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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
十七
103/123

リー 十七 ー 2 ー

大粒の雨が肌を打つ。

乱暴に巻き上がる風に流されてうまく走れない。

しっかり踏ん張らないと体が持っていかれそうだった。


「フォウ、大丈夫か!?」

「はい。なんとか」


外套を被っているのに雨の所為で体が冷えていく。

しかも水を吸って重くなり動きづらい。

隠れていない顔面に容赦なく雨粒が当たり、目を開けていられない。

拭っても次の瞬間には再びずぶ濡れになってしまう。

息をするのも難しい。

しかも深夜。悪条件が揃いすぎている。

全速力で走って向かいたいが、暗い上、風が強すぎてそうもいかいない。

クロウから授けられた朱炎だけが拠り所だ。

神官の炎は普通の火とは違い、水に濡れても消えない。

クロウの意思で激しく燃え、儚く消える。

神殿の敷地を出て、大池の横を通って北へ向かう。

いつも静かな池も、雨粒を受け激しく波打っていた。

邑に張り巡らされている用水路に勢いよく流れ、氾濫するのも時間の問題だった。

この辺りは水はけが悪い。

雨水が溜まり畑も池になりそうだ。

今はそれより人命が優先。


「森側、だったな」

「はい。暗いですね……」


北側は家名持ちの屋敷が並んでいる。

魔が住んでいるとわかっているので、森に近い東側に屋敷を建てる者はいなかった。

民家が少ない為、家から漏れる明かりは皆無。

炎一つで視野を補う他ない。

耳を打つ雨音でフォウの呟きが聞き取りづらい。

池を越えると緩やかな登り坂になる。

東側の壁は丘の向こうにある。

畑がある以外何もない土地だった。


「明かりが……」


丘の上にぽつんと建つ一軒の家から明かりが漏れている。

地方家名持ちのハ家の家だ。

家名を持つ特権階級でありながら、地方出身というだけで都出身の家名持ちたちから蔑ろにされていた。

その所為で、彼らの屋敷から離れた丘の上に家がある。

しっかりとした造りとは言い難い家は、暴風により今にも倒壊しそうだった。

フォウと顔を見合わせ家に近づく。


「ごめんください」


カタカタ鳴いている扉を叩く。

応答はない。

風と雨で気づいていないのかもしれない。

再び扉を叩いて呼びかける。


「どちらさまでしょう」


細く開かれた扉の隙間から中年男性が顔を見せた。

この家の主であるトゥンだ。

ハ一家は神殿の催し物等あまり参加しないので、名前や顔があやふやだ。

リーも当主のトゥンしか覚えていない。


「神殿の遣いです。この雨風では一晩ここにいるのは危険です。神殿への避難をおすすめします」

「お気遣いありがとうございます。しかし、小さな子供を連れて移動するのは……」


トゥンは渋る。

ハ家の末子は五つになったばかりと記憶している。

小さな子供が暴風の中を歩くのは危険だ。

けれど、このまま放置した所為で一家が押しつぶされるのを見過ごしてしまったら目覚めが悪い。

しかも、この家は魔の森に近い。


「フォウ。子供を抱きかかえて走れるよな」

「!?」


フォウはリーが言わんとすることを即座に理解した。


「駄目です! リーさんを見張る様にクロウ様に言いつかってるんですから!」

「ジュジュを見つけたらすぐに追いつくからさ」


反対するフォウをなだめ、トゥンに向き直る。


「神殿に毛布と温かい飲み物も用意しています。南の住民はほとんど避難しているので畏まる必要もありません」

「ですが……」

「床で休むのが嫌でしたら神殿の客室を使える様に手配しますよ」

「…………わかりました」


リーが引かないと感じ取ったのか、トゥンは扉を開け、リーたちを招き入れる。

扉を開けてすぐ居間となっており、家人が揃っていた。

夫人と長子の令嬢、夫人に抱かれ不安そうにしている末子。年嵩の女性は女中だろう。

暗い部屋を照らすのは一つの火種のみ。

天井からの雨漏りで床に水たまりを作っていた。

四方から隙間風が吹き、ギシギシと壁が唸りをあげている。

雨と風で外と変わらない程家の中が冷えている。

劣悪な環境だった。下手をしたら南の住民たちの方が良い家に住んでいる。

人間に優劣等ないと声高に叫んでも、現実は追いついていないようだ。


「行きましょう。私が先導します」

「万が一の為に、大事な物だけ持って来て下さい」


神殿に援助の用意が出来ている。

身一つあれば問題ない。

特に持ち出す物はないらしく、出ようとした所、令嬢が慌てて部屋を出て行き、何かを持って戻ってきた。

布にくるまれた細長い筒状の物だ。


「それは、笛ですか?」

「……は、はい。大事な物で……」


ぎゅっと笛を胸に抱く。

この令嬢の名前は、確かミアンといっただろうか。

リオンの兄のロアンに推挙された、神官の血が混じる家名持ちの令嬢。

クロウの妃になる為に邑へ来た少女。

無意識にぎゅっと胸を抑えた。


「お嬢様。外はとても寒いです。これを被って下さい」

「は……え?」


リーは脱ぎ捨てられていた毛布を頭からミアンに被せた。

しっかり前を合わせて手で抑えさせた。

薄っぺらいがないよりましだ。


「風が強いので離さない様に。皆様も同じ様にして下さい」

「……はい」


皆が一様に毛布に包まる。

長男も顔が見えなくなる程ぐるぐる巻きにされ、フォウに抱かれている。

今にも泣きそうだが我慢してもらう他ない。

両手が塞がっているフォウの代わりにトゥンに松明を持ってもらう。


「絶対無茶しないで下さいよ」

「わかってるって」


笑ってフォウの肩を叩く。

早く出発しなければ彼らが休む時間が短くなってしまう。


「あ、あの!」


真っ赤な顔をしたミアンがリーを呼んだ。

まだ心配事があるのかと首を傾げる。


「あああ、あ、ありっ、あり……ありがとうございますっ」


突然大きな声を出されて驚いたが、一生懸命な様子に心が解れた。

妃候補というだけで身構えたが、普通の素直なお嬢さんだった。


「お礼なら無事に神殿に着いてから頂きます。そうだ、笛を一曲聴かせてくれますか?」

「は、はい!」


ミアンは強張っていて表情を緩めた。

小さく礼をして家族に続く。

最後にリーが家を出た。

水がしみ込んだ天井は重みで反り返っている。もう長くは保たないだろう。

見送った一家の歩みは早くないが止まることなく神殿へ向かっている。

リーは丘の向こうへ走った。




森を阻む壁へ辿り着いた。

強固な造り壁は激しい雨に打たれてもびくりともしていない。

森に面している壁は特に厚く作っている。

壁沿いに北へと歩く。

ジュジュの姿はない。

丘を下ると家名持ちたちの屋敷が現れる。

どの屋敷も固く扉を閉め、嵐に耐えている。

いつもは門の前で屋敷を守る下男も今夜ばかりは部屋の中にいるようだ。

轟々と打ちつける雨と時折耳に届く激しい波音と雷鳴。人の声は聞こえない。

冷えきった体が足を重くする。

悪い視界の中、必死でジュジュを探す。

いないならいないで、取り越し苦労で済むなら構わない。

見逃すことだけはしたくなかった。


「ジュジューーーー!」


名前を呼ぶ。

激し過ぎる雨でかき消されたかもしれない。

僅かの反応でもしてくれたらと声を張り上げた。

屋敷の横をいくつ通ったか。

北区の門の前迄来た。

いつも固く閉じられていて、森の外から行商が来た時にしか開かない。

その門が開いていた。

こんな嵐の夜に開いているのは不自然だ。

邑の壁と門の管理は神殿が行っているが、北の門は行商と直接取引している家名持ちも開くことが出来る。

彼らは魔との接触を極端に嫌う為、普段けして開けないことを信用して許可している。

誰が何の為に、と考えるより早く、締めなければと体が動く。


「……うぅ……っ」


門より外、すぐ近くに人が倒れていた。

革鎧を着けた格好からして家名持ちではない。

つまり、


「ジュジュ!」


リーは駆け寄った。

地面に膝を付き、倒れている人の上半身を起き上がらせる。

間違いなくジュジュだった。


「ジュジュ、ジュジュっ!」


呼吸はしているが意識がない。

暗くてよく見えないが怪我を負っているようだった。

雨とは違うぬるりとした感触を手に感じた。

冷たい地面に寝かせておいては体力を奪われる一方。

門の外は危険な魔の森。

すぐにでも運び出し、雨風が凌げる屋根がある場所へ移動させたい。

近くにあるのは門の開閉を管理する小部屋。しかし、中へ入る鍵がない。

愛用の剣以外持ってこなかったことに後悔した。

体格の良いジュジュを非力な女であるリーが神殿迄運ぶのは難しい。

せめてフォウがいれば肩に担げただろう。

人を呼ぶにしてもジュジュを放置しておけない。


「くそ……っ」


探しにきたくせに結局何も出来ない。

考えなしで無力な自分に腹が立つ。

ジュジュをこのままにするわけにいかない。

せめて壁の内側に運ばなければ、いつ魔に襲われてしまうか心配だ。

引きずればなんとか動かせる。

雨で地面がぬかるんでいる為滑りやすくなっている筈。

リーはジュジュの両脇に手を入れ、上半身を持ち上げる。

足と腰を引きずってしまうが動かせない程ではない。

雨が強くなろうが風にあおられようが構わず運ぶ。

ジュジュを助けようと必死で気にならなかった。

水を吸って柔らかくなった地面が削れて道を作る。

やっとの思いでなんとか小屋の前迄ジュジュを移動できた。

手足の先は冷たいが体の中心だけが暑く、軽く息が上がっている。

ジュジュの胸に耳を当てる。

心臓はトクトクと動いている。

まずは大丈夫と大きく息を吐いた。


「まさか、お前が釣れるとはな」


気づけば周囲を囲まれていた。

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