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イタリア…行ったこともないなぁ。
「そうなんだね。イタリアはまた遠いね。今度は1週間で帰ってくるの?日本にいるより海外にいるほうが長いんじゃない?」
「はい、でもやっぱり日本は居心地がいいんで長くいるとどこにも行きたくなくなるので出来るだけいろいろ飛び回ってます。幸い社長も許可してくれますしね。」
夏川くんってすごいなぁ。
まぶしい。
「私は海外なんて行ったことないから…」
「田邉さんから聞いたことがあります。香織さんは海外苦手なんですよね?もしよかったらお茶しません?ご存知の通りなんで下心はないですよ。」
あまりにも田邉さんの話題をさらっとするから驚いたけどイタズラっ子のように笑うからついこちらも笑って頷いてしまう。
「じゃあショッピングモールに戻る?」
「はい、1階にカフェありましたよね?」
人懐っこい感じがどこに行っても可愛がられる秘訣なんだろうな。
海外の話を聞きながらカフェまで移動した。
「香織さん、まず僕謝らないといけないことがあって…田邉さんが僕のこと忘れてるって知って戸惑ってる所にその本人が電話してきて僕に香織さんの話をしきりにするんです。知らなかったとは言え時差なんかお構いなしに仕事中であろうが電話してきたんですよ、あの男!無神経ですよね!でもその恨みを全て会ったことがなかった香織さんにぶつけてました。口に出して言えないことを本気で願ってたときもあって…本当にごめんなさい。実際会ってみて罪悪感で押しつぶされそうです。香織さんも被害者なのに…」
夏川くんの言葉は衝撃的だったけど何故か笑える。
「ププッ夏川くんって可愛いわね。言わなきゃわからないのに。あっ、その口に出して言えないことは本当に口に出さないでね。立ち直れる自信もないから。フフッ可笑しい。許す!これで罪悪感はゼロね。私も知らない所であなたを傷つけてたことごめんなさい。のこのこと田邉さんの家にあがったり…」
「えっ?それって香織さんのせいじゃないですよね?それもこれも全てあの男のせいですよ!良かった。許してもらえなかったらってドキドキしてました。香織さんモテるの納得です。今の許す!に惚れました。」
「私モテないけど?どちらかというと夏川くんの方がモテるんじゃない?」
「はい。海外では特にモテます、男に。でも好きな人に振り向いてもらえないなら意味がないですからね…あの男め…」
「あの男…憎めない感じがムカつくのよね。自己中だし。」
冗談混じりに田邉さんをディスり合った。
こうやって夏川くんと話ができて良かった。
「僕、自分がゲイだって気づいたのが高校生の頃だったんです。その時は受け入れきれなくていろんな女性と関係を持ちました。でも全然ダメで…弘人、田邉さんとは今の会社に入って出会ったんですけど気持ち悪がられることが多いので初対面のときにカミングアウトしたんです。そしたら、だから?って顔されました。その顔に惚れちゃったんですよね。」
田邉さんっぽい。
そして本当に気持ち悪いって思わなかったんだろうな。
「それから片思い3年半です。彼女できてもすぐふられてるしでよく飲みに付き合わされて…その日もベロベロに酔って歩けないくらい。だから仕方なくホテルまで運んで帰るつもりだったんですけど、ベッドに寝かせて帰る僕に『もうこの際夏川にしようかな、可愛いし』って、言ったんです。人の気も知らないでって腹が立ちました。だから無理やり襲ってやったんです。」
夏川くんがあまりにドヤ顔するから吹き出して笑ってしまった。
「それって、でも田邉さん力強そうなのに。」
「僕だって男ですし海外にいたら襲われかけることもあるんでそれなりに鍛えてますよ。」
力こぶを作ってみせてくれるけどスーツの上からじゃ全く説得力はない。
でもあの日、田邉さんにつかみかかった時少し持ち上げてたもんなぁ。
「フフッ逞しいわね。それで?それから田邉さんと?」
「はい。朝、目が覚めてかなり狼狽えてましたし記憶も曖昧だったんですよ…だから、可愛いって襲われたって嘘ついたんです。タイミング悪く次の日から海外で、帰ってきたら真剣な顔して謝られました……本当のことを教えてあげて、もうベロベロに飲み過ぎるなって忠告したりして。本音は…謝られたことで傷ついてたんですけどね。」
私はうんうんって頷きながら話をきいていたら、今まで楽しそうに笑って話していた夏川くんの目から涙が流れ落ちた。
「あの人、本当のこと言うとすっごいホッとした顔して、無理やり抑えつけたんじゃなくて良かったって言ったんです…自分が抑えつけられたっていうのに。そして、僕のこと可愛いって、真剣に付き合ってみないかって、言ってくれたんです。」
涙が止まらない夏川くんにハンカチを差し出す。
そういえば稗田さんのハンカチ、私も借りっぱなしだったな。
「そっか、夏川くんが海外に行ってる間に真剣に考えてたんだろうね。田邉さんっぽい。それから10年かぁ。好きになると、とことん一途になるんだろうね。なんで忘れちゃうかなぁ。」
「はい。でも僕、不安だったんです。もともと弘人はゲイじゃないし、いつかやっぱり女性がいいって思う日が来るんじゃないかって…僕じゃ子供も産めないし…でも弘人は、日本では同性の婚姻は認められてはないけど地区によってパートナーシップ宣言って、申請すれば認定してくれる制度があって、それを利用して家族になろうってプロポーズしてくれたんです。嬉しかったのに、なのに、僕返事できなくて…最後に電話で話したときに女性と結婚して子供作って、誰からも認められる幸せな道もあるって言ってしまったんですよね。そしたら僕…忘れられちゃいました。ヘヘッ…うぅ…」
笑いながら話してるけど目からは涙が流れて止まらなかった。
私は隣に座り稗田さんがしてくれた時のように頭を撫でた。
夏川くんは「少しだけすいません」って言って私の肩に顔をうずめてしばらく泣いていた。
私は「辛いよね…」ってしか言ってあげることも出来ず絶えずよしよし頭を撫でるしか出来なかった。
夏川くんはしばらくすると落ち着いて頭を上げたかと思ったら意地悪な笑顔で「噂通り危機感薄々ですね、香織さん」って言われてしまった。
きっと照れ隠しなんだろうけど…
怒ったフリして向かいの席に移動する。
「そもそも下心ないって宣言してたじゃない。」
「ハハハッお人好しですよ、香織さん。下心ある人が下心あるって言わないでしょ。帰ったらしょぼくれてる2人に香織さんに胸を借りたって自慢しちゃおっ。」
もういつもの夏川くんに戻ってる。
「ねぇ、香織さんに旦那さんいるの知ってるし、こんな事言うと困らせるってわかってるけど…社長かなり落ちてますよ。原因って香織さんですよね?弘人の手前、香織さんの話題はあまりしないんですけど、2人になると良く話してましたよ。この前3人でご飯食べたときなんてキモイぐらいはしゃいでましたし…でもここ何日か香織さんの話題を一切しないし元気ないし。弘人はいつものことだけど…」
そんな話を聞いて喜んでる自分がいた。
私のことで落ち込んでくれてたの?
いつもの日常をいつも通り過ごしてるかと思ってた。
「うん、きっとそうなんだと思う。でももう気にしてないのかと思ってた…夏川くん、稗田さんにこの前はごめんなさいって伝えてくれない?私、稗田さんのおかげでがんばれましたって。今の私は旦那もいるし連絡するべきじゃないと思う。宜しくお願いします。」
「はい、了解です。自慢ついでにお伝えしますね。僕一人っ子なんですけど、香織さん頼れるお姉さんみたいで話してたら元気になるんです。またご飯とか誘ってもいいですか?連絡先教えて下さい。」
お姉さん…なんか微妙に怒られそうな響きだ…
「私で良ければ。あっ、でも近々仕事をはじめるから今みたいに都合が付きにくいかもしれないけど…」
「へー仕事始めるんですね。何の仕事ですか?」
「訪問介護はどうかって誘ってもらえててしてみようかと思ってるの。あと家事代行とか。」
「え?じゃあ家事代行とかは僕でも利用できる?香織さん指名しちゃおうかな。部屋片付けて欲しいです。」
「ハハッ夏川くんの家も2人みたいに小物がゴロゴロありそうね。でもキャバクラじゃないし指名はどうだろう?」
「へぇ~、2人って…社長の家にも行ったんですね。なかなか自分のテリトリーに入れない人なのに怪しい…って、僕大人なんで詮索はしませんけどね。ただ、社長を傷つけたら怒りますよ!」
そう冗談っぽく怒られてから夏川くんとは連絡先を交換して別れた。
傷つけてるのかな?
離婚もしてないのに稗田さんに甘えすぎたのかな。
浮気の共犯者にしちゃったし…
稗田さん、落ち込んでるんだ。どうしよう。
会いたくてたまらなくなった。
ダメだ。まずは目の前の事に誠実にならなきゃ。
離婚するに当たって自分で決めたルール、娘を第一に。もう私しか居ないから…私が傷つけることはしない。
だから今は娘の心のフォローも含めて新しい生活の準備を万端にしないと。
自分に言い聞かせると、買い物をして家に帰った。
家に帰り着くと何となく予想してたけど田邉さんから電話があった。
『おい、夏川に胸を貸したってどういうことだよ。』
「久しぶりね、田邉さん。挨拶もなしに開口一番おいって、社会人としてどうなの?たまたま会ったのよ。夏川くん可愛いからついね、フフッ」
笑って勘違いしそうな風にわざと言ってみた。
『ついって…ダメだろう。いや、あいつは俺一筋なはずだからな、うん…。先輩も電話しようとしたら全力で止めにかかるし…何だよ。避けられてる?』
ハハッ、すねてる。
「冗談よ。夏川くんは俺一筋なはずって…自惚れすぎよ?しかも避けてないし。夏川くんに遠慮してるだけよ。」
『ならいいけど…いつの間に仲良くなったんだ?連絡先交換もしたって自慢してたぞ。』
「本当に自慢したんだ。フフッ、夏川くんいい子じゃない。大切にしてあげてよ。」
『あ、あぁ。わかってる…わかってるけど、香織から言われるのは少しキツイわ。正直まだ気持ちが追い付かなくてそばにいてやることしかできない。でも出来るだけそばにいるよ。』
「ねぇ、夏川くんそこにいないわよね?」
『え?あ、あぁ。先輩がうるさいから外に出てきてる。俺の気持ちは無視かよっ。』
「なら良かった。無視ではないわよ。私だって旦那も子どももいるんだし出来るだけ話をするくらいしか…。ただ夏川くんがいるってわかった以上は頻繁に会うのもいけないと思う。しかも忘れてるかもしれないけど家で襲われかけましたし!」
『あ、あの時は本当にごめん。もう無理にはしないから…また会おうよ。』
「じゃあ信用もないので夏川くんと3人で!」
夏川くんと田邉さんは同じだと稗田さんは言ってたな。
ある日突然好きだった人に忘れられてしまった…
神様、私たちはどうしたら幸せになれるの?
その日の晩に夏川くんからメールが届いた。
『こんばんは。あれから早速香織さんの話したら弘人かなり焦ってました!ムカついたんで誤解させときました。でも電話あったでしょう?社長にはきちんと事実を伝えてますので心配しないで下さいね。あと、伝言も伝えてます。自分でメールすればいいのに(頑張れたなら応援したかいがあった。良かったね)だそうです。実は今僕の横で珍しくお酒飲んでますよ。夜中も仕事の電話とかあるんでめったにお酒飲まないのに。ではまた、イタリアから戻ったらご飯付き合って下さいね!夏川』
よくしゃべる夏川くんらしいメールだ。
稗田さんへの想いは気づかないフリをしよう。
でなければ涙が出てしまう。
『こんばんは。田邉さんからは電話があったので今度は3人でご飯行きましょうって言っておきました!イタリア、気をつけて!またね。菊池』
返信をした時、視線を感じて顔をあげたらお風呂から上がった旦那が私を見ていた。
私今、どんな顔をしてただろう。
「香織、大丈夫?顔色が悪いよ?」
「あ、ううん、大丈夫。ごめんね。あっ、そうだ、今日も家を見てきたのよ。」
気まずくて話題を変えた。
もう離婚前提だし、稗田さんのような男性がいることは伝えてたけどやはり旦那に見られると罪悪感がある…
「へぇ、どうだった?」
「少し予算オーバーかな。オートロックだしセキュリティー面では鍵は防犯のだし、窓にも一つずつストッパー付いてて良かったんだけどね。毎月支払う家賃だから高めだとやっぱり先が不安で無理かな。」
毎月1万円プラスで払うならその分貯金しておかないとって思ってしまう。
「じゃあさ、養育費にオーバー分プラスするよ。可愛い娘には安全な所で生活してもらいたいから。じゃあそこはなら学校とか大丈夫そう?」
「えっ?通学には問題無さそうだけどプラスするって悪いわよ。」
「香織の為じゃないよ。香澄の為だから悪くなんて思う必要ないよね?父親として当然だし。」
そんな事言われたら頷くしかない…
本当に自立しようと思ってるのに!
でも正直ありがたい…早く安定したらその分のプラスは減らしてもらえばいいんだしね!
自分に言い聞かせる。




