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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
森の中
109/123

魔の森 ー 2 ー

魔憑きを退治する際、闇雲に斬りつけるものではないと教えられる。

魔憑きは驚異的な回復力を持っている。

斬りつけた次の瞬間には傷がなくなっているのだ。

魔憑きを倒すには、頭部と心臓を離さなければならない。

だから、首を斬れ、と教えられるのだ。




旅の道中、リンは何度も魔の力を使った。

その多くは自身より、スエンやリャン、世話になった者たちの為に振るわれた。

人を襲う筈の魔憑きが人を助け、心を砕いてきた。

魔に呑まれたリンは人の姿すら保てていない。

辛うじて左半身は人間だったという形をしているが、右半身は真っ黒に染まり、動きもまるで獣。

スエンは顔を顰めた。

魔に呑まれる前のリンにも勝てないのに、今の姿では手も足も出ない。

リンの為に何もしてやることが出来なくて悔しかった。


『クロウに会いたい』


たったそれだけを願って出た旅の結末が、これではやるせない。

助けたいと願った筈なのに。

ただ恐怖に身を振るわせることしか出来ないでいる自分が一番情けないと、スエンは思った。






『がああああああーーーーっ!!』


獣のような咆哮が森の葉を揺らす。

衝撃が波状に放たれ、刃となって肌をビリビリと刺激する。

怯んだ隙に距離を詰められた。

リンが振りかざす鋭い爪がクロウの喉笛を狙う。

寸での所で剣で払って防いだ。

返し様に朱炎を放つ。

リンは左腕を使って炎を受け止め、打ち消した。


『ぐ……ぅっ』


苦しそうに顔を歪め、膝を折って体を屈めた。

目だけはギラギラとクロウへの殺意を剥き出している。

炎が効いているのか、踞ったまま暫く動かない。

仕留めるなら今。

クロウは剣を握り直して距離を詰める。


「はっ!」


リンの首根を目掛けて剣を振り下ろした。


「!?」


クロウが振るった剣はリンに届くことはなかった。

リンはまだ苦しんでいて動けない。

クロウの剣を止めたのは、スエンだった。

スエンは自身の剣を間に滑り込ませて阻んだ。


「…………邪魔をするな」


クロウはスエンを睨みつける。

全力で剣を振り下ろしたクロウに対し、スエンは片手で防いでいるだけ。

力負けして剣を落とした。

尚もリンを背にクロウの前に立つ。


「リンは、あんたの大事な奴だったんじゃねぇのか」

「……部外者が口出しするな」

「殺したら、リンは戻らねぇんだぞ!?」

「あれは…………私の所有物だ。処分の仕方は私が決める」

「リンを物扱いしてんじゃねぇぞ!」


クロウの眉間に皺がきつく刻まれる。

クロウに人の感情を教えたのはリンだ。

楽しいも悲しいも分け合って生きてきた。

誰よりも信頼し、互いが一番の理解者だった。

だからこそ、リンが魔憑きになった時は自分の手で討ちたいと願っていた。

おそらくリンも同じだと確信している。


「クロウ様っ!」


リャンの声にはっとなる。

スエンの背後でゆらりと立ち上がったリンが右腕を振りかぶっていた。

まだ衝撃が残っているのか動きがぎこちない。

リンが見ている先はクロウ。

しかし、腕による攻撃はスエンを巻き込むだろう。

クロウは舌打ちをしてスエンを押し退ける。

咄嗟にリンお顔目掛けて炎を放った。

炎の塊はリンの顔を焼き、燃え上がる。

神官の炎は、魔が燃え尽きるまでか神官本人が消そうとしない限り消えることはない。

出現と同時に体力を奪うので長く保つものではないが、神官が意識的に燃え広がれと念じれば、炎は強く燃える。


「クロ……あつい……っ」


クロウの目の前で踞って苦しんでいる魔憑きが懇願の目を向けてくる。

魔にとって天敵である炎を消してほしいと、ぶれのないリンの声で訴える。


「リン!」


スエンに喜色が宿る。

炎を正面から受け、正気に戻ったのだと思ったからだ。

しかしクロウは冷めた目でリンを見ていた。


「魔よ、それ悪手だ」


朱色の炎に魔を祓う力はない。

人の体を乗っ取った魔に朱炎を向けても火傷を負うか避けるのみ。

人の中から祓い除けることはできないのだ。

リンの口から出た言葉は魔の誘惑の他ない。


「リーを侮辱するな!」


本物のリンなら、魔に憑かれたことは恥であり、クロウの命を狙ったことは斬首すら生温い罪という筈だ。

訴える言葉は助命ではなく生奪。

魔が発した言葉は清廉であろうとするリンを汚すものだ。


「返せ! それは俺のものだ!」


リンを被う朱色の炎が白に変わる。

キラキラと金の粒子が白い炎の中で舞う。


『くそぉおおおーーーーっ!!』


憎々しげな魔の怒号が響く。

音なく燃える白炎は黒く歪な腕を焼き、長く伸びた爪を溶かした。

ボロボロと塗装が剥がれ落ちるようにリンの右腕から黒い欠片が燃えて消えていく。

黒い欠片が剥がれた痕から、元の肌色が覗かせる。

黒く染まっていた首や顔の右半分もじわじわと元の色に戻っていった。


「リン!」

「…………」


やがて炎が弱まり、元の姿に戻ったリンが横たわっている。

意識がないのか身じろぎ一つない。

変形によって右袖は破れ、生身の肌が剥き出しだ。

スエンがリンによろよろと駆け寄る。

だが、その足は五歩目を踏む前に止まった。

横から松明が飛んできて足元に突き刺さったのだ。

ギョッとしたスエンが飛んできた方向を振り返る。

視線の先にいたのはリャン。意図的に進行を妨げたのだ。

そのリャンの視線は非常に厳しく、避難すら受け付けないと言いたげだ。

スエンの横をクロウが通る。


「…………」


リンの前で足を止める。

頭の先から足までじっくり眺めて、ため息を一つ吐く。


「起きろ」


凛とした声で命じた。

それに応えるようにリンの瞼がゆっくり持ち上がる。

視界が定まらないのかぼんやりと空を見上げ、視線を左右に彷徨わせる。

視界に白が映り、それが人だとわかると表情を和らげた。


「……クロウ?」

「そうだ」

「やっと、帰って来たんだなあ」

「…………」


気だるげに立ち上がりクロウと向かい合う。

一連の動作をクロウは無表情に眺めていた。


「ただいま。ずっと、会いたかった」

「そうか。俺は……」


クロウは目を伏せた。

ずっと探し求めていた片翼が戻ってきたのに、心から喜べない。

何から始めようかと思い悩むばかりだ。


「!? クロウ様ーーっ!!」


リャンが叫ぶ。

リンの黒い爪が長く伸び、今にもクロウに届きそうだったから。

手を伸ばして走っても届かない。

リャンが着く前に黒い爪がクロウを貫くだろう。


「リーを取り戻すことだけを考えている。返してもらうぞっ!」


クロウは持っていた剣をリンの左の脇腹に突き刺した。

剣の刀身が白く光る。

淡い光が膨らみ、輝きを増す。

閃光は白い炎となって剣を伝い、傷口からリンを焼いた。


『ああああああぁぁぁーーーーっ!!』


リンはもがくが剣は抜けない。

苦しさに紛れ、クロウの肩を掴む。

クロウは動じなかった。

食い込んでいた爪はぼろぼろと崩れ、痕も残らない。

呻きを漏らす口の端から黒い靄が漏れ、白い炎に焼かれて霧散した。

やがて炎は昇華され、一帯に弾けとんだ。






しばらくの後、クロウを探しにきたルオウがぐったりと疲れきった彼らを見つけた。

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