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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
森の中
107/123

クロウ 二十 ー 23 ー

事の始まりは嵐の夜。

稀に見る程の大嵐の中、リーは所在が掴めない兵士を捜しに神殿を飛び出した。

本当だったらもっと多くの人手を出してやるべきだったが、運悪く邑を守る壁が崩れ、そちらの修復を最優先せざるを得なかった。

時間が経つ程、魔の脅威が濃くなってしまう。

邑を守護する立場として、住民が脅かされることを看過できない。

苦肉の策に、一人付けた。

小柄で正義感があるリーを慕うフォウという成人したばかりの男だ。

何もない事を祈り、二人の背中を見送った。


一刻後、帰って来たのはフォウのみ。

倒壊しそうな家にいたというハ家一家を保護する為、彼らを連れてフォウだけ先に戻ったという。

リーに頼まれて、と言われてしまえば納得せざるを得ない。

困っている人を見過ごせない性分であるリーが言いそうな事だ。


一度、近くで轟音があった。

邑の最南にある岬に雷が落ち、崖の一部が崩落したと報告を受けた。

後日より始まる採掘事業が頓挫すると、執務室付きの文官が血相を変えて喚いていた。

悪い報告は続く。

壁の修復に向かっていた者たちの所に、魔憑きが出たという。

すでに討伐済みだが何人か怪我を負ったらしい。


それから更に一刻待っても、朝になっても、南へ行った者たちが戻ってきても、リーは帰って来なかった。

何度も自ら探しに行こうとしたが、周囲から止められ叶わなかった。

正直、壁の修復に関する報告も半分上の空だった。

何より誰よりリーの行方が気になった。

いつの間にか止んでいた嵐のことなど頭の中から消え、ただリーが早く帰ってくることだけを願う。

リーが向かった北区の調査に行った者から報告を聞き、目の前が真っ暗になった。


「何者かが争った形跡があり、壁の外に……ジュジュが使用していたと思われる剣が落ちていました」


ジュジュはリーが探しに行った兵士の名だ。

共に行かなかったことを後悔している。

何故壁の外に。何故ジュジュの剣が。何故、何故……


『すぐお前の所に帰るからさ』


心配するクロウにリーは笑って言った。

リーは邑でも手練に数えられる。

そのリーが嵐の中誰かと争い、敗れて連れ去られた。

誰か、など考える迄もなく決まっている。

魔しかいない。


すぐに魔の森周辺を捜索させたが手掛かり一つ見つからず、家名持ちたちの力を借りることにした。

隔離された邑といっても外との交流を途絶えさせていない。

定期的にやってくる商人のからの僅かな情報に縋った。

商人たちは口を揃えて、知らない、と言うばかり。

手掛かり一つ見つからない。

邑中探して見つからないならば、邑の外へ探すしかない。

だが、邑は人手不足。

ただでさえ人口は少ないのに、人ひとり捜索する人手が割けるわけもなかった。

頭を抱え、頼ったのが家名持ちだった。

血を残す為の家族の他に屋敷を切り盛りする下男下女を召し抱えている家も多い。

借りを作るとわかっていながら神官の権力を使って人を出させた。

権力の行使等したくない。

だが、家格を重んじる家名持ちたちには有効な手段である。

外の探索は家名持ちたちに任せ、森の近くでずっとリーを探し続けた。


一年経っても、二年経ってもリーは帰って来なかった。

年に一度の霊祭。

魔に食われた魂を清め、天に還す祭事がある。

故人の名を札に書き、神官が炊き上げた炎に焼べることで、魔から魂が開放され天に還れるとされている。


リーがいなくなって二年目の霊祭直前にクロウは森の奥へ入った。

二年も探して見つからないのならば、リーはすでに魔に食われたのだ、と周囲が諭してもクロウは探すことを諦めなかった。

肉片でもあれば悔しくても認めざるを得ない。

手掛かりがないのならば生きている可能性があると希望を捨てられない。


森で見つけたものは、真っ黒な木々と木々に守られた黒い石碑、そしてリーが持っていた筈の赤い石だった。

赤い石はクロウがリーに贈った装飾品。

華美な意匠にすると受け取りを拒否されるので、石の表面を削り、紐を潜らせる金具を付けただけの無骨な見た目。その分赤が映え、リーに良く似合った。

リーも気に入った様子で肌身離さず付けていた。

赤い石と同じくリーが大切にしていた剣がある。

嵐の日、もちろん持ち歩いていた。

赤い石があるのに剣が見当たらない。

リーが石を落としたというなら、近くに剣があってもおかしくない。

しかし、それらしき物がないということは、剣はまだリーが持っている可能性が高い。

つまり、リーは生きている。

クロウの胸に希望が灯った。


やっと掴めた手掛かりを前に、妃選びという面倒事が発生した。

誰も選ぶ気等ない。

すでに自分の片翼を見つけたから、妃は不要だ。

リー以外を傍に置くつもり等毛頭ないのだから。

クロウには兄弟が多い。それと同じく実父の妃になった女も多かった。

妃は生涯一人しか御子を産めない。

神官の持つ血が強過ぎて、妃の体が血に耐えきれず、出産後すぐに儚くなってしまうのだ。

平民の出産でも母子共に無事でいられる割合は六割と聞くが、神官の血が混じると途端に二割近く迄下がり、神官直系になると産んだ御子に神官の能力があろうとなかろうと母体の生存率は皆無となる。

また、神官を産める母体も神官の血が混じった者でないと御子は宿らない。正しくは、血を持たない者が神官と交わった場合、孕んだと同時に栄養失調で命を失ってしまう。

邑には神官が必要だと理解している。

だが、御子を授かると引き換えに妃を亡くすことに疑問があった。

だからこそ、リーを妃にと望んでも実行できなかった。

それならば、周囲が勘違いをしている”男”として、従者という身分で傍に置くことが出来ると黙秘していた。


そんな妃候補の見極めは、候補者の一人の死亡によって頓挫した。

犯人探しをしようにも不可解なことが多すぎて特定出来ず、家名持ちたちを疑っても神殿に反目している彼らが素直に口を割るはずもない。

突破口は意外なところからあった。

妃候補であるイ家の令嬢であるアイリ。

実父の犯した罪を洗いざらい告白した上、罠にはめて捕縛した。

それにより、約半数の家名持ちたちが神殿への謀反に関わっていることが判明。

家は取り潰し、関わったものたちを追放した。

追放しても彼らにとっては悪い話ではない。

都の風習に染まり切った彼らにリオンが提唱する新しい試みが合わない。何処へなりとも行けば良いのだから。

彼らは自尊心の高い。追い出されたという事実に、今頃屈辱にまみれているだろう。


謀反の大元であるイ家のカンを追放したが、実行犯と思われる次男のサイリの姿がない。

目撃者の証言があるのだから邑の近くにいる筈なのに。

既に諸々の処分が済んだ。証言さえしてくれれば解放するつもりだった。

如何なる理由があろうと、赤髪を持つサイリを処分出来ないのだから。

イ家を失脚させることでリーを傍に置く土台は出来た。

あとはサイリから聴取をとるだけ。

どうにかサイリと接触出来ないかと思案を巡らせていた所、本人がひょっこり姿を見せた。魔が支配する森の中で。

サイリはクロウに気がつくと更に森の奥へと走っていった。

制止の声も聞かず赤褐色が揺れる背中を追った。




魔の森には時折入る。

邑の特産である木工細工や織物は魔の森の木をクロウの炎で浄化して加工する。

伐採する場所は決まっており、サイリが逃げ込んだ北側の森は足を踏み入れたことがない。

土地勘のない場所を標もなく走るのは自殺行為。

けれど、今捕まえなければ二度と捕まえられない気がして、脇目もふらずに走った。

訓練をする時の動きやすい格好をしていれば良かったが、今クロウが身につけているものは長衣。

布は足に絡まるし何より重い。

絶対的に走ることに向いていない。

だが、他の兵士に追わせることはできない。

魔の森はいるだけで生気を奪われる。

魔が苦手とする炎の使い手であるクロウだから出来る無茶だ。

暫く走っていると、小屋のような物が見えた。


「こんな所に何故……」


小屋に気を取られた隙にサイリを見失ってしまった。

サイリが走った方向に小屋があったということは、彼の隠れ家なのかもしれない。

中に入ってみることにした。

扉の前に立ち、異様な匂いに顔を顰めた。


「クロウ様ぁーー!」


松明を掲げたルオウが追いつく。

クロウを一人で森の奥へ行かせられないと判断し、外壁に常時焚かれている松明から炎を移してきたのだろう。壁のすぐ近くであろうと、炎なしに森に入るのは危険だ。

暗い森の中でも、長く白い髪を持つクロウは目立つ。

見失わず付いてこられたようだ。


「勝手な行動は止めて下さい。邑の要である自覚を持って……っ」

「すまない。だが説教は後だ」

「こちらは?」

「おそらく奴の潜伏先だろう」


ルオウも気づいたのか眉根を寄せ、手で口元を押さえた。

扉越しからでも気づける程の腐敗臭。

覚悟を決め、扉を開く。


「これは、酷い……」


予想以上の光景に唖然とした。

小屋は大人が五人寝転がれる程度の広さ。調度はない。

壁に窓はなく真っ暗だ。

松明で照らした室内は、夥しい血痕が床だけでなく壁にも散っている。

時間が経ち過ぎて触れても手に付かない程乾いている。

床には散った血の持ち主であろう女性の遺体が一つ。

既に皮膚は乾いて破れ、骨が剥き出しになっていた。

手足は千切れ、顔が判別出来ない程潰されている。

人の仕業ではないとわかる。

魔憑き、しかも動物ではない。


「もしや、行方不明になっていたイ家の下女……?」

「報告にあったな。イ家、か……なるほど」


クロウの中で断片的だった筋道が繋がった。

森の外へのリー捜索で出掛けた筈のサイリは間違いなくこの小屋にいた。

邑の外への門は神殿が管理しているが、家名持ちが住む北区の門に限り、イ家も門の鍵を所持している。

神殿側の誰にも気づかれることなく邑の内部を行き来し、ト家の令嬢のマオと逢瀬を交わすのも可能だ。

下女が森の中まで足を運んでいたのなら、当主であるカンの命以外考えられない。そうでなければ進んで森に入ろうとする筈がない。

人知れずマオを殺すことも、ミアンへの嫌がらせも、サイリなら可能である。

森の中で平気でいられるのは、イ家の血のおかげ。

イ家はどこの家より神官の血が濃い。

それ故、サイリの髪は赤いのだ。

おそらく魔に対して自衛出来うる力があるのだろう。

だが、下女を殺したのはサイリではない。

茶会に現れた人の魔憑き、彼らだろう。

取り潰した家名持ちたちは、皆リーの捜索に出掛けず、森の中の小屋に潜伏していたのだ。

報告が上がってこないわけである。


「ますますサイリから話を聞かなくてはならなくなったな」

「ですね。しかし盲点でしたな、森の北側とは」

「家名持ちが難癖を付ける筈だ」


森の木の伐採を非難し、警備の巡回を最小限にしろと苦情を言いに来た時点で、疑わなければいけなかった。

魔の森に彼らは近づかないだろうと思い込んでいた。

まさかその穴を突いてくるとは誰が思うだろう。

小屋を出て、サイリを見失った森の奥を目指す。


「ルオウ。ここのことを叔父上に報告し、人手を集めて処理しろ。小屋は潰しておけ」

「御意。ですが…………クロウ様、まさか」

「俺はこのままサイリを追う」

「いけません!」


ルオウの顔が青くなる。

いくらクロウの剣の腕が達人級且つ魔が嫌う炎が使えるからといって、一人で森の奥へ行く等無謀という他ない。

邑の長たるクロウを一人で行かせたとなると、ルオウの責任問題だ。

慌てもするだろう。


「サイリを逃すぞ」

「クロウ様をお一人で行かせられません。私が追いますのでクロウ様はお戻り……」

「お前こそ死にたいのか」


松明一つでは魔避けになっても応戦出来ない。

槍の使い手といえど、片手が塞がっていては満足にふるえるはずもない。

出来ると豪語するのは奢りだ。


「サイリ如き、颯爽と捕まえてやる。成人した男を引きずるは骨が折れるからさっさと迎えに来い」

「………………畏まりました」


長い葛藤の後、ルオウは折れた。

命令を遂行する為、踵を返して邑へ戻る。

言い出したら聞かない主君の我が侭は今に始まったことではない。


「さて。奇妙な気配がするのはあっちか」


サイリを追うのはクロウには容易かった。

予想通り、サイリは魔に対抗しうる力を持っていた。

小屋の近くから一本道のように魔が避けたような気配がある。

弱過ぎてクロウが焚いた炎とは別物だとわかる。

邑で炎が焚けるのはクロウとリオンのみ。

リオンでもなければ、消去法として他の神官になるが、魔の森に好き好んで入っていく神官がいる筈ない。

よって、先程森に逃げた赤髪を持つサイリとなる。

これを奇妙と言わずにいられようか。

事実なら都の神殿にも秘していたことになる。

知っていたらカン一家の邑行きを黙って見送る筈がない。


「すべてはサイリを捕らえてからだな」


クロウは重い長衣を脱ぎ捨て、再び走った。

奥に進むにつれて魔の気配が濃くなる。

サイリの力は強くない。というか、弱過ぎる。

早く追いつかなければ魔に侵食されてしまう恐れがある。

面倒だ、と思わないこともないが、あれでもまだ邑の住民。守ってやる義務がある。


「死ねよ、化物がーー!」


サイリの声が聞こえた。

距離は近い。

既に魔に襲われているのか、もしくは魔憑きか、いずれにしても戦っているようだ。

天に太陽が昇っているが森の中は暗い。

いつ魔に出くわしても良いように身構えながらじりじりと距離を縮める。

生憎と剣や槍などの大振りな武器を持っておらず、手元にあるのは常に袖に忍ばせていた短剣のみ。

サイリだけでなく魔に対して炎だけで立ち回れるか、やや心細い。

気配を気取られないように注意を払う。

魔に襲われて足止めされているのならば、炎で囲み逃げ場を奪うのが手っ取り早い。

神官が作る炎は人を傷つけないとわかっていても、火に飛び込むの躊躇するものだ。

近づくにつれ、サイリが誰かと一緒にいることがわかる。

言い争っているようだが、仲間かもしれない。

互いに気を取られている隙に、一瞬で朱炎を展開した。

炎に巻き込まれた枝が燃え、はらはらと散っていく。


「いい加減投降しろ、サイリ」


人が割って現れるとは予想もしなかったのか、皆クロウに釘付けだ。

サイリの他に三人。

旅人なのか、外套を被っている。

まさか魔の森で迷子というわけではないだろう。


「…………クロウ」


旅人の一人に抑揚のない声音で名を呼ばれる。

まさか、と振り返る。

いつか帰って来ると信じていた。

けれど、いざその時が来ると信じられないと叫びたくなった。

ずっと求めていた人物が目の前にいる。


「リー……っ!」


今にも泣きそうなリーがそこにいた。

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