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それから、1日置きに田邉さんから電話があった。

だいたい昼前あたりでよくランチに誘われる。

仕事中だろうに…毎回断っている。

だけどやはり私の好みを知り尽くしており、よく『あれ好きだろう?食べに行こう』って言われ、合っている。

そんなやり取りをしている間にフランクに話せるようになった。

話しやすいのかな?田邉さんって面白くて会話が途切れない。

だからよく私も『真面目に仕事してください!』なんて茶化すことまであるくらい。


『もしもし、今日はどう?マジで会おうよ。ごはんだけだし、先輩がパスタ奢ってくれるってさ!無駄に良い店ばっか知ってるんだよ、あの人。』


後ろで『俺をディスったやつは連れていかん』って稗田さんの声がする。

フフッ、稗田さんって一見すごくクールで大人っぽいのに田邉さんといると子供っぽい。


「じゃあ稗田さんも一緒なら行きましょうか?」


ってついOKしてしまった。


『何だよ、先輩居なかったら来ないのかよ!』


「お店どこらへん?まだお昼までには時間あるしのんびり行くわ。」


田邉さんに場所を聞いて身支度を始める。

高揚している自分に気づく。

しつこいから行ってあげるだけだし、パスタなんて久々だし…


そもそもそんなにおしゃれじゃない私は体型をカバーするスカーチョと少し大きめのカットソーにアクセサリーでごまかした。


電車に乗るのも久しぶりで最寄りの駅までたった2駅だけど楽しかった。

お店は駅近くだったから駅ビルの本屋さんに入って時間を潰した。

ここの本屋さんって大きいから大抵のものがある。

自分の好きな作家さんの文庫本を2冊とお土産として娘に今はやりのシリーズの絵本を買った。


そうしているうちに着いたと連絡があり、急いでお店に向かった。

2人はすでにお店にいてパソコン見ながらなにやら話し込んでいた。


「お待たせしました。」


「やあ、こんにちは。来てくれて嬉しいよ。」


「すぐに店わかった?一本入り込んでるからな。」


2人ともスーツを着てる。

周りからすると私たちってどう見えるんだろう…?


「さあ、メニュー選んでね。」

そう言って私にメニューを差し出してくれる。

稗田さんってスゴくステキだ。

モテるんだろうなぁ、結婚してないって言ってたけど。

田邉さんはパソコンを扱っている。


「ありがとうございます。何かお勧めあります?」


「う~ん、クリーム系ならこれで、和風ならこれで…」


「香織は絶対これだよ!好きだろ?」


いきなり田邉さんが入ってきてトマトとモッツァレラのシンプルなパスタを指差した。


「え?たしかにトマトとチーズの組み合わせ好きだけど…」


ちらっと稗田さんを見ると苦笑いしている。


「じゃあ決まりだね。僕たちのはもう伝えてあるんだ。」


そう言って店員さんに注文してくれた。


「先輩、やっぱ夏川帰れないの?このやりとりがもう、うざい。」


「ハハハッ、夏川ばっかり頼ったらあいつもパンクしちゃうよ。俺たちで少しはフォローしてやらないと。」


パソコンを見ながら話をしている

忙しいのかな?

別の日にすれば良かったのに…


「悪いな、香織。海外に買い付けと交渉に行ってるやつがなかなか帰れなくて他の国との交渉をメールでしてるんだ。マジ面倒くさいよ…」


「へぇ~、海外なら英語?すごいじゃない!ちゃんと仕事してたのね。フフッ」


私なんて貿易事務のときにビジネス英語でやりとりしてたけどフォーマットがあって、当てはめるだけだったから英語で交渉はハードルが高い。


「今回のはドイツ語だよ。田邉はね英語とドイツ語とスペイン語が最近ようやくな感じかな?」


え?すごい…

仕事さぼってテキトーにしてる人かと思った!

びっくりしながら田邉さんを見ると稗田さんが笑い出した。


「香織ちゃん、思ってることが顔に出てるよ。フフッ僕たちはいろんな国との交渉のために日々語学の勉強してるんだ。で、海外に行ってる後輩の夏川は親に連れられていろんな国を点々としながら育った子でね、そんなにしゃべれない言葉の国でも何とか会話して交渉してくるんだ。もちろん僕たちとは比べものにならないくらい喋れるけどね!」


へぇ~、そんなすごい人もいるんだ。

私とは住む世界が違う…


「先輩が僕ってなんか気持ち悪いです。フツーに俺でいいでしょう?」


「え?そんなに馴れ馴れしくてもいい?」


稗田さんが私に聞いてくる。

うんうんと首を縦に振る。

まぁそんなに気にならないからいいんだけど…


「こいつね、もともと俺のこと社長って呼んでたんだよ。でも記憶がおかしくなってからは学生の頃みたいに先輩って呼ぶんだ。でも仕事に関してはそう支障がなかったし…変だよね。俺が香織ちゃんをさん付けで呼んだら怒るし…何だか俺は軽い男みたいだよね…」


軽い男って…

確かにそっちのほうが馴れ馴れしい。


「仕事は多少進度が違っても解る範囲だったんだ。それより家が違うからどこに何があるかわからなかったり、人間関係がわからないんだ。どこまで仲が良いのかわからない。」


本当に不思議だ。


「精神科や脳外科?に行かれたんですよね?そういう事ってあり得るんですか?」


「う~ん、あるにはあるらしいけどそんなに詳細ではなかったり全く知らない人のことを詳細に知ってたりもしないらしいんだ。香織ちゃんのこととか驚くほど言い当てるから。」


そうなんだ…

どういう事が頭の中で起こってるんだろう?

2重人格とも違いそうだし…


「香織を探すために親に連絡してみたら俺、結婚しないって宣言してたみたいでさ…結婚もしてないって言われてさ。そもそも結婚しないって親に宣言ってなんだよな~。」


本当だ、俺は仕事に生きる!ってことかな?

年齢的にも親からは結婚を急かされてもおかしくない時期だし、それで宣言したとか?


「香織ちゃんに会えたことが奇跡だよね。名前も一致しているし。この前香織ちゃん14年前の3月に退職って言ってたのも気になるんだ。うちが正式に動きだしたのが4月からでその前に何度か山下コーポレーションとは打ち合わせしたけど、俺たちが行くよりあちらの営業さんが来てくれる方が多かったんだよ。しかも営業の方は男性だった。」


何だろ、でも確かに会ってそうで会ってない?


「あ、私はその後友だちに誘われて介護施設で働いてました。誰かのご家族や親戚だったり?」


「俺は大学で上京してきたからもともと九州出身なんだ。だから親戚とかもこっちにはいない。」


そっか…

他に何か接点とかなかったのかな?


話しているとパスタが運ばれてきた。

いい匂い。

シンプルにトマトとモッツァレラにバジルの葉が添えられている。

田邉さんはトマトソースベースに肉厚なナスが上にのっててこれまた美味しそう。

粉チーズをかける仕様になっているらしい。

稗田さんは海鮮のペペロンチーノかな?

どれもすごく美味しそう。

こういう時友達となら一口交換が出来るのになぁって思っていたら、田邉さんが肉厚のナスに粉チーズをかけたものを私のパスタの上に置いた。

驚いて田邉さんをみると、


「ナス好きだよな?チーズと。よくこうして俺のナス食べてたよ。」


ドンピシャだ!

何でわかるの?それも調べればわかるの?

どこで?特別教えた人なんているかな?


「あ、ありがとう…びっくりしすぎて…ごめん。」


落ち着かなければ。

フォークを持つ手が微かに震える。

何で?そればっかり…


「驚くよね。田邉からはよく香織ちゃんの話を聞くよ。リアルなんだ。どこまでが合ってるのか答え合わせしたいくらい。」


ドキドキが止まらない。

今までもほぼ合っている…

私が忘れているのかな?田邉さんとどこかで会って仲良かった?


「あ、の、わた、私が忘れてる?そう言うことはありますかね?」


震えが止まらなくてフォークを置いた。

そんな私を見て稗田さんは水を手渡してくれた。

半分ほどいっきに飲む。

レモンが入っているのか爽やかな風味がする。


「香織ちゃん、落ち着いてね。たぶんだけどね、それはないと思うんだ。少なくとも俺は14年前からほぼ毎日会って仕事をしてて、こいつは好きな人が出来たとか付き合ってる人がいるとか、女の子と出かけたとか些細なこともよく話すんだ。ある日突然香織ちゃんの話をしだして今や毎日のように。そんだけ好きなら今まで聞いたことないなんて有り得ないと思う。きっとこいつの頭の中で何かが起こってるんだ。」


田邉さんの頭の中で何か…?

でも検査も異常なし。


「香織は本当に知らないんだよな。俺は良く知ってるのに。」


「せっかく美味しいパスタだから食べよう。それで…もし香織ちゃんが迷惑でなければ…今度一緒に病院に行ってもらえないかな?田邉の話がどこまで詳細かって。」


病院…正直怖い。

でもこんなことずっと続けるわけにもいかないし。


「怖いです。何を聞かされるのかとか、本当に…田邉さんって悪い人ではないのかなってわかります。初めから親近感みたいな、不思議な感じはあります。だけど、知れば知るほど怖い…」


「香織…」


「良ければでいいし、もう嫌なら田邉とは連絡取らなくても大丈夫だよ。俺たちに強制する権利はないし香織ちゃんも従う義務はない。旦那さんもお子さんもいるし…ただ、助けてやってほしいと思う。」


助ける…

その場で返事ができずに保留にしてもらった。

それからパスタを食べ、仕事中だから2人は会社へ帰って行った。

車で送ると言ってもらったけど一人になって考えたかったから断った。


どうしよう…

別に病院に行ってお医者さんと話をするだけ。

そうだよね、話をするだけ。

あれから1週間、田邉さんからも稗田さんからも連絡はない。

たぶん怖いと言ったから。

『助けてやってほしいと思う。』

稗田さんの言葉が頭に張り付いて離れない。


そんな風に考えていても日々は過ぎていく。週の半分、旦那は日付を越えないと帰って来ないし、娘は新しいことを教わって帰ってくる。

お稽古も始めた。本人が希望したから。

お友達と同じ硬筆と習字教室で、まだ硬筆での書き順や字の形などを習っているようだ。

幼稚園からピアノもしており練習に付き合ったりしている。

このまま田邉さんのことは忘れようとした。

でも気づけば考えている。

だから……思い切って踏み出してみた。

どうせ考えてしまうなら病院に行ってみよう!

また悩み始める前に勢いで稗田さんに電話した。

でも忙しいのか留守電に切り替わった。


「もしもし、菊池香織です。お忙しいところすいません。あの、私…病院行って先生とお話してみます。良ければ一緒に行っていただけませんか?お手透きなときにメールでも構いませんので返信お願いします。」


ドキドキしたぁ

でも何だかスッキリした。


その日の午後に稗田さんからメールが来た。


『電話ありがとう。午前中に留守電聞いてたのに返信が遅くなって申し訳ない。お子さんが帰ってたらいけないからメールにしたよ。担当の医者が火曜日の午前中が外来日なんだけど都合の良い日はありますか?予約を取るので連絡下さい。こちらはいつでも都合を合わせられるので一緒に行こうね。稗田』


火曜日か、今日が木曜日だから来週とか取れるのかな?

夏休みが始まるから来週か再来週しかない。


『お仕事お疲れ様です。私は来週か再来週の火曜日であれば大丈夫です。その後は9月にならないと都合がつきません。急ですいません。稗田さんが一緒だと心強いです。ありがとうございます。菊池』と返信した。


田邉さんは…勿論、来るよね?

正直怖いって言ってしまって傷ついた顔してたから気まずい。


その日の夕方、また稗田さんからメールが来た。

『早速来週の火曜日に11時に予約できました。○×病院です。当日は迎えに行きます。本当にありがとう。香織ちゃんからお疲れ様って言ってもらえたらいっきに疲れが吹っ飛んだよ。火曜日にまた連絡するね。稗田』


稗田さんはたまに歯が浮く様な事をさらっと言う。

きっと人タラシな人だ。

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