1 突然続きの転生勇者
顔を上げた。
背中にあたる硬い感触がある。
影が動いた、いや、それは自分だった。
薄暗い視界で二、三度、ゆっくりと瞬きをする。
だんだんと世界が、ぼやけた輪郭をもっていく。
息をした。
時が止まり埃を被っていたように、じっと動かなかった骨董品を少しずつ動かしていくようだ。
手で自分の体を払った。
どやどやと騒ぎがしていた。
それが絶えることなく続くことから、ここが大衆酒場であることには何となく察しが付く。
鼻につく酒精と、煙の臭いに少し眉を顰める。
顔を手で拭った。
◆
大口を開けて酒を呷って、大笑いをする人間が大勢。
「コラッ、コラァッ!
サケがねぇろっ、くぉろぉっ、アッ!?」
己の欲望のために怒り出す者もいた、男の持つカップを確認すれば少量の液体が確認できた。
ここは一種の秩序が出来ていた、酒を呷り大声を放つものが正しく認識され、それ以外は全く蚊帳の外に置かれる。
自分にはその状況は合わなかったようで、一刻も早くこの酒場から出ようと歩を出口に進めていた。
バタバタとした歩みも本来は大きなはずだが、周りの喧騒のせいで全くと言っていいほど気にされなかった。
店員もそういった人間は慣れっこのようで、全く酔っているそぶりも見せない自分に金銭を要求してくることもなかった。
ここに来る大抵の人間は浴びるほど酒を飲むのが当たり前のようだ。
ぎぃ、と音を立てるように開けた扉の先は、一転して夜の世界が広がっていた。
舗装もされていない土の道路で、商店街のように入り組んだところでもなく、大通りのような道が続いている。
そこはウエスタンの舞台に使われそうな道であった。
ざりざりと地面を踏みしめる音が聞こえる。
行き交う人影もまばらであった、酒場の喧騒とはまるでかけ離れていた。
吐く息が白かった、随分と冷えていた。
先ほどまでいた酒場が人の熱量ではなく、暖房で温められていたのに気が付いた。
この大通りに人は少なかったが、より人の少なくなる裏路地へ足を動かすことにした。
◆
見えていた狭い通路に目星をつけ裏路地に入ると、思った通りに人の気配はより少なくなった。
ここにはただの住居が構えられているようで、質素な作りの建築のものが連なっていた。
ガラスの窓があり、カーテンで仕切られているのが殆どだが灯りで人の気配があるのが分かる。
おもむろにその中から選んだ家のドアに手をかけた、ドアにカギはかけられておらず、鍵穴も見えなかった。
すんなりとドアは開いた、入ってみると家の中は暖かく、とても生活感の家だ。
「あら、あなた?」
女の声がした、足音をさせずにその声のしたドアの近くへ移動する。
随分と落ち着いている自分に、自分でも呆れていた。
「もう、またお酒に酔っ―――ッ!!」
女がドアを開いた瞬間に全霊をかけていく、その背後から獲物を仕留める蛇のように抱き着いた。
「あっ、あはっ、もぉ…?」
女はまだ油断しきっていた、自分は一つ一つ相手の特徴を確認しながら、口を覆うようにして首に手を回した。
それから女の髪を掴み、首を思い切り絞める。
思い切り力を籠め、音を立てて倒れこんだ。
腕と足を全力で使い、相手の身動きを完全に封じこめる。
やがて身動きをとらなくなったら一息つき、その場に合った椅子に座り、体を休めた。
暖炉の火がゆらゆらと燃えて、それを見つめながらぼんやりと思考していた。