


「では戻るぞ」


ルオウの掛け声に皆が頷く。

道なき道を通らなければならないので、隊列は一列で組まれた。

隊列の中心にクロウ、殿はルオウが務めている。

ルオウたちが持っていた捕縛用の鎖でつながれたサイリを先頭に邑へ戻る。

罪人であるサイリが一番前なのは理由がある。

神官の血に近く、炎を生み出せるサイリなら魔に阻まれることなく前進出来る。

逃げようにも首と腕と胴が鎖でつながれている為、難しいだろう。

何か言っているが猿轡をしている所為でくぐもって聞き取れない。


なだらかな坂は脚に負担が掛かり厄介だが、複雑に絡んだ木の根も行く手を阻む。

森全体が魔の意識に呼応して生きている。

幹から伸びた蔓が様子を窺うように揺れているが、手出ししてくることはなかったので放っておく。

クロウも気に留めなかったので無害と判断した。

否、魔よりもリーに気を配っている所為で、気にする余裕がないのだろう。

リーは大怪我を負っている。

リーの内の魔を祓う為とはいえ、身を裂き、傷口から炎を注ぎ込んだのだ。

眠っているだけとクロウは言っているが顔色が悪い。

止血し、固く傷口を縛っているいるだけなのでいつ容態が悪化するとも知れない。

最悪な想像しか出来ず、ひやりと背筋に寒気が走る。

せっかく帰って来たのに、互いに傷を作っただけの結末ならば、リーを連れて帰らなければ良かったと思ってしまうではないか。


前を歩くスエンと目が合った。

何度もちらちら振り返り、リーを気にしている。

リーに求婚したと聞いたが、どう足掻いても叶わない恋だ。

知っていたのに、気づいていたのに、中途半端に背中を押すことしか出来なかった。

邑に着いたら身の振り方を決めなくてはならない。

邑に居着く道、故郷の村に帰る道、他にも様々道を提示され、スエンは選ばされる。

但し、その選択肢にスエンが望んだリーとの未来は含まれていない。

ここまで付き合わせたリャンにも責任がある。

きっちり諦めさせるのも、ひとつの責任のとり方だろう。


「無茶をしましたね、クロウ様」

「……何をだ?」

「リーの傷口を焼くだなんて……」


あの嵐の夜、邑の南で魔に襲われた。

悪天候の夜だ、魔が出てもおかしくない状況だった。

魔の襲撃で怪我を負った者にクロウは何を思たのか、傷口を白炎で炙った。

魔に腕や脚を取られ、傷口からじわじわと黒く染まっていっていた。

魔に侵された物を白炎で焼くと魔が浄化される。

その応用で人間の傷口に炎を当て、魔の侵攻を防ごうとしたという。

だが、炎に炙られ者たちは黒く染まった四肢を失った。

傷口は浄化されたが、魔に染まった部位は炎に耐えきれず焼け落ちた。

命は取り留めたが、今も腕や脚のない不自由な生活を送っている。

彼らはクロウへ感謝を口にしながら、畏怖を強く目に宿していた。

クロウが行ったことは間違っていない。

時間が経つ程魔に侵食を許し、魔憑きに堕ちる。

クロウが白炎を使わなくても彼らは手足を失う以外助かる術はなかった。

そんな過去があり、人体に白炎を向けることはしなくなった。


「リーだからだ」


何事もないようにクロウが呟いた。

クロウとて過去のことを忘れていない筈だ。

相手がリーだから躊躇いなく白炎を使ったということだろうか。

いくら無二の相手だからとて、結果浄化に成功していても、下手をしたら過去の二の舞だ。


「俺は、リーが白炎に耐性があることを知っていた」

「え、は……はい!?」


リーは神官の血筋でもなければ、家名のある家に生まれたわけでもない、ごく普通の平民の出。

神官の血が濃いイ家のアイリならわかる。

リャンたちと変わりがない人間が炎に耐性があるわけがない。


「幼少期に誘拐されて、リーが大怪我を負って死にかけただろう」

「あー……ありましたねぇ」

「その時、白炎を分け与えた。必死だったからどうやったか覚えてないが」


助けに行ったルオウに抱えられたリーを見た時、リャンは恐怖で体が竦んだ。

リャンが目を離したばかりにクロウたちは連れ去られ、リーはクロウを庇って死にかけた。

周囲が二人に対して一層過保護にもなる。

リーの命が助かったのはクロウの白炎が理由だったとは。


「以降、俺の炎が馴染むように定期的に……まあ、いろいろやったわけだが」

「いろいろ?」


クロウはすいっと視線を逸らした。

この様子は、リーも知らないあれこれが含まれている。


「何度か魔につけられたリーの傷を焼いたことがあるから、あの時のようにはならないと確信していた」

「いくらお気に入りだからって、女の子に無体な…………」

「ちょ、ちょっと待て!」


うしろからルオウが会話に割り込む。

皆が振り返り、隊が止まる。

いきなり待てと言われたら脚を止めてしまうのも無理はない。

魔の襲撃があったのかと身構えてしまうではないか。


「すまん。進んでくれ。そっちではなく……リャン! おまえが……っ!」

「ええー、濡れ衣ぅ」


ルオウはまだ知らなかったようだ。

幼少期に、泳ぎの訓練だ、と言って身一つで海に放り込んだのは確かルオウだったと記憶しているのだが。溺れたリーを助けて、水を吸った服を剥いでいたのもルオウだったと記憶しているのだが。

思い込みとは時として事実が目に入らないようだ。

リャンはもう慣れたが、知らない者からしたら驚くだろう。

今はルオウの反応よりクロウの答えだ。

クロウの口からリーをどうするか聞きたい。

予想は出来る。

側から離さず、神殿から出さず、囲いこむ。

だが、身分は?

女の身で今までと同じようにクロウの側に仕えることが出来ようか。

元来、神官が娶る妃に規制はない。

いつからか家名持ちにしかなれないものと周知された。

ただ、リャンのロ家のような平民上がりの家は無理で、神官の血が混じる家の令嬢だけが神官に召喚された。

都の大神殿だけではなく、邑でも妃の条件が変わらなかった。

即ち、神官側の事情だと察せられる。


「クロウ様は、リーをどうするつもりですか」


ずばりと核心を突いてみる。

クロウの願いとリーの願いは、似ている様でまったく違う。

クロウが自分の意見を強いるようなら、リャンは別の道を示すことも考える。

臣下として、いいや、友人として進言せねばなるまい。


「もちろん」


金の目が細められ、硬質な美貌が柔らく緩んだ。

視界の先にはリーがいる。

かつて見たことのない甘ったるい表情に鳥肌が立った。

ああ、これは。

愛という名の執着に、つける薬はないというやつだ。

三年前、リーの姿が見えないというだけで荒れ、二年経っても探すことを諦めなかった。


「妃にする」


強く反対できる家名持ちはもう邑にいない。

たとえリオンに反対されてもクロウは意思を曲げないだろう。

けれど、


「リーが了承しますかねぇ?」

「…………するさ」

「なんです、今の間は」

「〜〜〜、〜〜〜〜! 〜〜〜〜〜〜っ!」


サイリが何か喚いている。

首を振って猿轡を解こうとしていた。

魔の森を闇雲に走って弱いながら炎を連発したくせに、まだ暴れる体力が残っていたとは。

やがてはらりと口を縛っていた布が解けた。

はあはあと肩で息をしながら後方のクロウを睨みつける。


「下賎が神官の妃になどなれるわけないだろう。御子が産めない妃など、妃と呼ぶ価値ない! それに、神殿には僕の妹、アイリがいるじゃないか!」

「……フォウ」

「は、はい!」


サイリのうしろを歩くフォウにより、サイリは再び口を塞がれた。

今度はきつく、きつーく縛られる。


「アイリ姫が、神殿にいるんですか……?」


先程もそのようなことを言っていた。

アイリは邑で一番神官の妃に相応しい血族の娘。

たとえ家がなくなっても血の濃さは変わらない。

家とは関係なく、素質も素養も妃にと請われて然るべき女性だ。


「ああ、いるぞ。女官としてな」

「女官……?」

「長兄のワンリとアイリは、追放より奉仕がしたいと自ら願い出たものだから雇った。二人の才能を手放すのも勿体ない。もちろん家名を剥奪し、忠誠を宣誓させてからだが」

「なるほど。それって、チェン大人の入れ知恵ですか?」

「チェンが考えそうなことではあるが、本当に向こうから言ってきた」

「ははっ。さすが才女」


舞に楽に美にと様々な才能を持つアイリを味方に引き入れるとは。

噂の才女は父親と違い見る目があったらしい。

よく見るとクロウが顰め面を作っていた。

この表情も珍しい。


「笑っていられるのも今のうちだ。口煩くて仕方がないぞ」

「帰ったらまたお説教ですな、クロウ様」

「……勘弁してくれ」


一女官が邑の長であるクロウを辟易させるなど誰が想像出来るか。

優美で儚げと称されていたアイリがクロウを説教する姿、是非拝みたい。


「ですが、神殿に留まっているということは……」

「妃を狙っているか?」

「はい」

「絶対に、ない!」


力一杯否定をした。

周囲も頷いている。


「言い切りますねぇ」

「妃の座を拒絶したあげくリーとの仲を応援されたんだぞ。そもそも、互いが異性に見ることが出来ない。だから、俺とアイリが夫婦になることはありえない」

「わあお……」

「それに、神殿にいるのはとある目的の為だ。その目的も把握しているから問題ない」

「クロウ様の邪魔はしない、ってところですか」

「邪魔しないどころか、アイリが神殿に入って一番喜んだのは間違いなくチェンとランだしな」

「あの二人に気に入られるって……」


リャンが不在にしていた一年で邑は大きく変わったようだ。

その邑はもう目の前。

森を抜けると圧倒される石の壁が現れた。

石壁は北は森の境目、南は半島の先まで築かれている。

一番近くの門は神殿の裏にある強固な扉。

大きな門扉の左右には煌々と朱色の篝火が焚かれ、炎が絶えることはない。

門を抜けたら邑の中だ。

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