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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
森の中
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スエン 二十七 ー 5 ー

目の前で起こったことは幻想のようだった。

神官の炎が人体に影響がないことは知っている。

町を守る篝火として焚かれた朱色の炎は柔らかく熱も感じない。

しかし、魔に取り憑かれたら別だ。

魔憑きとなった者は、炎を恐怖し、触れたら燃える。

だが、朱炎では力を弱め、火傷を負わせる程度。

本能的な恐怖で避けるだけだ。

そもそもスエンは白い炎等知らなかった。

話には聞いていたが、現実味のない夢物語だ。

神官の手から放たれた炎は白。

炎の中でちらちらと舞う金が美しかった。

その炎に焼かれていたのはリン。

魔の力の片鱗である黒く歪な腕が炎に溶けて消えていく。


炎の勢いは徐々に弱まり、人の形に戻ったリンが横たわっていた。

白い炎は魔を浄化する力があると聞く。

白い炎に焼かれたリンから魔が剥がれたと思って良いだろう。

現に、魔に侵食され黒く染まっていた頬や腕の色が元の肌に戻っている。

確かめたくてリンに駆け寄った。

しかし、リャンによって横から阻まれてしまった。

驚いて振り返ると、足を止めろと目が語っていた。

何故、と思った。

リンが心配ではないのか。

神官がリンに近づくと、沸き上がった不満が焦燥に変わった。

目を覚ましたリンは、スエンが見たことのない満面な笑みで神官を見つめていた。

しかし、神官の表情は冷たいまま。

あまり表情が動かない部類と言えど、無二の存在に微笑みかけられて、冷気を撒き散らすだろうか。

納得がいかない。

リンに選ばれているのに。

自分ならもっと大事にしてやれるのに。

神官に手を伸ばすリン等見たくなかった。


「クロウ様ーーっ!!」


リャンの叫びの直後、リンが燃えた。

何が起こったのかと二人を凝視する。

神官の握る剣がリンの腹部を突き刺していた。

さらに、刀身が発光し、白い炎に変わる。

体の内側から炎に焼かれ、リンは苦悶の悲鳴を上げた。

全身が炎に包まれ、内から外から、魔が焼かれていく。

熱がないのはわかっているが、あまりに苦しそうなので、思わず顔を覆って炎から逃げる。


やがて光は収縮し、凝縮された光の塊が弾けた。

光の中心にいるのはリンと神官。

先に立っていられなくなったのはリンだった。

頭からうしろへ倒れそうになるのを、神官が慌てて支えようとしたが、支えきれず一緒に倒れ込んだ。

見間違い出なければ神官の足が縺れていたように思える。

ひやっと肝が冷えたが、神官はしっかりリンの頭部は守っていた。


「大丈夫っすか、クロウ様ぁ」


捕縛した家名持ちの男を引きずりながらリャンが神官に駆け寄る。

途中、投げた松明を拾い上げる。

神官が近くにいようと炎は肌身離さず持っておいた方が良い、とはリャンの言葉だ。


「ああ……問題ない」


神官はのっそりと起き上がる。

体に力が入らないのか、緩慢な動きだ。

なんとか上体を起こして地面に尻をつける。

短く息を吐き捨て、額に浮かぶ汗を拭った。


「力の使い過ぎです。暫く休んでいて下さい」

「うん。ああ、そのうちルオウが探しにくるだろうから、サイリを引き渡しておいてくれ」

「了解しました」


軽く敬礼して承諾した。

主人である神官に対して気安い口調や態度から、付き合いの長さと信頼関係が窺える。

上司と部下だが、親友でもあるのだろう。


「疲れた。少し眠りたいが……」

「止めて下さい。魔に襲われても庇い切れません」

「わかってる。リーは暢気に寝てるのになぁ」

「……生きてるんですか?」


神官の横で倒れているリンを凝視する。

固く目を瞑って動かない。

一見して、死んでいるのかただ眠っているのかわからない。

腹部を刺され、傷口から燃やされた。

リンの中に巣食う魔を焼いたのだから、今のリンはただの人同然。

普通の人間が大丈夫なわけがない。


「当たり前だ。俺がリーを殺すと思ったか?」

「まあ……俺に殺されるなら御自身で、って思ってました」


リャンが苦笑する。

二人の絆を間近に見ていたリャンが言うのなら、そうなのだろう。

リンが言っていた、「会いたいけれど会いたくない」とは、「クロウの手で殺されたいけれど、クロウに殺させたくない」ということだと、今ならわかる。

神官はその選択をすることなく、魔を浄化したのだけれど。

リンという人間の本質をわかっているから、迷いなく本音を掴み取れる。

同じくリンも、神官の心が手に取るようにわかるのだ。


「……ーーさまぁー! クロウさまぁーー! 何所ですかーーっ!」


しばらくして、神官を呼ぶ声が聞こえてきた。

神官を捜索していた邑の住民だろう。

邑の長たる神官が一人で敵陣真っ只中にいるのだ。探さないわけがない。

現に声が必死だ。

神官が目の前で寛いでいるから慌てていないが、向こうからすれば命を賭す覚悟な筈。

住民たちに少し同情した。


「クロウ様、こちらですか!?」


茂みの向こうから、巨漢が現れた。

神官は朗らかに応える。


「ご苦労だったな、ルオウ」

「クロウ様、ご無事でー…………と、どういう状況だ?」


彼が困惑するのも無理はない。

神官と捕縛された男以外のいる筈のない人間が三人もいるのだから。

しかも周囲は争ったとわかる跡が残っている。

予想出来ない一悶着があったと考える迄もなくわかる。


「リャン!? それと、そちらは……リー?」

「あはは、ご心配かけましたぁー」


リャンがひらひらと手を振る。

すると男は脱力したのか、その場に座り込んだ。

頭が痛いと言いたげな表情で額を掻いた。


「はあーーーー……まったく。詳しい説明はあとで聞く。ひとまずここを出ましょう」

「だな」


神官は立ち上がり、手を組んで全身を伸ばす。

先程までガクガクになる程疲れきっていたが、回復したようだ。

巨体の男がリンを抱き上げようと手を伸ばす。

しかし、神官が腕を掴んで阻止した。


「リーは俺が運ぶ」

「ですがーー」

「おまえはサイリを頼む」

「御意」


神官はリンの背中と膝裏に手を添え、横抱きに持ち上げた。

リンは女にしては上背がある。一見細身だがしなやかに動ける分筋肉があるので、想像よりは重量がある筈だ。

しかも気を失っているので平常時より重く感じる。

そんなリンを軽々と抱き上げ、そっと額を寄せた。

二人でいる姿は初めて見るはずなのに、欠けていたものが綺麗にはまったようにしっくりきた。

まるで、物語の片翼の男女の翼人のようだと。

ずくんと胸が痛んだが、妬ましいとは思わなかった。




「あ、そうだ。スエン」

「なんだ?」


リャンが手招きする。

神官を捜しにきた人たちが忙しなくしているというのに、一人のんびりとにまにまと笑みを浮かべていた。

良からぬことを企んでいそうだが、無駄な時間をとられるのも惜しい。

隣にいた巨体の男を指差す。


「こっちは俺の叔父貴。お前が会いたがってた『猛将』だぞぉ」

「はあ!?」


突然、憧れの人を紹介されて動揺した。

リャンの悪戯心に乗ってしまったが、悔しくはない。

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