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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
十七
106/123

リー 十七 ー 5 ー

※感受性が強い方・グロ耐性がない方は読み飛ばして下さい。

ーー白い神官を

ーー殺せ



リオンに引き合わされた日から、ずっと一緒だった。



ーー殺せ



初対面のクロウは、感情が乏しく、綺麗な人形の様だった。



ーー殺せ



初めて笑いかけてくれた日のことを今でも覚えている。

感情を表面に出すことが苦手で、ぎこちない笑顔が可笑しくて、嬉しくて、愛おしかった。



ーー殺せ



学問も剣技も何でもすぐに器用にこなせるのに、リーの手を離そうとしない甘えたで。

リーが少しでも離れようとすると必死で気を引こうとする不器用さを見せるのがくすぐったい。



ーー殺せ



命をかけて守ると誓ったただ一人の主様。

主人の為に命を使うことにならなかったけれど、彼が守る邑の為ならこの身を殺せる。



ーー殺せ!



何度も何度も、魔の声がリーの頭に響く。

耳を塞いでも振り払っても消えやしない。

当然だ。魔はリーの内にいるのだから。

魔は白炎を使うクロウに執着しているようだった。

執拗にクロウを殺せと囁いてくる。

だからこそ、リーは森から出られない。

先程のように捕われ身動きできなくなったら、魔がリーの体を使ってクロウを討つだろう。

リーの意思でなくても、リーがクロウを傷つけると同意。

堪え難かった。



ーーお前は帰るだけで良い

ーー神官を穿つのは吾

ーー彼奴の死に様を目に焼き付け

ーー後を追うが良い



「っ!?」


リーの意思に反して足が勝手に進む。

止まれと念じても止まらない。

何故と考える迄もない。

魔がリーの体を操っている。

このまま進めば魔が憑いたリーの体は邑へ着いてしまう。

魔憑きと気づかず誰かが近づいたらーー


「ーーーーっ!」


喉がヒュっと鳴った。

想像したくないことが脳裏に容易く浮かぶ。

クロウから賜ったリーの愛刀が真っ赤に染まってしまう。


「……あか」


魔は朱色が嫌いだ。

理由は知らない。

けれど紛れもない事実。

神官が生み出す朱色の炎に近づけない程嫌っている。

炎以外にも赤い物、赤い火にも避ける傾向にあるとわかっている。


「何か……」


リーは体を弄った。

クロウから贈られた赤い物はいくつかある。

朱色に染めた剣の鞘、クロウの着物の切れ端で作った赤い髪紐、赤い石の首飾り。

懐に手を入れ、赤い石を取り出す。

魔が操る蔓の四肢に巻き付いた時、伸びた蔓が胸に到達する前に止まった。

他の男たちは全身を締め上げられていたのに、リーだけ四肢迄で済んでいる。

もし、原因が赤い石なら、リーの内にいる魔にも効果があるかもしれない。

クロウから貰った物を手放すことに抵抗はある。

けれど、そんなことを言ってもいられない。

力任せに紐を引きちぎり、進行方向に石を投げた。



ーー小癪な



憎々しげな魔の声と共に、石の三歩前で足が止まる。

石は効果があったようだ。

安心している暇はない。

石の効果は一時的なもの。

魔憑きである身を邑に近づけさせない為に何をすべきか考える。

スラリと剣を抜く。

目的地へ行く為には足を使う。ならば、足を使えなくしてしまえば良い。


「っつ!」


両足の腱を切った。

立っていられなくなり、前のめりに倒れた。

痛みで頭の芯が熱くなる。

やり過ごそうとしてもズキズキと痛みが追いかけてくる。

けれど、これで暫く動けないと安心している自分もいた。

なのに、徐々に痛みが和らいでいくではないか。


「!?」


足元に血溜まりができている。

切ったはずの腱が元通りになっていた。

一緒に切り裂いた褲はそのまま。

おそるおそる足を寄せ、腱に触れる。

傷が跡形もなく治っていた。

魔憑きは驚異的な速さで怪我を修復すると聞いている。

傷を追わせてもすぐに回復し、首を落とさないと倒せない。


「やっぱり駄目か……」


魔憑きとなってしまったら、どんなに重傷を負おうとも、たちどころに治ってしまう。

もうこの身で体験してしまったのだから、足掻きようがない。

流石に落胆を隠せなかった。


「俺……魔憑きになっちまったんだな……」


ぽたぽたと涙が地面に落ちた。

つんと胸が痛い。

なのに魔はこの痛みをとってはくれなかった。

もう手段は一つしかない。

傍らの剣を握り直す。

淡い光を放つ刀身を首に当てた。

一思いにやらなければ、ただの引っ掻き傷ではすぐに修復されてしまう。

迷いを捨て、未練を捨てーー命を捨てなければ、魔を止めることはできない。

中身のないただの魔憑きなら、操られても皆が討伐してくれる。

中途半端に心を残して、もし命乞い等しようものなら、優しい人たちはリーを殺すことを躊躇うかもしれない。

そして、リーの内の魔が彼らを殺すことになる。

それだけは絶対にあってはならない。

ぐっと剣を持つ手に力を込めた。


「ぐ……っ!?」


腕は石のようにぴくりとも動こうとしない。

足と一緒だ。

リーの意思に反する。

つまり、魔が止めているのだ。



ーーこの体を殺すことは叶わぬ

ーー目的を果たす迄

ーー死ねると思うな



クロウを殺す迄、リーの体は魔に支配される、というのだ。

できようはずがない。

だからせめて自ら絶とうしたのに、それすら叶わないなんて。



ーー自由になりたければ

ーー白い神官を殺せ



なおも魔が呪いの言葉を吐く。

リーを蝕む魔の声に耳を傾ける。

不愉快な響きに吐き気がするが、打開する術を探さなければならない。


「…………白い神官を殺せば、いいんだな?」



ーーそうだ

ーー白い神官を殺せ

ーー憎んで憎んで

ーー残虐に



魔が殺したいのは白炎を操れる神官であるクロウ。

人間とは言っていない。


「わかった。ただし、取引だ」


魔に取引が通じるかわからない。

しかし魔はクロウに固執しているなら、なにがなくとも目的を達する為に応じるだろう。



『やっと見つけた』

『おまえだ』



森の奥から聞こえた、まるでリーを探していたような言葉。

多くいる人間の中で、わざわざリーを選んで捕まえたくらいだ。

クロウの一番近くにいるリーだから捕まったのだ。


「この体で、お前の言う白い神官以外の人間を殺すな」



ーー生意気な

ーーだが良いだろう

ーーその取引

ーー応じてやる



「違えるなよ」



ーーこれは、契約だ

ーー必ず神官を

ーー殺してもらう



ぐわんぐわんと響いていた魔の声が小さくなる。

取引は成功した。

あとは、少しでも遠くに行くだけだ。

剣を鞘に戻し、腰紐に刺す。

周囲をさっと見渡すと、赤い石が目に入った。

クロウから贈られた大切な石だ。


「もし、邑の誰かが見つけたら、俺が死んだって思うかな……」


赤い物はまず神官に献上される。

クロウが見たら一目でリーの持ち物だとわかる筈だ。

森の中で落ちていたのだ。

姿がなければ死んだと思うだろう。


「ごめんな、クロウ」


せっかく似合うからと贈ってくれたのに。

こんな所に置いていってしまう。



ーー何所へ行く



リーは邑とは反対方向へ走り出した。

迫ってくる木々を払い、一目散に前だけ見て。

少しでも遠くへ、クロウのいない場所へ。


「!? わ……っ!」


黒い木の森を抜け、前が開けた。

いつの間にか夜は明け、嵐が去っていた。

踏むはずだった地面はなく、足元は海。

勢いのまま、崖から海へ真っ逆さまに落ちた。

唯一手元に残っていた剣を離すまいとしっかりと腕に抱いて。

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