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「香織ちゃん。」


ドキドキしながらあれこれ考えていたら後ろから稗田さんの声がした。

久しぶりに聞く声にまた胸が締めつけられる。

振り返るとネクタイをしてなくて胸元をはだけさせたままの稗田さんが立っていた。


「こんばんは。お久しぶりです。良かったらどうぞ。」


私の向かいの席へ促した。


「ありがとう。香織ちゃん、こんな時間にどうしたの?何かあった?」


そっか、きっと旦那も娘も置いて出てきたと思っているに違いない。


「あの、とりあえず車の鍵、夏川くんが置いて行きました。そして事務所に戻るって言ってました。」


「あぁ、うん。俺にもメールが来てた。ありがとう。」


鍵を手渡すと手が触れて、稗田さんはそのまま私の手を握った。

口から心臓が飛び出るかと思うくらい心臓が跳ね、手を離すことが出来なかった。


「あの…なんて話したらいいか、夏川くんとは仲良くなって友達みたいな感覚で…その、まんまと引っかかったっていうか…騙されたというか、流されたというか…」


少し不安げに私を見ていた稗田さんの顔が笑顔になった。

それだけで私は目に涙が湧きあがってきた。


「フフッ香織ちゃんは相変わらず面白いね。大丈夫、変な疑いは持ってないよ。」


更にぎゅっと手を握られる、その稗田さんの手は冷えていた。


「あの…私、こんな所で言うのも変ですけど、娘もいて、こんな年だし…でも私、好きです。稗田さんの事が。」


遂に言ってしまった。

それと同時に涙が溢れた。一度溢れだすと次から次へと流れ出てくる。

稗田さんはそんな私をすごく驚いた顔して見ていた。


「とりあえず、出よう。車に行こう。」


稗田さんは立ち上がり、握ったままの私の手を引いて出入り口へ向かった。。

ファミレスから出るため稗田さん何も飲んでないのに会計まで済ませてくれた。


「車はどこにあるの?」


「あ、出て左側だったと思います。」


そういうと足早に手を引かれ車へ向かった。

稗田さんは車をすぐに見つけて私を助手席に押し込むように座らせた。

自分も運転席に座ると、腕を引かれ抱きしめられた。

稗田さんの体は少し震えているように感じた。

久しぶりに嗅ぐ稗田さんの匂い、思わず私も抱きしめ返していた。


「はぁ、やっぱり君は…人の気も知らないで…」


「ごめんなさい。迷惑なのも充分承知してます。また稗田さんの優しさに甘えてこんなこと…」


涙が溢れて止まらなかった。

好きだと伝えてどうしたかったんだろう。

どうなりたかったんだろう…


「今日は?ご主人は?帰らなくていいの?」


私は頷き離れようとすると、稗田さんに力強く抱きしめられてて離れられなかった。


「先日り、り…こんしました。あの時、稗田さんが夜来てくれてた日、あの夜に離婚したいって申し出たんです。だからあの時楽しそうに話してたけど実は離婚しようって話し合ったあとだったんです。」


私の話を聞いて稗田さんは深くため息をついた。

そしてようやく体が離れたと思ったら後頭部を掴まれ強引にキスをされた。

稗田さんの舌が私の口内に入ってきて私はそれに応えるのに必死だった。


どのくらいキスをしてたのだろう。

私の涙はいつの間にか止まっていた。

後頭部の手はまだ離してくれずおでこにおでこをくっつけてきた。


「フフッ、香織ちゃん、俺も、俺も好きだよ。」


稗田さんがそんなこと言うからまた涙が出て止まらなくなった。


「泣かないで。ねっ?」


「うっうぅ、はい…」


私は頷いて返事はするものの涙が止まらなかった。

そんな私を笑いながらも頭を撫でてくれた。


「夏川は離婚のこと知ってたんだね。」


私は慌てて頭を横に振った。


「指輪してないって気づかれたんです。それで昼間に話ました…本当は言うつもりなかったのに…」


稗田さんは優しく両手で私の顔を包み込んだ。


「そっか、田邉も知ってるの?」


私はまた頭を横に振った。


「そう、田邉には内緒がいいかもね。どんな風に突っ走るかわからないから。俺には?俺にも内緒にしておくつもりだった?」


頷きづらかったけど、ゆっくり頷いた。


「はぁ、香織ちゃんひどいなぁ。でも教えてくれたし、好きっても言ってくれた。聞かなかったことになんかしないからね。もう逃がすつもりもないよ。」


少し怒ってるのかな?真剣な顔でそう言われ、また抱きしめられた。

私の心は追いついていかなくてドキドキしっぱなしだった。

憧れの存在、キラキラした思い出、決して手に入れることの出来ない人だと思ってた。


「あっ、そうだ!飲み物しか頼んでなかったけどご飯食べたの?何時までならOK?」


「娘は有希の家にお泊まりに行ってます。だから時間は大丈夫です。ご飯はまだ食べてないです。」


そう答えると、稗田さんは体を離してチュッと私にキスをすると前を向きエンジンをかけた。


「コンビニでもいい?何か食べたいものとかあった?」


「へっ?あ、いえ…何でも大丈夫です。あの、どこへ行くんですか?」


稗田さんはニコニコしながら車を発進させた。


「フフッ、俺の家のつもりだったけど?ホテルのほうがいい?」


また更にドキドキして心臓が止まりそう…

家って、家って…

いや、急すぎないかな?そもそも私と稗田さんってそういう関係になっちゃったのかな?

無意識に膝の上でぎゅーっと拳を握ってたみたいでその拳に稗田さんの左手がそっと置かれる。

びっくりして手を引こうとするとその手をぎゅっと握られ私も握り返した。


「フフッ、そんなに緊張しなくても取って食べたりしないよ。怖い?帰ったほうがいい?」


私は咄嗟に頭を横に振った。

でもそれじゃあ一緒にいたいって言ってるみたいだ。

いや、一緒にはいたいんだけど…


それからコンビニによってサンドイッチやサラダチキンなど軽く食べられるものとビールを飲もうってビールも買った。

それと、私のお泊まりセットも…


稗田さんの部屋は相変わらず小物が多く、以前より少し洋服が散乱していた。


「まさか今日、香織ちゃんが来てくれるなんて思ってなくて散らかしたままでごめんね。だらしない所見られちゃったな…」


そう言いつつ洋服を急いで回収していた。

その姿があまりに可愛いくて笑ってしまった。


「フフッやっと笑ってくれた。顔が強張ってたからどうしようかなってずっと考えてた。ハハハッ」


稗田さんは嬉しそうに笑いながら部屋をある程度片付けた。


「夏川くんから稗田さんが荒れてるって聞きました。」


「あぁ、アイツ…ハハッ恥ずかしいなぁ。香織ちゃんがご主人とラブラブだったと思って凹んでた。可愛いくて仕方がないのにどう頑張っても結婚してる香織ちゃんは手には入らないし、しかもご主人と上手くいってるなら尚更、あまり連絡するのもいけないなって。」


ソファに座ってる私の横に座り頭を肩にもたれてきた。


「ねぇ、香織ちゃん、キスして。」


甘い…甘い稗田さんにクラクラ酔いそうだ。


稗田さんは私の手を握り、肩にもたれたまま上目遣いで私を見つめる。

その目に吸い寄せられるように私はキスをした。

考えてみたら私から誰かにキスをするなんて経験はほとんどない。

いつも受け身だったし、キスしてって言われたこともなかった。

恥ずかしい…すぐに顔を離して俯いた。


「それだけ?ケチっ。フフッ香織ちゃん可愛い。」


「あっ、すいません…こんな、初めてで…」


わざと驚いたように頭を上げて

「キスが?」って聞かれた。


「いえ、その、自分からするっていうのがです…あの、ごめんなさい、私そんなに稗田さんみたいに上手くできない…」


こんなに私は緊張してるのに稗田さんは何がそんなにおかしいのか笑っている。


「ハハッ、ごめんね、笑うつもりはなかったんだけど…プププッ」


そんな稗田さんを見て腹が立ちソファの下に降りてコンビニの袋からサンドイッチを取り出した。

ビールを開けてサンドイッチを食べようかとしたとき、後ろから抱きしめられた。


「ごめん、あまりに可愛いくて。それにこの状況、嬉しすぎて夢みたい。俺のところに来てくれてありがとう。」


それは私のセリフだ。

こんな私を本当に好きなのだろうか?騙されてる?夢のような出来事すぎる


「私こそ、夢みたいで実感もありません。まさか稗田さんが…他に可愛くてお似合いの子なんて沢山いるのに…理解出来ません。」


私は稗田さんの腕を抱きしめた。


「フフッ理解出来ません、か…困ったな。こんなにドキドキしてるのに…聞こえない?」


背中に神経を集中させてみると確かに稗田さんも私と同じくらいドキドキしている。


「はぁ、私どうしよう。こんなの困ります。これからどうしたいとか、お付き合いするつもりとか全くなかったんです。すごくキラキラした思い出としてしまっておくつもりだったのに。」


何故だかまた涙が溢れてきた。


「香織ちゃんって泣き虫だよね。俺のことしまっておいてひとりで頑張るつもりだったの?それとも誰かいい人探すつもりだったの?」


私は声も出ず、ただ頭を横に振った。

私は娘を立派に育てるために頑張って自立しようとしか考えてなかった。

再婚はしない=お付き合いもしないってどこかで思っていたから。


「私、娘がいます。その子にはパパもいて離婚はしましたけど娘からパパを奪うつもりはありません。うぅ、離れることで上手くやっていけると思っているので、ズズッ、今後も会って出かけたりもすると思います…う、うぅ…再婚とかも…」


「わかったよ。香織ちゃん、泣かないで。そこはきちんと理解していくよ。嫉妬もするし独占欲もわくけど、その時その時解決していけばいいよ。お互いが誠実に向き合っていれば大丈夫。好きだよ、俺と真剣にお付き合いしてくれませんか。」 


「はい。私で良ければよろしくお願いします。」


理解してくれると言った稗田さんを信じてみよう。


「じゃあビールで乾杯だね。」


そういって乾杯した。

稗田さんはご飯を済ませていたみたいで私がサンドイッチを食べている間にサラダチキンも切ってきてくれた。

前から少し思っていたけど、稗田さんって距離感がないのかすぐに肩が当たりそうなくらい近くに座っている。

そこがまた緊張する。いつまでもドキドキが止まらない。


「はぁ、久々に楽しいお酒だよ。」


「フフッ最近よくお酒飲まれてたって聞きましたよ。一度電話もくれましたよね?あの時取れなくて、アナウンスに話かけてたって夏川くん言ってましたよ。何て話してたんでしょうね?」


「あれは…恥ずかしいな…記憶があるから尚更…あんな時間に電話してごめんね。あの時は大丈夫だったの?」


「はい。大丈夫でしたよ。酔ってる稗田さん貴重なんで是非聞きたかったなぁ。フフッ、普段お酒飲まないのでビール1本で酔ってきちゃいました。」


顔が熱くてフワフワしてきた。


「顔が赤くなってる。可愛い。しかも酔ったなんていやらしいね。フフッ」


そう言いながら私の腰に腕を回してくる。

そんな稗田さんも顔が赤くて酔ってる?

笑顔も爽やかというより力が抜けてる感じだ。


「稗田さんこそ酔ってますよね?」


「フフッ、2人とも弱いなんて、丁度いいね。フフッ…本当に香織ちゃんがいるのがすごいなぁ。」


そんなこと言いながらナチュラルに押し倒されキスをされる。ほろ苦いビールの味だった。

涙が出てきそうなのをぐっと我慢した。

泣いてしまうと前のように稗田さんきっとやめてしまうから…


キスから耳へと移動し、耳元で何度も「好き」って囁くからやっぱり涙が止められず流れ出てしまった。

そしたら稗田さん、「泣いても今日はやめないよ」ってささやき、耳から首筋へキスをしていった。


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