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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
8.シーン204

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3

「打ち上げ、出ないの?」

「いや、旨そうなものがわんさか出るんだろ? 出たいんだけどな、オレの田舎はちっとばかし辺境で。次の列車逃がすと明日まで帰れない」

「……そっか」

「よう、滝志郎!」

 意気揚々と声をかけてきた伊勢監督は、満足そうに続けた。

「帰るのか、一旦」

「一旦? 冗談なしですよ。オレにはもう十分だ」

「いやまだまだだろ? まだ逝けるよな?」

「……今逝ける、って意味が違ってなかった?」

「大丈夫だ、今回の出来なら『古城物語』も逝ける。クランク・インは1年内だぞ」

「いや、マジ困りますから! 家の仕事がありますから!」

「大丈夫だ、役者を3日やったら終ってる!」

「あ、もう列車の時間だ、行きますから!」

「ああ逝ってくれ! で無事生還しろっ!」「しねえから!」

 準備してあったのだろう、現場のどこからか取り出してきたボストンバッグを引っ張り出し、伊勢監督に怒鳴り返して行きかけて、修一の元へ駆け戻る。

「元気で」

「ありがとう。僕のマンション、ずっとあそこだから。変わったらまた連絡するから」

「出来たらでいい。まだお母さんのこととか、いろいろあるだろ?」

「うん…でも、大丈夫だよ」

 修一は人なつこく笑う。陽一は健在で役者を続けているが汚れ役が増えてきているし、雅子は入院中、綾野産業についてはこれから裁判になる。

「『ると』によろしく」「わかった」

 手をさし出すと握り返す。初めて相手の掌を小さく感じた。

「じゃ」

 背中を向けて歩き出す、と、背後から駆け寄ってくる足音が響いて、もう一度振り返ると、修一がびくりとして立ち止まり、大声で叫んだ。

「ありがとう、ございます!」

 ぺこり。

 始めからは考えられない深いお辞儀に戸惑う。

「オレは何もしていない」

「それでも、ありがとう!」

「オレこそ」

 迷惑かけた、いろいろ助かった、最後ちょっとだけ役者を続けたくなってしまった、未練がましいそんなこんなは結局口にせずに済んだ。

「友樹君!」「宮田っ?!」

 飛び出してきたのは真紅の薔薇を抱えた宮田、満面の笑みで修一に走り寄る。

「クランク・アップおめでとう! お祝いの花束だよ! さあ一緒に2人の未来を語り合おうか!」

「あ、ありが…え? えええ?」

 戸惑う修一は、それでも宮田をうまくあしらうだろう。

(悪いがこの隙に退散させてもらうか)

 考えてみれば宮田の活動領域から離れるのは喜ばしい。

(そうだな、悪いことばかりじゃない)

 自分を慰め、足を速めて厄介な友人から離れようとした垣は、次の瞬間響いた声に引き攣った。

「あ、かおる〜? 俺、今度お前の田舎に転勤になるから! 末永く一緒に居ような!」



「修一さん?」

「ん?」

「寂しいですか?」

 マンションのいつものソファで、修一は問いかけて来た高野に目をやる。前はこんな会話などなかった。こんな立ち入った会話など。

 めんどうくさいと思っていた。けれど、今はこれはこれでいいと感じる自分が居る。

(僕も変わった)

「…少しはね。でも」

 膝の上の『ると』を撫でる。

 付けっぱなしにしていたTVが『ロード・オン・ロード』のテーマを鳴らし、『月下魔術師』の予告編を流し出した。トレイラーの45秒枠のものだ。

「凄いヒットになりましたね」「うん」

 映画館は連日満員、DVD発売も既に公表されており、TVドラマ化も考えられている。スピンオフも計画されつつある。

『出会いはいつでも

 半分は運命の偶然

 残りは神様のいたずらさ…』

「神様のいたずら、か」

「え?」

「いや」

 ひょいと肩を竦め、修一は悪戯っぽく笑った。

「僕、何だかもう一度垣さんに会える気がする。何か突拍子もないことでね。『ると』、そうは思わないか?」

 『ると』はぱっちりとした金目で修一を見上げている。

 

 ひょっとしたら、『ると』は、左前になった工場から放り出された垣が2日後に戻ってくるのを知っていたのかも知れないが、例によって澄ました顔で何も答えはしなかった。



                             おわり


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