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稗田さんだ!
あっ、夏川さん!そうだこの男性は夏川さんだ!
「こんにちは、偶然だね。」
「こんにちは、以前お会いした夏川です。以前はお見苦しい所を見せてしまってすいません。」
「こんにちは。こんなところで会うなんて、お仕事ですか?」
本当に偶然だ!
夏川さん、スーツ着てたら印象が少し違う。
私服のときよりしっかりして見える。
「僕たち今からご飯行くところなんですけど良かったら一緒にどうですか?社長、いいでしょ!?」
「あぁ、香織ちゃんさえ良ければ。」
ちょっと気まずい…
返事を渋っていると
「香織ちゃん行こうよ?何か用事ある?一緒に食べたいなぁ。」
「ハハッ、じゃあお邪魔でなければ。」
稗田さんのあの誘い方はズルい。
可愛くてつい笑ってしまう。
「社長、何ですかその可愛いおねだり。そう言うのは2人のときにお願いします。キモチワルイんで。」
夏川さん可愛い顔して毒舌…
でも思ったほど塞ぎ込んでる風ではなさそうで安心した。
私は後部座席にお邪魔した。
後部座席は初めて座るけど書類や紙袋、足元にカバンが置かれている。
「ごめんね、後ろごちゃごちゃでしょ。夏川が後ろ行けば良かったね。座れるようによけてね。」
「そもそも片づけろっていうのに片付けないのが悪いんですよ。僕を後ろに追いやってイチャイチャなんてさせませんよ!」
さっきから夏川さん何か勘違いしてそう…
別に私と稗田さんはイチャイチャする仲ではないのに。
「気にしないでください。座れますんで。それにイチャイチャなんてしませんよ!」
「香織ちゃん冷たいなぁ、傷つく…」
それを聞いて夏川さんは爆笑している。
「この前の定食屋に行ってたんだけどそこでもいい?」
「はい、あそこ美味しかったですもんね!」
「へぇ~、一緒に行ったことがあるんですね~。」
夏川さんはからかうように言う。
「夏川さん何か勘違いしてますけど…本当にそんなんじゃないんですよ。」
ムキになって否定してしまう。
一瞬車内に沈黙が走る…
「あ、ごめんなさい。つい…弘人、あの田邉さんが香織さんのこと自分の奥さんだって言うから焦っちゃって…香織さんは旦那さんもお子さんもいるから迷惑でしたよね、本当にごめんなさい。」
「いえ、こちらこそムキになってごめんなさい。」
そうだよね。田邉さんが今好意を向けてるのは私で、でも夏川さんの恋人でって…
「え~。でも俺は本気なんだけどなぁ~。この前のことも。」
えっ?
「この前のことってなんですか?」
夏川さんは少し驚いた顔して稗田さんを見ている。
「ひ・み・つ。」
「そのキャラ本当にキモいっすよ。それにかなり怪しい…」
そんな言い合いをしてくれるから暗くならずに済んだ。
稗田さんって上手いなぁ。
定食屋さんに着くと、この前より時間が遅かったから少し並んだ。
確かに美味しいからみんな並んででも食べるんだ。
「僕、海外から帰ってきたらここにくるんですよ。やっぱり日本食は旨いっス。」
「へぇ~、また海外に行かれてたんですね!」
夏川さんは海外への買い付けや交渉担当って言ってたけどそんなに度々行くんだ。
「月の半分は行ってもらってるかな。うちの商品はそれで成り立ってるからね~!」
「そうですね。うちの社長は人使い荒いんで。時差やらでフラフラですよ。もう若くないのに。」
フフフッ、この2人仲が良いんだなぁ。
「夏川さんっておいくつ?」
「34です。海外に飛び回るのもキツくなってきました。」
まだ20代かと思ってた!
「まだまだ若いよ。香織ちゃんもさん付けしなくて夏川でいいよ。」
稗田さんの少し意地悪なニッて顔、好きだな。
なんて不謹慎な事を思ってしまう。
稗田さんと過ごす時間は自分が落ち込んでたことを忘れさせてくれる。
楽しい…
「フフッ、じゃあ夏川くんで!20代かと思ってた。」
2人の掛け合いを聞きながら楽しくご飯を食べた。
楽しい時間はあっと言う間だった。
「香織ちゃんいつもの所まで送るよ。」
あ、そうか有希の家にまだお世話になってるって言ってなかった。
「あ、いえ…まだ帰ってなくて…ここからすごく近いので歩いて帰ります。今日は楽しかったです。いつもご馳走さまです。」
そう言うと稗田さんの顔が一瞬だけ困ったような悲しいような表情になったけど、すぐに優しい笑顔に戻る。
「僕タバコ吸いたいんで社長、運動がてら歩いて送って行って下さい。最近お腹出てきましたから。フッ」
そうやって夏川くんわざと送ってくれるように言ってくれる。
「おまえ、気にしてることを!しかも今鼻で笑った!」
そんなやり取りをしてたかと思うと自然に私の背中に手を添えて歩くよう促され稗田さんと歩いて帰ることに。
「香織ちゃん、肌の張りが戻ってる。ちゃんと食べれてるんだね。会えて良かった。安心した。」
「フフッ、ありがとうございます。元気ですよ。稗田さんはお腹が出てきたんですか?美味しいものばかり食べてるから、フフッ」
つい夏川くんの言葉が忘れられず笑ってしまった。
「あ、香織ちゃんまで!この前お腹出てるって思わなかった?抱きしめたとき。」
そんな事さらっというからどんな顔をしていいかわからなくなる。
しかもどちらかと言うと筋肉質で出てるなんて思わなかった。
「あ、あ~、気づかなかったですよ。」
「顔が赤くなってるよ。可愛いね。」
またそんな事いう。
「稗田さん、人たらしですよね。そんな事さらっと言うなんて。勘違いする人もいますよ。」
照れを隠すためにプイッと向く。
「え~、ひどいなぁ。俺はいつだって思った事しか言ってないし、好きだから隙さえあれば全力で口説くよ。」
ドヤ顔の笑顔でこちらを見る。
「口説くって…もう私なんかに構ってないで若くて可愛い子を口説かないと。時間がもったいないよ。」
心がチクッとする。
私は夫も子どももいて傷つく権利はないのに。
「はぁ、まぁいいよ。今すぐ落とせると思ってないし。香織ちゃんはまずご主人のことを解決しないといけないからね。待つよ。」
待つって…
どこまで本気で言ってるんだろう…
「フフッ相変わらず稗田さんは稗田さんですね。でも話してると元気が出ます。夏川くんにも宜しく伝えて下さい。有希の家、そこなんでもう戻ってください。ありがとうございました。」
深々とおじぎをしてから顔を上げると稗田さんの顔が驚くほど近くにあった。
「どこまで伝わってるんだろうね…友達の家の近くとかじゃなければまたねのキスするのに。」
わざと落胆した顔をして離れていく。
「またね。会えて嬉しかったよ。」
そうして手を振り来た道を戻っていく。
私は速く打つ鼓動を感じながら有希の家に帰った。
『どこまで伝わってるんだろうね…』って
どこからが冗談ですか?
私冗談言い合えるような男性は初めてでわからない。
本気にしてしまいそうで怖いな。
その夜出て行った日以来初めて旦那から電話があった。
洗濯のお礼と、良ければ会いたいとのことだった。
その後、有希に旦那から電話があった事を話した。
「最近の香織は顔色も良いし少しは気分も楽になった?お互い一緒にいるから見えない事があっただろうけど離れてみて何かわかったこととか感じたことなかった?」
「本当にありがとう。有希にはこんなに長くおいてもらって…。自分でも驚くほど体が軽くなったの。多分、心も。本当に何から何までありがとう。」
深々と頭を下げる。
もう甘えを捨てて前に進もう。
昼間に稗田さんに会って更に元気になった。前を向いて頑張ってる夏川くんにも元気を貰った。
うじうじ立ち止まってるのは私だけな気がして恥かしい。
「あのね、まだ先の話になると思うんだけど解決するためにも働きに出ようと思うの。それが今の私の目標!」




