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あれから1週間が過ぎて娘は夏休みに突入した。

旦那は日付を過ぎて帰って来ることはなく、だいたい21時前には帰ってきた。


会話らしい会話はほとんどない。

ただおしゃべりな娘は毎日パパが寝る前に帰って来るのが嬉しいようで楽しそうにお話していた。

そんな娘を見ると胸が痛む。

今後どうするのが良いのかわからない。

精神的にキツくてたまらなかった。


夏休みのイベントでいろいろな学年と交流しようというのが目的のキャンプに申し込んでおり、その日がきてしまった…。

一人っ子だからこそ他学年との交流をさせてあげたいと思って申し込んだのだ。

本人も楽しみにしており、今朝元気良く家を出た。


はぁ~、2泊3日娘がいないなんて…

どうしたらいいのか…

いや、今後について考えないと!!


現実逃避しそうになる。

そんな時、タイミング良く稗田さんから電話がかかってきた。

私の体調を気遣っての電話だったけど話の流れでランチに誘われたから気分転換も兼ねて素直に応じた。


自宅近くの交差点の先で待っていると目の前に車が停まった。


「お待たせ、乗って!」


窓が開き稗田さんが顔を覗かせる。

私は軽く会釈をし、車に急いで乗り込んだ。


「こんにちは、迎えにきてもらってありがとうございます。」


ニコッと微笑むと車を発進する。


「香織ちゃんって本当に無防備だよね!警戒心とか薄いのかな?」


「えっ?無防備ですか?」


「だって知り合って間もない、しかも知り合い方が特殊な男の車に警戒もせず乗ったでしょう?」


「確かに、でも稗田さんだったから…」


くくっとイジワルに笑う。


「俺が悪いヤツだったら今頃どこかに連れ込まれてるよ。」


運転をしながらニヤニヤしている。


「さすがに連れ込む相手は選ぶでしょう?それに稗田さんモテそうだし。わざわざこんなおばさん相手にしなくても!」


別に本気で言われたわけじゃないのにムキになって言い返してしまった。


「そんな事ないよ。香織ちゃん可愛いよ。なんなら本当に家に連れて帰っちゃおうかな?」


稗田さんは横目でチラリとこちらを見る。

からかわれているだけなのにドキッとしてしまった…


「冗談はもういいですよ!」


「ハハッ、田邉に聞かれたら殴られそうだ!香織ちゃん一筋だからなぁ。でも良かった、香織ちゃんの元気そうな顔が見れて。」


そうか、この前は有希に旦那の事を教えてもらった直後だったから…


「あの日はいろいろあって、ご心配おかけしました。」


私は軽く頭を下げる。


「あの日は驚いたよ。今にも倒れそうな顔してたから。さっきの電話でも元気なかったけど何かあった?」


態度に出してなかったつもりなのに気づいてたんだ。

だめだなぁ、もっとしっかりしないと…


「さあ着いたよ、この前のお店も美味しいけどこのお店も劣らず美味しいんだ。」


返事をしなかった私に深くは追求してこなかった。

きっと今日誘ってくれたのも私を気遣ってのことだろうな。

車を駐車場に停め、案内されたのは定食屋さんだった。


「良くこのお店の前を通るけど入ったことはなかったです。」


中を見渡すとサラリーマンや作業服を来た男性が多い。


「もったいないなぁ、せっかく近くに住んでるのに。本当に美味しいんだよ!」


私は日替わり定食にし、稗田さんはチキン南蛮定食を注文した。


「実はショックな事があって、この前のお店でそれを知ったから覚えてないんです。美味しかったかどうか。味もわからないくらい頭が混乱してて…」


ただ、味を覚えてないことを伝えたいだけだったのについ有希との会話を思い出してしまい目が潤む。

稗田さんは優しい目でこちらを見ていた。


「それは残念だったね。お店はいつでも開いているからまた行けばいいよ。そっか、やっぱり何かあったんだね…田邉は関係してる?」


「いえ、今回のことは私の問題です。」


そっか、田邉さんが関わってると思って心配してくれてたんだ。


「すいません、田邉さんとは関係ないことなのにご飯にまで誘っていただいて。」


「いやいや、田邉が関係してなくても香織ちゃんが元気なかったら心配だよ。俺なんかで良ければ聞くし、話せないことなら聞かないし。とにかくご飯は大事だよ!美味しいものを食べると元気になるしね!」


稗田さんってきっと周りからも慕われてるんだろうな。

知り合って間もない私にまでこんな風に優しくしてくれるなんて。


頼んだ定食はすぐに運ばれてきた。


「この前はもったいないことしたのでとりあえず食べます!いただきます。」


私が顔の前で合掌する

それを見てププっと笑いながら稗田さんも「いただきます」と合掌して食べ始めた。


日替わり定食は煮魚と唐揚げ、お味噌汁にきゅうりとワカメの酢の物があった。

どれも美味しくてペロリと食べてしまえた。


「いい食べっぷりだね。一緒に食べてて美味しいよ。」


先に食べ終わっていた稗田さんがニコニコとお茶を飲みながらこちらを眺めている。

さすがにぶりっ子するつもりはないが豪快に食べているところを見られるのは恥ずかしい…


「食後にほうじ茶を出してくれるなんて嬉しいですね。」


私はほうじ茶が好きなので出されたときには驚いた。

最近では水しかないところが多く、お茶を飲むのにもお金がかかる。


お昼時なのでお客さんが多く食べ終わるとすぐにお店を出た。


「ごちそうさまでした。いつも払ってもらってばかりですいません。」


「そこはありがとうでいいよ。俺がカッコつけたいだけだから。」


もともと気軽に男性と二人で出かけるということが皆無だった私は稗田さんみたいな人に優しくされると反応に困る。

しかも照れて可愛いという年でもない。


「ありがとうございました。」


照れを隠すために深々と頭を下げる。


「ハハハッ香織ちゃんって面白いよね。まだ時間大丈夫なら少し寄り道しない?」


「私は予定がないので大丈夫ですけど…稗田さん社長さんでしょ?大丈夫なんですか?」


そもそも社長さんってどんな仕事するんだろう?

忙しいだろうに私に付き合ってくれるなんて申し訳ない。


「社長なんて名ばかりだよ。管理はするけど主にネットだからね。パソコンと電話さえあればだいたいのことがどこでもできるよ。それに海外との交渉になると時差があって夜中とかの方がよく働いてるよ」


よくわからないけど世界の違う人だ。


近くの公園の木陰にあるベンチにきた。

稗田さんがコンビニで買ってきてくれたアイスコーヒー飲みながら暑さをしのぐ。


「暑いけど、あー暑いって思いながら外でアイスコーヒー飲むの好きなんだ。ビールだったら更に最高だけどね。」


「大人になってから夏は暑いからって外に出ないことが多くなりました。少し寒いなっていうくらい冷房入れちゃいます。」


「もったいないなぁ、どうせ冬になれば寒いんだから暑さを楽しまないと。最近の暑さは異常だけど上手く付き合ってできるだけ季節を感じたいなぁ。」


そういう発想はしたことなかったな。


「稗田さんって面白いですね。暑さを楽しむのも悪くないのかも。今日から娘が2泊3日でキャンプに参加してるんです。良い経験にはなると思うんですけど暑い中可哀想だなって思ってました。けど娘もきっと暑い中全力で楽しんでるんだろうな。」


空を見上げると雲一つなく太陽がギラギラしている。

そんな事にも今まで気づかなかった。


「そうだよ、娘さんみたいに香織ちゃんも今を楽しまないと損だよ。変なのにつきまとわれてるけど…。」


稗田さんと話している間、旦那のことを忘れてた。

今を楽しむかぁ。


「旦那が浮気してたんです。実はこの前一緒にいた神田…有希って友達が目撃してて、何度も見かけてたけど決定的な事がなかったから言えずにいたみたいです。でも若い子とホテルに入って行くところを見たらしくてあの日その事を私に教えてくれたんです。」


人の声や車の通る音が聞こえる。

少し間があって稗田さんがため息をつく。


「そっかぁー、今を楽しめなんて言ってごめん。辛いよね。」


稗田さんが私の頭を撫でてくれるから…

涙が溢れて止まらなくなった。

ハンカチを差し出してくれて、私はその好意に甘えてハンカチを受け取った。

拭いても拭いても涙が流れる。

その間もずっと稗田さんは頭を撫でてくれる。


「旦那さんには香織ちゃんが知ってること伝えた?」


私は返事ができず頷く。


「そっかぁー。頑張ったね。」


会ったばかりの私にこんな話をされても困るだろうに…

そんな素振りは全く見せずにただただ優しく隣にいてくれた。


「香織ちゃんと一緒に居たいと願う男もいるっていうのに一緒に居る男はよそ見をしちゃってるなんてね…皮肉なもんだね。」


一緒に居たいと願う男…田邉さんのことかな?

旦那はよそ見かぁ、本当によそ見だけなのかな?

よそ見と本気は違うから…

そっか、そこはきちんと確認しないといけないな。


なんだろう、感情的な私の中に冷静な私が存在する。


「私…旦那とその話をしたとき、もしも私の旦那さんが田邉さんだったら幸せだったのかなって考えたんですよっ!最低でしょ。こんな時だけ田邉さんって…しかもそうなると可愛い可愛い娘はこの世に存在してないんです。母親失格でしょ。こんな自分がイヤで嫌いです。」


私は空を見上げてみたけど涙は止まらず頬から首に流れていくばかりだった。


「田邉が聞いたら泣いて喜ぶだろうね。嫉妬しちゃうなぁ。フフっ。」


稗田さんはそんな冗談を言いながら私の肩に手を置き、自分の方に向ける。

目が合うと手で私の両頬を包み込み優しく微笑んでいる。


「幸せな方に逃げるのは決して悪いことではないと思う。旦那さんと別れて田邉と結婚することを勧めているわけじゃないよ。でもそういう風に思ってしまうことは悪いことじゃない。しかも悪いことをしたのは香織ちゃんではなく旦那さんなんだから自分を責めないであげてほしい。少しくらい現実逃避したくらい誰も責めやしないよ。受け入れて前に進めそうなときに現実に戻って向き合えばいいんだ。俺は全力で香織ちゃんの味方になるよ。」


真剣な眼差しで私の味方だと言ってくれる稗田さんはものすごく大人でかっこよかった。

私は頷き、泣き腫らした不細工な顔で笑った。


「さあ、家まで送るよ。」


そう言って待ち合わせした交差点の先まで車で送ってくれた。

私は車から降りると助手席側の窓が開いた。


「今日はありがとうございました。前を向いて先に進めそうです。」


「それは良かった。俺で良ければいつでも話を聞くし、出来ることがあればなんでも言って。忘れないで、香織ちゃんの味方だから!」


そう言うと手を降り、車を発進させて走り去って行った。

稗田さんの優しさに甘えて恥ずかしい所を晒してしまった…

はぁ、帰りたくないなぁ。

夕飯どうしよう?やる気が出ない。

娘もいないしたまにはお惣菜でも買って帰ろう。

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