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最近では梅雨も明けすっかり夏らしくなってきた。

もうすぐ娘の初めての夏休み、お母さんたちは少し大変になるので知り合いに会えばその話題が必ず出てくる。


そんな夏休み目前、久々に有希から会いたいと連絡がありランチに行くことになった。


待ち合わせは駅前の有名なチェーン店のカフェ。

大型ショッピングモールのフードコートばかり利用している私には少しオシャレ過ぎて入るのに戸惑った。

若者がいっぱい…

でも久々にカフェでコーヒー飲むから待ち合わせだけで入るのはもったいないと思い約束の1時間前には来ていた。


「お待たせ~!早かったのね、私も早めに来たつもりだったのに!」

有希は颯爽と入ってきてそう言うと私の向かいに座った。

スタイルが良く、オシャレでこのカフェに居ても何の違和感もない。


本気でヨガ教室に通おうかなぁ。


「カフェなんて久々だから早く来てのんびり過ごそうと思って。もうすぐのんびりなんてできなくなるから。」


私は夏休みに入ればのんびりカフェで過ごすことが出来ないって意味で冗談っぽく言ったつもりだったのに…


「もしかして香織…何か知ってるの?」


「えっ?何かって?夏休み?」


夏休みに何かあったかな?


「あ~、夏休みかぁ!ごめん、勘違い。」


???

良くわからないけど何かあったのかな?


「とりあえずここじゃ話せないから移動しよう。」


今日はただ夏休み前にランチ行こうってことかと思ってたけど話があったんだ。

そんなことを考えながら有希の後を追った。


有希に連れてこられたのはこれまた私が来ないような落ち着いた雰囲気の〈みやこ〉という和食のお店だった。

ひと席ひと席が区切られており半個室みたいになっている。


二人とも日替わり御膳を頼んだ。


「実は香織に話があって呼んだの。ものすごく迷ったんだけど伝えることにしたんだけど…気分のいい話じゃないの…。」


有希は真剣な顔をして真っ直ぐこちらを見ている。

何でもさらっと言ってのける有希がこんな風に言うなんて何事だろう?


「うん…」


「香織の旦那さん、菊池さんの事なんだけど私の職場と菊池さんの職場って近いじゃない?だからたまに見かけることがあるの。それで…」


旦那?

旦那の話題とは思ってなかったので驚きを隠せない。


「それ、で?」


「実は3か月ほど前からよく同じ女性と楽しそうに歩いてるのを見かけるようになって、よく見たら腕を組んでたの。」


楽しそうに、女性と?腕を組んで…

頭からサッと血の気の低く感じがした


「ほら、最近の若い子ってすぐ腕組んだりする子いるじゃない?だから心配かけてもと思って何も言わなかったんだけど…先週の金曜日って菊池さん帰り遅くなかった?」


最近の若い子?

先週の金曜日?確かに遅くなるって言われて先に寝たんだ。


「遅かった。っていうか、私、先に寝ちゃって…いつ帰ってきたんだろう…」


「先週の金曜日、私は20時過ぎに仕事が終わって帰ってたらその女性と腕を組んで歩いてる菊池さんを見かけたの。駅と逆方向に向かってたから思わず後をついて行ってみたの。」


背筋が凍るようだった…

ここまで聞いたら何となくわかる。

浮気の2文字が頭を占領する…


「お待たせいたしました。日替わり御膳です。ごゆっくりお召し上がり下さい。」


頼んでいた料理が運ばれてくる。

頼んだときはとても楽しみだったのに今はもう食べる気がしない。


「ご飯食べる前にごめん…気がきかなくて…」


「ううん、いいの。食べた後だったらきっと吐いてるかも…」


無理やり笑顔をつくり、冗談にならない冗談を言った。


「そしたらおしゃれなイタリアンレストランに入って、曖昧な情報で不安を煽るのは良くないと思って私もそのお店に入ってみたの。仲良く二人でディナーを食べてて、私もひとりじゃ変だから旦那に来てもらって。正直ただの仲良しな上司と部下って感じじゃなくもっと親密な雰囲気だった。」


「……そっか、」


「それで…食事が済んで二人はそのお店を出て近くのホテルに入って行ったの…」


ホテルに…

最近旦那と楽しく会話したのはいつだろう?

そっか…私、女の勘も働かなかったな…

自分のことばかりだった気がする。

気づいたら涙が流れていた。


「夫婦の問題だからあまり口を出すのは良くないけど、気づいてしまって見てしまったから…。私は香織の味方だから!もし必要ならうちに来て……」


有希は話し合いが必要だとか、必要なら弁護士も紹介するとか、いろいろ言ってくれてたけどもう私の思考回路は混乱していて頭に入ってこない。


食事は口に入れても砂を噛むような感覚で味もわからなかった…


支払いをするためレジに向かう。


「今日は私に奢らせて。誘ったの私だし。」


有希はそう言うと二人分の支払いをしてくれた。

私は素直に甘えることにした。

きっと断っても有希は譲らないだろうから。


「ありがとう、ごちそうさまです。」


有希にお礼を言っていると


「あれ?香織ちゃん?偶然だね~。」


振り返ると稗田さんがいた。

こんな時に会うなんて…


「こんにちは、本当に偶然ですね。」

笑顔をつくり挨拶をする。


「知り合い?」


有希が不思議そうに稗田さんを見ている。

本当なら今日、田邉さんの事を有希に話すつもりだったのに…


「はじめまして、稗田と申します。」


「はじめまして、神田と申します。香織とは高校の同級生です。」


挨拶をする二人を見ながらも私の頭の中は旦那の事でいっぱいだった。


「香織ちゃん顔色悪くない?大丈夫?」


稗田さんは心配そうに私の顔を覗き込む。

必死で笑顔をつくるけどひきつる。


「そうなんですよ~、無理に私が誘ったから体調悪いのに来てくれて。」


とっさに有希がフォローしてくれる。


「それは大変。気分悪いなら車で送っていくよ?」


「いえ、大したことないので自分で帰れます。お気遣いありがとうございます。」


稗田さんに会釈し、お店を出る。


「タクシー拾おうか?送ってく。私がこんな話したから…」


有希はいつも優しく、面倒見がよい。

私の旦那の事なのに責任を感じているようだった。


「大丈夫だよ。ありがとう、話もしてくれて。私全然気づいてなくて…」


早くひとりになりたくてその場で有希とはわかれ、バスに乗り込んだ。


どうやって帰ってきたんだろう。

気づけば家にいた。

こんなにショックなのにいつも通り洗濯した物をたたみ、アイロンをかけ、夕食の準備に取りかかっていた。


ピンポーン

インターホンがなり、モニターを見ると娘が帰ってきていた。


「ただいまぁー!」


「おかえりなさい。すごい汗!暑かったもんね~。シャワーかかろうか?」


汗びっしょりで帰ってきた娘からかばんや帽子を受け取りお風呂場へ促す。

娘の世話をしているとあっという間に時間が経つ。

小学生とはいえまだまだひとりでは難しいことが多い。


そうだ、しっかりしないと!

娘のためにも落ち着いて考えないと!

少しだけ冷静になれた気がする。


母は強し、そう、強くならねば!


夕方過ぎに有希からと夕食時には稗田さんから心配のメールが来ていた。

二人の心遣いに涙が出た。


旦那の帰りはその日も日付が変わった後だった。


いつもなら日付が変わる頃に帰っていなければ先に寝ているが、その日ばかりは起きて待っていた。


「ただいま、珍しいねこんな時間まで起きてるなんて。」


何だろう雰囲気がいつもより柔らかい。

そっか、今日も会ってたんだ。


「おかえりなさい。あなたと話がしたくて待ってたの。」


冷静に言えただろうか?

手が震える…


「その話、今じゃないとダメ?疲れたから早く寝たいんだけど?」


少し機嫌悪く答える旦那を見て気持ちが冷めていく。

私はぎゅっと拳を握った。


「誰と何をしたから話ができない程疲れたの?」


私が敢えてイジワルな質問をすると旦那の顔色が変わった。

有希を疑っていたわけじゃないけど、事実を確信し絶望した。


「見た人がいるの。3か月ほど前からあなた達を見かけてたって。」


「な、何のことを言ってるの?風呂入ってくるよ。」


態度でバレバレなのに知らないふりをする旦那に言葉が出ない。

お風呂場へ逃げ込む旦那を見てこれからどう話し合っていくのか、そもそも自分はどうしたいのかわからなくなる。


さっきまでは漠然と謝られて許して元通りって思っていた気がする。


もしも私の旦那さんが田邉さんだったら…

結婚して12年って言ってたけどあんなに真っ直ぐ愛されるなんて。

いやいや、実際結婚してないから彼の妄想なんだろうけど…

ふと、そんな事を考えてしまっている自分に嫌悪感を抱く。


だってあんな浮気するような人でも結婚していなければ可愛い娘には会えなかったのだから。

私は罪悪感や嫌悪感、そして何より今後の不安に押しつぶされそうになる。


ベッドで眠っている娘の横に潜り込み抱きしめた。

あんなこと考えるなんて…こんなママでごめんなさい…

その夜は眠れなかった。


翌朝、娘に悟られないように普通を心がけた。


彼がお風呂に逃げ込んだ後、まともに会話をしていない。

仕事に送り出すときに玄関で旦那は気まずそうにしていた。


「あなたは今後どうしたいの?私も今後どうするのが良いか考えてみる。気をつけて、いってらっしゃい。」


なかったことにはしたくなかった。

うやむやにされないよう私の意志はきちんと示して行こう。


「ママは責めないんだね。涙も流さない。」


何を言っているんだこの人は?


「泣きながら責めてほしいの?娘の前で?」


「…ごめん。いってきます。」


ハッとした顔をして旦那は逃げるように家を出て行った。


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