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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
十七
104/123

リー 十七 ー 3 ー

※残酷な描写があります。

邑の守りは神殿の管轄。

邑から外へ出る為の門の管理も神殿だ。

一ケ所だけ、神殿の管理者以外も門を開く鍵を持っている。

邑の北側に住む家名持ちの、イ家。

都で神官に次ぐ権力を持つイ家から、リオンが作った邑へ移住してきた一家。

都での威光が邑でも使えると勘違いし、邑に住む家名持ちたちをまとめている、神殿にとって政敵だ。


真っ黒な雲の合間で白い光が走る。

続いて耳を塞ぎたくなる轟音。

吹き荒れる暴風の中でも魔が住む森の木々は葉っぱ一枚たりとも落ちず、風に合わせて揺れるだけで、邑を破壊せんとする嵐でも変わらずそこにある。

この嵐の中、何故彼らが外にいるのか解せなかった。

同時に北の門を開けることが出来る人物に思い当たった。


「サイリ……!」

「サイリ『様』だろ。下賎が」


イ家のサイリなら、鍵を持ち出せても不思議ではなかった。

門を開けたのがサイリだとしたら、ジュジュに怪我を負わせたのもサイリたちだ。

暗くて顔がよく見えないが、家名持ちの子弟か彼らに仕える下男だろう。

赤褐色の髪を持つサイリだけは顔を見なくてもわかった。


「あんたら、何をしてんのかわかってんのか」

「ふん。貴様なんぞに諭されようとは、虫酸が走る。貴様が黙れば誰も知ることがない。殺れ」


サイリはくいっと顎を突き出した。

周囲の男たちが一斉に剣を抜く。

稲光を受けて閃く剣にはっとし、意識のないジュジュの前で盾になる。


「門を閉じろ、サイリ! 魔が入ってきたらあんたたちだってただでは済まないんだぞ!?」

「だからなんだ。下賎が何人死のうと僕の知ったことか。塵の始末をして何が悪い」

「塵、だと……」


家名持ちたちが南で暮らす放置街出身の住民たちを良く思っていないのは知っている。

だが、皆同じ人間だ。

同じ命を持つ者に対して吐く言葉ではない。


「無能な貴様はここで死ね。あとであの鬼児も貴様の元へ送ってやるから心配するな」


サイリの言う鬼児が誰のことかすぐに頭に浮かんだ。

神官の血に生まれながら朱色の髪と茶の瞳を持たず、そればかりか白髪と金の瞳という大陸で誰も持ち得ない色彩をしている。

異端な色を忌み、家名持ちたちは影で皮肉を込めて呼んでいる。

リーの大切な主を馬鹿にされ、更に殺害を仄めかされカッと頭に血が上った。

殆ど反射的に腰に佩いだ剣を抜いた。


ーード……ーーーーーン

ーードドドドドーーーー!!!


ほぼ同時だった。

今迄にない程の轟音が邑中に響いた。

最初の音は雷が落ちたとわかる。

二つめの音はわからない。

地響きとも壁の崩落とも似ている。

雨に全身打たれてもわかる程地面が揺れた。

ここまで大きな音がしたのなら、神殿が動いているだろう。

突然のことで驚いてしまったが、リーの状況は変わっていない。

横嬲りの雨は止む気配はなく、ジュジュは意識を失ったままだし、男たちから剣を向けられている。

だが、リーと同様に轟音と地揺れに驚いている。隙があった。

彼らの中心はサイリ。

サイリを抑えてしまえば手出しはされない。

多少乱暴な手段でも捕らえてしまえば良い。

最優先は北の門を閉めること。次にジュジュを神殿へ連れていくこと。

轟音のお陰で落ち着きを取り戻した。

剣技において、この場で最も優れているのはリー。

力押しするより速度重視でサイリだけを狙う。

身を低くして剣を構える。

泥濘んだ地面に足を取られそうだが、今が最大の好機。

相手側も同じことを考えていたのか何人かがリーに剣を振り上げながら向かってってきた。

全員を相手にするのは骨が折れる。

左から飛びかかってくる男の剣を往なし、手首を狙って柄を打ちつける。

隙をついて横から剣先を突きつけてきた男の剣を下から払い、反動をつけて横顔を蹴飛ばした。

地面が緩くて軸足に余計な力が入った為、思ったより吹っ飛ばなかった。


「くそっ。あっちを狙え!」


サイリは人の弱点を読むのが上手い。

ジュジュを庇うリーの動きを封じようとした。

動けないジュジュを狙われてはサイリまで手が届かない。

多勢に無勢、リーに分がないのは明らかだ。

早く、クロウの元へ帰らなければならないのに。



『やっと見つけた』



背中にぞくっと悪寒が走った。

ジュジュでも、サイリでも、目の前の男たちでもない、知らない不気味な声。

正体はわからない。

けれど、本能的に悪寒がする方向に剣を向けた。

門が開いている北のーー魔の森に。


「なんだ……おい、どこ見てんだよ!?」


サイリが何か喚いているが構っている余裕はない。

姿が見えない不気味な存在の気配を探ろうにも上手くいかない。

剣の先が小刻みに揺れる。それなのに手が剣の柄から離れない。

全身鳥肌が立っているのがわかる。

ばくばくと警鐘の様に鳴る心臓がうるさい。

早く逃げろと、ひしひしと命の危険を感じ取っているのに、足が竦んで動かない。

今まで魔と対峙したことは何度もある。

その時はいつも傍にクロウがいた。

今、リーはひとりだ。

クロウがいないだけで心はこれほどまでに弱るのか。

ただ、怖かった。


「……しっかりしろ。俺は、帰るんだ!」


奥歯を噛み締め、片足で地面を力強く踏んだ。

大きく息を吸って吐いて、全身を支配していた緊張から開放する。

魔に剣だけで向かうのは無謀だ。

クロウの炎が必要となる。

一刻も早く神殿へ戻り、クロウに報告せねばならない。

その前に、


「サイリ! 早く門を閉じろ! 魔が入ってくるぞ!」

「は、ははっ! いいじゃないか。このまま魔に飲まれてしまえ!」

「糞野郎がっ!」


力づくでサイリの横暴を止めようと踏み込んだ一瞬だった。


「ひ……ひぃいいいいーーーー!?」


背後から甲高い悲鳴が上がった。

振り返ると、門の向こう、森から伸びる何本もの蔓が倒れている男たちに巻き付いていた。

逃れようと男たちはもがくが、蔓は執拗に絡み付く。

頭から足迄ぐるぐるに巻き付くと、柔らかくなった地面を抉りながら、森の方へ引き込んでいく。

先程迄暴れていた男たちは抵抗しなかった。

絡め取られると同時に生気を吸われて動けなくなってしまっていた。

負の感情を好む魔に恐怖はご馳走。

餌を得た魔が宿る木々たちはゆらゆらと揺れている。嬉しいと言っている様に見えた。

新たに伸びてきた蔓が餌を求めてリーたちに襲いかかる。

逃げる者から捕まっていく。

リーは愛刀を振り、蔓の束縛から逃れている。

目の端でジュジュに蔓が絡まっていくのを捉えた。


「やめーーーーっ!」


ジュジュに向かって手を伸ばした。

目の前で連れ去られてたまるか。

邑の住民は仲間で家族だ。

ジュジュはまだ若い。将来性のある青年だ。

こんな所で死んで良い男ではない。


「貴様も逝け!」


背中を蹴られた。

姿勢を崩し、泥塗れになる。

蹴られた怒りより、ジュジュが連れ去られる焦りの方が勝った。

早く起き上がって追わなければ。

ジュジュを連れて帰らなければ。

泥に足を取られて上手く立ち上がれない。


「しま……っ!」


リーの動きを封じているのは泥ではなく黒い蔓。

四肢を絡めとられていた。

振りほどこうにも蔓はきつく巻き付き、リーを森へと引きずり込もうとしている。

踏ん張っても地面を削るだけで止まれない。

力では敵わなかった。

きりきりと食い込む蔓の所為で手の感覚がなくなっていく。

だが、クロウから賜った剣だけは離さなかった。

リーが持つ唯一の魔に対抗しうる武器だけは。

蔓は手首から腕、足首から脚へ伸び、リーを拘束していく。

体の自由が利かない。

足元から這う様に腰に巻き付いた蔓が止まった。

腕を締め上げていた蔦も同様に、肩より下に伸びない。



『おまえだ』



声と共に強い力で引っ張られた。

体が宙に浮いてしまったら踏ん張りようがない。

抵抗する術なく森に吸い込まれた。

木と木の間を滑る様に引かれる。

木に激突するが先か、魔に生気を吸われるのが早いか。

四肢は縛られ、体は宙に浮き、すごい速さで移動している。

力が入らない所為で魔に吸われているかわからない。

もがけど蔓が外れる気配はない。

神殿に、クロウが待つ場所に帰らなくてはいけないのに。


やがて景色が闇に包まれる。

森の奥まで入り込んでしまった。

激しかった雨も届かないほど生い茂った木が入り組んで暗闇を作り出している。

何も見えない。

濃い魔の気配に悪寒が止まらない。

生温い靄が頬に触れ、反射的に目を閉じた。

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