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朱邑魔都 〜白炎の王〜  作者: 月湖畔
十七
102/123

リー 十七 ー 1 ー

過去編突入です。

いろんな伏線回収していきますのでよろしくお願いします。

大陸の西の端。

魔が巣食う森が広がる土地の端にある小さな半島に人の集落がある。

毎日の様に魔の脅威に脅かされているが、雨風を凌げる家と温かな食事が与えられる。

けして裕福ではないが、都に居着いていた頃に比べて格段に良い生活が送れていた。

魔の森に囲まれているからと言って、暗い雰囲気はない。

時に霧が濃い朝はあるが、空は高く青い。

年に何度か黒く厚い雲が空を覆って嵐を呼ぶが、都も同じ。

大粒の雨が降り、強い風が巻き上げ、青白い稲光が空を支配する。

ただの嵐だ。

しかし、人間にとって魔に匹敵する程の脅威でもある。


薄い雲が広がっているがまだ空は青い。

しかし、神殿ではバタバタと人が走り回っていた。

神殿の文官長であるチェンの指示の元、住民が避難できるよう用意を整えている最中だ。

空の機嫌を読んで一日の天気の予測を生業としている神殿の官吏が、朝方早々にクロウに進言した。


『夕刻には大粒の雨が降るでしょう。雷が鳴り風も強く、壁の崩壊にも注意されるが良いと思われます』


クロウの執務室で一緒に聞いていたリーは、クロウが命じる前に手の空いている衛兵を集め、広間に集合させた。

今のところ魔の被害の報告はなく、予想より多い人手を確保できた。

リーの一声で人が集まる。

クロウ直属の従者という立場もあるが、何よりリーの人柄が人を動かすのだった。

そんなわけで、昼を過ぎた頃から神殿は慌ただしかった。

神殿があらかた準備ができたところで、住民への避難の呼びかけを始める。

小さな邑だ。すでに知っている者が多く、雨が降る前にと神殿へ移動する準備をすでに整えていた。

一時的なことなので、一晩を凌げる最低限の物だけを包み、神殿からの遣いが来るのをそわそわと待っていた。

神殿は常時開放されているが、内部へは警備が厳しく遊び目的で気軽に立ち入れる場所ではない。

非常事態だからこそ身構えることなく入れるのだ。

その所為か、住民たちは嵐が来るというのにややわくわくしている。

中には自宅に籠ると言う頑固者もいたが、避難は念のためのことなので強要はしない。

気をつけるようにとだけ伝えて、次の家を回る。

この役目、リーもやるつもりだった。

しかし、忙中での非常事態でクロウの機嫌が降下気味。

機嫌取りのリーがクロウの傍を離れたら、仕事どころではなくなる。

文官にとってそちらの方が大問題だった。

文官に泣きつかれたリーは仕方なくクロウの執務室で大人しく書類整理をしているのだった。


「さて。三日後より始める採掘作業の見積もりはこちらで進めますね」

「そうだな。今日の嵐で地盤が緩まなければいいが」

「それは何年もかけて調査したじゃないですか」

「まあ、怪我をしなければ問題ない」

「作業員も集まっています。といっても、前回と同じ顔ぶれですが」

「仕事は与えねばならんからな。この狭い邑では思うような働きができていないかと思うが」

「……いいえ。クロウ様とリオン様のおかげで、我々は十分な暮らしができているんです。働くことで恩に報いることができるなら何だってしますよ」


文官は最終確認をする為に、書類を持ってリオンの元へ出かけていった。

リーは手を止め、茶器を手にする。

働き詰めだったクロウの前に茶を出した。


「お疲れ様」

「うん……」


クロウはゆっくり茶碗に手を伸ばし、ゆっくり飲み込んだ。

椅子に背を預けぼんやりと手元の茶を眺めている。

他人に隙を見せようとしないクロウが珍しく気を抜いている。

いつも気難しそうに寄せられている眉間に皺がない。

リーの前だからできる顔だ。


「リー」

「ん?」


くいくいと人差し指が近くに寄れと言わんばかりに動く。

深く考えることなくクロウの隣に立った。


「疲れた」


言うと同時にリーの腰を引き寄せ、胸に顔を埋めた。


「ばっ!?」


突然の奇行にリーは慌てた。

引き離そうとしても腰をがっちり抱えられていて解けない。

子供の頃ならまだしも、成長してから体を密着させることを避けていた。

性別を偽っていることがばれてしわないか気が気でない。

子供の頃の懸念は、男女の体の構造の違いで知られてしまうこと。

そんな心配は虚しく、リーの体は中世的……女性らしく育たなかった。

男性がよく着る衣装を着てしまえば女だと見られることはない。

しかし、男性とは確実に違う。

間近で触れ合ったら見抜かれてしまうだろう。


「痛いな」

「は……?」


クロウは顔を上げて額を摩る。

胸のあたりに硬いものがあり、打つけたようだ。

それが何か思い当たる。

クロウはリーの胸元を弄り、目当てのものを探り当てた。

リーにとっては何重の意味で心臓に悪い。

衣の中から引っ張り出し、クロウは機嫌良さげに微笑った。


「ちゃんと大事に身につけてるじゃないか」

「……お前からもらったものは大事にするよ、そりゃあ」


クロウが取り出したのは紐に括られた赤い石。

一年近く前に、クロウがリーに贈ったものだ。

赤い石は貴重で、都でも高値で売り買いされる。

そして、赤ーー朱色は神官の色。

魔除けの色であり、神官の持ち物という意味で知られている。

しかも、神官から直々に賜った品である為、リーの持つ赤い石は特別な意味が込められている。

男性に贈れば、命を預ける信頼を。

女性に贈れば、心を預ける愛情を。

さらに、首飾りや指輪など身につけるものに加工して贈ると、求婚の意味を持つ。

クロウはリーを男だと思っている筈だ。

絶対な信頼を預けてくれている。そう思っているーー思わなくてはいけない。

だから、抱きつかれて動揺してはいけないのだと自分に言い聞かせた。

仲の良い者同士が肩を組んだり腕を押し付けあうなどの行為は日常的によく見られる。

変に動揺して見せたら勘繰る者だっているかもしれない。


「…………もうしばらくの辛抱だ」

「え、なにが?」

「……独り言だ」


クロウは赤い石から手を離すと、再び机に向かった。

捌く書類は無数にある。

嵐が来ようとも、クロウの仕事は際限がないのだ。


「ただいま戻りました」


入室者の声にリーは慌てて石を衣服の中に隠した。

赤というだけでクロウからの贈り物だということは誰の目からも明らか。

見られてしまうのは妙に恥ずかしい。

帰ってきた文官は両手一杯に木簡を抱えていた。

報告がてら新たな仕事を持ってきたようだ。

どさりと空いた机に荷を置くと、クロウの前に立つ。


「住民の避難ですが、三割ほど神殿の大広間に集まっているそうです」

「まだ雨は降ってないが、日が暮れる前に完了するよう通達してくれ」

「畏まりました。あと、北の方々はよろしいのですか?」


邑の北部は西側の海岸に面している為、家名持ちたちが占拠している地区である。

神殿の乏しい財力に頼らずとも家の財で生活を賄えている。

政治の中心である神殿よりよっぽど裕福な暮らしをしていた。


「放っておけ。ご自慢の屋敷に閉じ籠っておれば人的被害は出まいよ」

「御意に」


リーは窓の外を眺めた。

薄い雲がかかっているがまだ晴天。

しかし、海の向こうから湿った風に乗って、ゴロゴロと唸り声が聞こえる。

眠れない夜になりそうな予感がした。




夜半に飛び込んできた伝令にリーは大広間から飛び出した。

神殿内に自分の部屋は用意されている。ただし、本来は神官の妃が使用する部屋だ。

子供の頃、クロウに命じられて以来ずっと使っていた。

外はひどい大雨。

どこかで物が壊れた音と雷鳴が響き、睡眠どころではなかった。

部屋にいても落ち着かず、大広間で住民たちの世話をしていた。

駆け込んできた兵士の話では、崖に面した南側の壁が崩れたらしい。

邑を囲む壁は魔から身を守るための防御の要。

神官の炎が焚かれ、魔は一切邑の中に入れないようになっている。

一部が崩れたら魔を防ぐどころではない。弱点を突いて襲ってくるのは必然。

しかも、嵐の夜という、魔にとって絶好の機会だ。

迅速に対応することになった。


「ただちに修復に向かう。動ける者は俺に続け!」


武官長のルオウが兵をまとめ上げる。

その中にリーもいた。

大広間に集まっている者、神殿内の警備をする者、夜の邑を巡回している者。

皆顔見知り、大きな意味で家族だ。

もう少ししたら見回り兵の交代の時間になる。

いつもより入念な警戒をする為、人員を増やし、区画を短くした。

帰ってきたばかりの者たちには申し訳ないが、今度は壁の修復に向かわねばならない。


「あれ、ジュジュは?」


一番初めに気づいたのはリーだった。

ジュジュは今見回りを行っている年若い兵で、リーとは歳が近く、訓練時などよく話す相手だった。

次々に戻ってくる見回り兵の中にジュジュの姿がない。


「まだ帰ってきてないな」

「どこの担当だ?」

「今日は、北の森側です」

「あの辺は奴らがうるさくて森の木放置しているから、特に注意が必要な区域だ」


邑の南区に住む者たちは、家名持ちたちに良い感情を持っていない。

当然だ。

家名がないだけで下賤と呼び捨て、塵のように足蹴にする。

良い感情など持ちようがない。


「東側の奴らはもう帰って来てますよ」

「あとはジュジュだけか」

「南の壁にも早く行かないと……」


大広間の前は混乱していた。

非日常が焦りと不安を呼んでいる。

この場を仕切るルオウも幾重にも重なる声たちに判断が鈍っているようだった。

ルオウの横にいたリーはすっと挙手をする。


「じゃあ、俺がジュジュを探しにいって……」

「駄目だ」


リーの言葉を遮ったのはクロウだった。

自室にいた筈なのに、大広間の前まで来ていた。

邑の最高権力者を前に皆口を噤んで礼をとる。

クロウは真っ直ぐリーを見つめ、気だるげに腕を組んだ。


「この嵐の中お前まで安否不明になる気か」

「すぐ戻るよ。もしかしたらジュジュが異変見つけて動けなくなってるのかもしれないし」

「お前が行く必要はない。他の誰かに……」

「みんな南の壁を直しに行くんだよ。俺は力がないからそっちより足使って人探しした方がいいだろ」

「しかし……」

「壁の外には出ないって。ジュジュ見つけたら、すぐお前の所に帰るからさ」

「……せめてもうひとり連れていけ」


せっかくの人手だが神官であるクロウに逆らえる筈なく、修復組から小柄なフォウがリーに付き合うことになった。

身が軽いフォウならリーの足についていけることもあり、クロウもルオウも否とは言わなかった。

斜めに殴るように降っている暗い雨の中、二人で飛び出した。

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