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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
リン 2
11/123

リン 十九 ー 4 ー

※リメイク済み

食堂の開店は昼前。

近隣の店も支度を始め、店先に人が立つ頃合いだ。

兼ねている宿屋の客が部屋を引き払う時間帯。早朝から出掛ける客もいる為、店の戸は朝早くから開いている。

朝食は出してないけれど注文があれば軽食を提供する。

他にも、夜商売者が仕事明けに軽食を求めて訪れることもある。


「リンー、粥頂戴」

「アタシ(たん)。団子入れて」

「アタシは羊肉食べたいわぁ」


客を送った娼婦たちが食堂に流れ込んできた。

顔なじみの娼婦たちは大卓を陣取り寛いでいる。

派手な装い、派手な化粧で訪れる客をあしらう夜の女たちは、日が昇ると化粧を落とし、地味な衣裳を纏って街に紛れる。

娼館勤めの娼婦は単独で外出はできない。

外には護衛兼監視役の下男が控えている。


「姐さんたちお疲れ様です」


週に何度か訪れる彼女たちの為に粥と湯は毎朝用意されている。

同時にリンの賄いでもある。

リンを構いたい娼婦たちに請われて話し相手になり一緒に食事を取る。


「ちょっと聞いてよ。今日の客さぁ」


匙を握りしめながら愚痴を零す娼婦たちにリンはただ相槌を打つだけ。

聞き上手というわけではないけれど彼女たちの弾丸のような話に聞くだけしかできない。

それに、一対一の客商売をしている彼女たちが持ってくる情報は正確で、新たに流れてきた人や、町中はもちろん外の流行や時事を世間話のようにリンに教えてくれる。

酒を求めてくる常連客たちも多くの話を聞かせてくれるが、仕事の片手間で噂程度にしか耳に入らない。

何故か彼女たちに気に入られて、度々こうして食事を共にしている。

食事が終わる頃には満足顔をしている彼女たちを見送って一日を始めるのだ。


「そういえばさぁ、変な客来なかった?」

「変ってどんな?」

「人を探してるんですって。男らしいんだけど、見かけたかって」

「それでうちに来たの?」

「男なら来るでしょ、女を買いに」


リンはドキリと緊張で顔を強張らせた。


人の流れが多い港町で人探しは珍しくない。

多くの荷が集まるということは、それだけ人でも多いということ。

仕事を探すなら栄えた港町がうってつけ。

町を歩けば売り手も買い手もわんさかいる。

港町は神殿の管理により神殿所属の役人が常駐している。

町に入る際は身元の提示が求められ、身元不確かな輩は役所で署名が義務となっている。

船の荷に隠れて、役人の目を盗んで、という手段も使われているが成功例は少ない。役人の耳に入ってお縄となる。

役所に行けば人の出入りの記録が残されているので、人探しはまず役所へ行くのが定石。

さらに、港町に住む人たちは団結が強い。

身元不確かな怪しい人物は見つけ次第人から人へと伝えられ、一晩経てば町中が知るところ。

すぐに噂になるので探し人も見つけやすい。


娼婦たちが怪しいというならあの旅人のことだろう。

邑は神殿の管理に置かれていない秘された存在。身元など確認しても該当しない。

リンも過去に相当怪しまれたが、居着いて慣れてしまえば皆良くしてくれる。


「目つきが悪くて髪が長い男って、この辺じゃ探すまでもなくゴロゴロいるわよ」

「その客、金払いはよかったんだけどちょっと感じ悪くて」

「家名持ちってこと?」

「わかんないけど。着てるものは高そうだったわ」

「緑の着物? 物はいいけど、高くて手が出せないわ」


邑で作られる織物は高級品として外で取引されている。

鮮やかな緑の染め物は珍しく、柔らかで丈夫な生地は邑でも重宝されている。

その生地に同じく緑系統の糸で刺繍を施した羽織りは、邑で日常的に着用されていても邑の外では至高品。

間違いなくあの男だ。


「そいつが探してるのって」


娼婦の一人が声を潜める。

自然と顔を寄せて聞く姿勢を構えてしまう。


「リンのことでしょ?」

「!」


びくりと肩が跳ねる。


溺れて診療所に運ばれた時、リンは男の格好をしていた。

助けてくれた船の男たちも、診療所の医師もはじめはリンを男と思っていた。

服装一つで性別があやふやになる程、リンの見た目が中性的だった。

ずぶ濡れのままではせっかく助けた命が無駄になると、男たちはリンの服を脱がそうとした。

たまたま居合わせたこの娼婦たちがリンを女と見破り、男たちの前で裸になることを免れたのだった。

邑の外で性別を偽る必要がないのでリンは女に戻った。


経験豊富な娼婦たちにはリンの顔色一つで真実か偽かわかってしまう。

口にしなくても目の動きですべて読まれる。

姉貴分である娼婦たちはリンの様子に苦笑した。


「で、悪い知らせ」

「え?」

「ウチの主人が喋っちゃったのよ。アンタが二年前に男の格好で海で溺れてたって」

「……いつ?」

「昨日よ」


邑から来た男が部屋を引き払ったのは二日前の朝。

その日の夜に娼館へ行ったのだろう。

男がどこまで手掛かりを掴んだかわからない。

探し人に近い条件であるリンがこの町にいる。

確信があるならあの男はまたこの店に来るだろう。


「だから拐いに来たのよ」

「へ?」

「アンタの身柄、ウチが貰い受けるわ」


娼婦たちは赤い唇をにっと歪めてリンの腕を強引に取った。






朝の漁から帰った漁師や船の荷を下ろし終わった人夫たちがわらわらと店にやってきた。

常連である彼ら機嫌よくいつもの席に座り、いつもの酒を頼もうとして、いつもと違う景色に首を傾げた。


「いつものー……って、あれ大将。リンちゃんはお使いかい?」

「いねぇのか。リンちゃんにお酌してもらいにきたのによぉ」

「悪いな。ここにはもういねぇんだ」

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