11
平日の午前11時。
9月中旬、まだまだ残暑も厳しく容赦なく日差しが降り注ぐ中、私は田邉さんを待っていた。
どうしても私の作る肉じゃがや白和え、味噌汁が食べたいと言うのだ。
お弁当を作ろうかと提案してみたら作りたてがいいらしく田邉さんのお宅にお邪魔することになった。
う~ん、正直そんな人に披露できる腕前ではないんだけどなぁ。
しかも最近は落ち着いてるとはいえ、お宅にお邪魔するのも…
ただ、私の料理を食べて違うって何か記憶が戻ってくれたらいいと期待もある。
不安なのは家にあがること…
おばちゃんだしそんな心配いらないかなって思うけど自分の嫁だと思い込んでるからな…
お待たせ、さぁ乗って。」
私の前に車が停まり、田邉さんが降りてきた。
「嬉しいなぁ。男一人だとろくな物食べないし。久しぶりに香織のご飯が食べられる。」
嬉しそうに田邉さんがそう言って車を発進させた。
「あの、一つだけ絶対に約束して!何もしないって!」
真剣に訴えると、冗談なのか本気なのか
「あ~あ、残念だな。せっかくのお家デートなのに…」
って残念そうな顔をしている。
「デートじゃないよ!可哀想な田邉さんにご飯作ってあげるだけ!」
「は~い、香織は真面目だからな。俺じゃない旦那もいるしな。俺と何かあればそれは不倫になるのか…」
頭を掻きながらおちゃらけたように言ってるけど一瞬泣きそうでもあった。
「材料は買ってあるんだ。そんなに長い時間家をあけられないだろう。」
ニィッとどや顔だ!
田邉さんの家は結構栄えてる駅の近くで、普通の1LDKの部屋だった。
中に入ると想像と違って小物やらがゴチャゴチャ飾られていた。
「すごい物が沢山。」
「うちで扱ってる商品だよ。俺ってこんなに片付けが下手だったとはな。香織と住んでた家はこんなにゴチャゴチャ物が溢れてなかったよ。」
なんと返していいものか…
確かに私はあまり物を飾ったりせず掃除のしやすさを重視する派だ。
本当に気の毒に思うけど私にはご飯作ってあげることくらいしかしてあげれることはない…
「じゃあ、早速作りますかぁ!」
「お前最近ちょくちょく話をスルーするよな!?まぁいいけど…」
どんな顔をしたらいいのかわからずキッチンに逃げた。
そんなに男性と親しく話せるタイプではないのに田邉さんとは本当に気楽に話せる。
彼が上手なんだろうけど一緒にいて窮屈じゃない。
皮むきだったりお湯を沸かしてくれたりだとか細々と手伝ってくれるからスムーズに料理が出来た。
「田邉さんの手際の良さを見てたらとても料理しないようには思えないね。実は何でも作れるんじゃない!?」
「時間が合えばこんな風に一緒に料理してたんだ。でも俺が出来るのはこんな事だけで作るのはいつも香織だったから…」
そう言うといきなり手を引かれ抱きしめられてしまった。
「ごめん、香織。約束守れなかった…。」
しまった…気を許しすぎた。
いや、調子にのりすぎてたのかも…
必死で抵抗してみるけどビクともしない。
「落ちつ……」
説得しようと言いかけた時、田邉さんに噛みつくようにキスをされ私の抵抗も虚しくそれは激しさを増すばかりだった…。
その場に座り込んでしまい、そのまま押し倒されてしまった。
「嫌だよ。何で別の男と結婚してるんだよ。そばにいてくれよ。」
田邉さんの目から涙がこぼれて私に落ちてくる。
縋るようなその目に、抵抗出来なくなった。
抵抗をやめてしまったことを同意と捉えられたのか、
また貪るようにキスをされ彼の唇が私の唇から頬を通り首筋へと移動した。
田邉さんの手が私の服の中に入り込もうとしたとき
我に返った私はとっさにその手を掴んで抵抗した。
「待って、待って…。イヤ、やめてお願い。」
ピタッと田邉さんの動きが止まった。
そしてゆっくり顔をあげた。
縋るような目で私を見つめている。
「ごめんなさい、私田邉さんの想いにはこたえてあげることはできない。」
田邉さんの涙が私に降ってくる。
それは私の目尻に落ち、まるで私が泣いているかのような錯覚をしてしまう。
いや、私もまた田邉さんの辛さを思って泣いていたのかもしれない。
「ねぇ、ひろって呼んで。香織の声でひろって呼ばれたい。」
懇願するように私を見つめるから、
だからつい…
「ひろ」
「もう一回、もっと、もっと」
「ひろ……ひろ…」
田邉さんの顔が近づいてきて唇が触れそうになったとき、
ピンポーン、
玄関のチャイムが鳴った。
二人で固まっているとまた
ピンポーン
慌てて田邉さんを押しのけ起き上がると
「ここで待ってて」
と田邉さんは怪訝そうな顔をして玄関に行こうとする。
思わず裾を掴んで「涙拭かないと」って言ってしまった。
「あぁ、ごめん。」
さっとティッシュで顔を拭き玄関に行ってしまった。
なんの「ごめん」だろう?
誰か来なければ私自身流されるところだった…
何やってるんだ
私もティッシュで目元と唇を拭いた。
玄関からは楽しそうに話している声が聞こえ、どうやら中に入ってきたらしい足音が聞こえる。
「悪い、夏川少しここで待ってて」
「えっ?」
そう聞こえると田邉さんがリビングを覗き込んできた。
立ち上がって身なりが整っている私を確認するとドアを開けて入ってきた。
「どうぞ、香織がご飯作ってくれたんだ。」
田邉さんより小柄な男性が入ってきて私と目が合うとほんの一瞬なんとも言えない泣きそうな顔をしたように見えた。
でも見間違いかなって思ってしまうほど一瞬で、爽やかな笑顔で私に右手を差し出してきた。
「はじめまして。田邉さんの後輩で夏川です。お話は聞いてます。なんだか香織さんも大変でしたね。」
「いえ、あっまぁ大変ですね…ははっ」
本人を目の前になんと言っていいものか…
私は夏川さんの右手を握り握手をした。
「改めまして、はじめまして菊池です。」
「すいません、香織さんは馴れ馴れしかったですね。つい、いつも田邉さんから香織が、香織がって聞いていたものですから。」
「おい、香織にさわるな!そして菊池って呼ぶなよ。」
無理やり田邉さんが握手の手をはずす。
「こいつは最近まで海外を飛び回って扱う商品を探してたってやつだよ。普段はちょくちょく帰ってくるのに今回は長かったなぁ?」
「はい、3か月半ほど行きっぱなしでした。いい匂いですね、お腹すくなぁ。」
夏川さんはイタズラっぽく笑いながら私と田邉さんの顔を交互に見ていた。
「仕方がない、夏川にも香織が作った料理食べさせてやる!和食が恋しいだろうしな。しっかり食えよ。」
さっきの泣きながら懇願していた様子を微塵にも感じさせない田邉さんを見てホッとする。
そういえば夏川さんってご飯もあまり食べれてないって言ってたな。
でも元気そうで安心した。
「香織さん、ご馳走になります」
夏川さんは爽やかに言うとテキパキと食事の準備をし始めた。
「すごい、夏川さんは良く来られるんですか?」
初めて来たので田邉さんの家のどこに何があるかわからなくて大変だったのに夏川さんは迷うことなく食器や箸を準備してくれた。
「……まぁ、たまにですけどお邪魔する事があります。」
「そうなんだな、俺全く覚えてないからなぁ。」
「ひっ、ひっどいなぁ~!」
冗談っぽく笑いながら話しつつ3人でご飯を食べた。
夏川さんは海外での面白い話などを聞かせてくれて、ちょっと田邉さんの会社の商品をチェックしてみたくなった。




