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娘が夏休みの間、2回ほど田邉さんからは電話があった。
でも田邉さんも本当に忙しそうであまり寝れないってぼやいていた。
元気か確認するとすぐに電話を切ってたのでまだ稗田さんも帰国していないのかどうかもわからなかった。
8月の最終日の午前中、ちょうど洗濯や掃除を終わらせ一息ついているときに田邉さんから電話があった。
『久しぶり!元気か?夏休みっていつおわる?』
電話を取ると元気な田邉さんの声がする。
何となく塞いでいた気分も少し明るくなる。
「お久しぶり。元気よ。もう夏休みは終わってるわよ。田邉さんは相変わらず忙しいんじゃない?」
『やった!実は今日と明日なら昼少し出られそうなんだけどどちらか予定あいてる?』
ランチのお誘いかな?
気分転換に行ってこようかな~!
田邉さんと話すのは不思議と気兼ねなく楽しいし。
「どちらでもいいよ!そういえばこの前言っていた〈みやこ〉の唐揚げ食べたよ。確かに私好みの唐揚げだった。」
『そうだろ~!香織はいつもあそこの唐揚げ食べたがっててたまに買って帰ってたんだ。じゃあ今日そこ行くか?12時半には行ける。』
そんなこと言われても…それは私じゃない。
でも私じゃない私の話を聞くのも慣れてきた。
「わかった。じゃあ12時半にそこで。」
身支度したりしているとあっという間に時間が経つ。
遅れないように急いで家を出た。
お店に着くと田邉さんはもうお店の前で待っていた。
背が高くて大きいのでよく目立つ。
電話をしており私を見つけると笑顔で手を上げる。
「ごめん、ちょうど電話がかかってきて。久しぶりだな!前、病院行ってくれてありがとな。何か痩せた?」
さすが田邉さんよく気が付いたなぁ。
あれからあまり食欲がない…そして不意に不快感が襲ってきて吐くことが多くなった。
あとはヨガの効果もあるのかな?
「久しぶり。田邉さんは忙しそうだったけど元気そうで安心した。私ヨガを始めたのよ。まだスタジオとかはいけてないけどインターネット配信のヨガ教室に申し込んでみたの。」
話をしつつ中に入り、席へ案内された。
田邉さんは当たり前のように唐揚げ御膳と日替わり御膳に唐揚げ単品で頼んでいた。
「ちょっと、私唐揚げにするってまだ言ってないのに。」
「ハハッ癖で頼んじゃった。どうする?やめるか?」
悪気の無さそうに笑うから私も首を横にふる。
憎めない人だ。
「ヨガ始めたんだな。どう?キツイ?話しながらタブレット触らせて。」
田邉さんはカバンからタブレットを取り出し扱いだした。
やっぱり電話と言い、忙しいんだろうな。
忙しいんだね。無理してお昼出なくても…」
そう言うとタブレットから顔を上げて眉間にシワを寄せる。
「俺だってたまには香織の顔みたいし、本当は毎日みたいけど…癒されたっていいだろう?」
えっ?私で癒される?
なんだか妙にくすぐったく涙の出そうな言葉だった。
最近では劣等感が強く、人を癒せるなんて思ってなかったから。
旦那もあの子に癒やしを求めてたみたいだから…。
またタブレットに目を戻し扱っている。
「ヨガはキツイけどだんだんと慣れてきたのよ。体が硬くて形にもならなかったけど最近は真似事程度に出来るようになってきたと思う!」
私の話を聞き、笑っている。
「確かに香織は始め硬かったもんな。でもしたあとすっきりするってハマってヨガのインストラクターだもんな。すごかったよ!」
そっか私ヨガに向いてるのかな!?
信じ難い私じゃない私の話は本当に自分にしっくりくる。
本当にもうひとり私がいる気がする。
そんなやりとりをしていたらご飯が運ばれてきた。
正直こんな量を食べきれるか不安だった。
少し前の私ならペロリと食べれたのに。
「その田邉さんが知ってる私は痩せてたんでしょう?この量を食べきれてたの?」
私の中で痩せている人はあまり食べないイメージだから。
特に太ってて痩せた人は食べ過ぎないようにコントロールしているイメージだ。
「香織は昔も今も沢山食べてたよ。特にヨガを一日中教えるから3食はきちんとって食べてたなぁ。俺、最近外食やコンビニばっかりだから久々に香織の手料理食べたいよ。」
私は田邉さんに手料理を作ったことはない。
でも田邉さんはキラキラした目でこちらに訴えてくる。
「そうなんだ。田邉さんは料理はしないの?」
「俺は雑用係!主に香織が作ってる横で皿出したり洗い物したり。」
「へぇ~!本当にそんな旦那さんだったら私料理頑張っちゃうけどなぁ。」
つい旦那と比べてしまいそんなことを言ってしまう…
田邉さんにこんな事言ったらダメなのに。
「ハハッだから旦那だったつもりだったんだけどな…乗り替えOKだぞ。」
そんな冗談とも本気ともわからないような返事が返ってきた。
弱っているからって私サイテーだな…
「やっぱり何かあったのか?元気ないなぁ。何気に2人でご飯初めてだったけど嫌だった?先輩呼ぼうか?」
えっ?出来るだけ明るく努めてたのに気づかれた。
思わずえって顔して田邉さんを見る。
「プッ、そんなどうしてわかったって、顔で言われても。香織は顔に出やすい上に俺は良く見てたからわかるよ。」
「ハハッそうか…記憶はないけど見てたんだ。別に田邉さんが嫌とかはないよ。どちらかというと元気な姿を見ると私も元気になれる!夏の間の疲れが出ちゃったのかな。」
笑ってごまかすけどどこまで見透かされるんだろう…
「ならいいけど、あんまり無理にダイエットなんかするなよ!楽しく健康的にだからな。
本当は今日、先輩も来たがってたんだけど一緒に帰ってきた夏川ってヤツがやつれてご飯食べないんだ。だからそいつの世話をしてる。長期で海外に行き過ぎなんだよ…2週間もすれば帰ってきてたのに今回はずっといなかったもんな。」
「そうだね…みんな体調崩しちゃうのが一番ダメだよね!その人も大変だったんだね。海外で生活するなんて想像もできない。」
「香織は海外旅行も嫌な人だからな。何でそんなに夏川があっちで苦戦してたか謎だけど…先輩まで行ってたし…」
私が海外旅行もダメなのも知ってるんだ。
フツーに言うから聞き流すところだったけど。
きっと旦那よりも私のことをわかっているような気がする。
長年一緒に暮らしてた旦那でさえ私が落ち込んでても気づかない。
会ったこともなかったのに…田邉さんの才能なのか本当に見てきたからなのか…
田邉さんは体が大きいから食べるのも豪快だ。
定食プラス唐揚げ単品も食べて、食べきれなかった私の唐揚げも食べた。
田邉さんの記憶の中では私たちは夫婦でこんな風に食事をしてたのかな?
「私たちっていうのもおかしいけど喧嘩とかしなかった?」
「う~ん、小さいものはしたかな。些細なもんだよ。次の日に持ち越すような喧嘩はなかったな。言いたいことはきちんと言い合うって感じだったから。」
言いたいことはきちんと言い合うってスゴいな。私たち夫婦は飲み込んで何も言わないのが普通になってた。
「言いたいことをきちんと伝えるってそこは私じゃないみたい。」
「そうかな?俺には今でもほいほい返してないか?」
あっ、そうかも。電話で話したりするのも楽しいし何より私笑ってる…。
「ハハハッ、田邉さんいじられキャラ的なところがあるものね。」
「そうかな?きっと俺と香織の相性が良いんだと思うぞ。俺は体もでかいし威圧感があるからな。」
「フフッ、確かに田邉さんと初めて会ったときは恐かったぁ!でも印象自体は柔らかいわよ。」
ついつい誉めてしまった…
「そうだろう、だから今からでも俺と結婚しよう。子どもも大切にするよ。お前の子だからな。」
「すぐに調子にのる!娘には本当の父親がいいわよ。」
そう自分にも言い聞かせる。
どんな父親でもきっといたほうが良いに違いない。
「フッ、刺さるな、その言葉。どうしたらいいんだろうな。クソっ…本当に出口が見えない。」
もうこれ以上この話をしないほうがいいだろうな。
いつも助けてくれる稗田さんいないし。
「さぁ、そろそろ出ましょう。美味しいかった。」
「そうだな。なぁ香織、今度ご飯作ってくれよ。結婚しようとは言わないからご飯ぐらいいいだろう。」
先に出ようとする私の腕を軽く掴む。
あまりに可哀想な顔をしてたから思わず頷いてしまった。
それから仕事の田邉さんとはお店の近くの駅で別れた。
家に帰り着いてから私は稗田さんにお礼のメールを送った。
するとすぐに返信があった。
『久しぶりだね。わざわざメールありがとう。今日一緒にご飯行きたかったんだけど残念だったね。またゆっくりご飯行こうね。田邉から元気そうだって聞いて安心したよ。あまり無理しないでね。稗田』
久しぶりの稗田さんは相変わらず優しい。
夏川さんって人のフォローもしてあげてるのに。
それからはまた頻繁に田邉さんからは電話やメールがあった。
旦那とは相変わらずな日々を過ごしており、娘は2学期になりますます勉強量が増えて忙しくしている。
私もお稽古の送り迎えや娘の世話などに追われていた。
たまに有希からも連絡がありやはり心配してくれている。
でも今の状況を話せるのは有希しかいなくてたまに話を聞いてもらっていた。




