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「打ち上げ、出ないの?」
「いや、旨そうなものがわんさか出るんだろ? 出たいんだけどな、オレの田舎はちっとばかし辺境で。次の列車逃がすと明日まで帰れない」
「……そっか」
「よう、滝志郎!」
意気揚々と声をかけてきた伊勢監督は、満足そうに続けた。
「帰るのか、一旦」
「一旦? 冗談なしですよ。オレにはもう十分だ」
「いやまだまだだろ? まだ逝けるよな?」
「……今逝ける、って意味が違ってなかった?」
「大丈夫だ、今回の出来なら『古城物語』も逝ける。クランク・インは1年内だぞ」
「いや、マジ困りますから! 家の仕事がありますから!」
「大丈夫だ、役者を3日やったら終ってる!」
「あ、もう列車の時間だ、行きますから!」
「ああ逝ってくれ! で無事生還しろっ!」「しねえから!」
準備してあったのだろう、現場のどこからか取り出してきたボストンバッグを引っ張り出し、伊勢監督に怒鳴り返して行きかけて、修一の元へ駆け戻る。
「元気で」
「ありがとう。僕のマンション、ずっとあそこだから。変わったらまた連絡するから」
「出来たらでいい。まだお母さんのこととか、いろいろあるだろ?」
「うん…でも、大丈夫だよ」
修一は人なつこく笑う。陽一は健在で役者を続けているが汚れ役が増えてきているし、雅子は入院中、綾野産業についてはこれから裁判になる。
「『ると』によろしく」「わかった」
手をさし出すと握り返す。初めて相手の掌を小さく感じた。
「じゃ」
背中を向けて歩き出す、と、背後から駆け寄ってくる足音が響いて、もう一度振り返ると、修一がびくりとして立ち止まり、大声で叫んだ。
「ありがとう、ございます!」
ぺこり。
始めからは考えられない深いお辞儀に戸惑う。
「オレは何もしていない」
「それでも、ありがとう!」
「オレこそ」
迷惑かけた、いろいろ助かった、最後ちょっとだけ役者を続けたくなってしまった、未練がましいそんなこんなは結局口にせずに済んだ。
「友樹君!」「宮田っ?!」
飛び出してきたのは真紅の薔薇を抱えた宮田、満面の笑みで修一に走り寄る。
「クランク・アップおめでとう! お祝いの花束だよ! さあ一緒に2人の未来を語り合おうか!」
「あ、ありが…え? えええ?」
戸惑う修一は、それでも宮田をうまくあしらうだろう。
(悪いがこの隙に退散させてもらうか)
考えてみれば宮田の活動領域から離れるのは喜ばしい。
(そうだな、悪いことばかりじゃない)
自分を慰め、足を速めて厄介な友人から離れようとした垣は、次の瞬間響いた声に引き攣った。
「あ、かおる〜? 俺、今度お前の田舎に転勤になるから! 末永く一緒に居ような!」
「修一さん?」
「ん?」
「寂しいですか?」
マンションのいつものソファで、修一は問いかけて来た高野に目をやる。前はこんな会話などなかった。こんな立ち入った会話など。
めんどうくさいと思っていた。けれど、今はこれはこれでいいと感じる自分が居る。
(僕も変わった)
「…少しはね。でも」
膝の上の『ると』を撫でる。
付けっぱなしにしていたTVが『ロード・オン・ロード』のテーマを鳴らし、『月下魔術師』の予告編を流し出した。トレイラーの45秒枠のものだ。
「凄いヒットになりましたね」「うん」
映画館は連日満員、DVD発売も既に公表されており、TVドラマ化も考えられている。スピンオフも計画されつつある。
『出会いはいつでも
半分は運命の偶然
残りは神様のいたずらさ…』
「神様のいたずら、か」
「え?」
「いや」
ひょいと肩を竦め、修一は悪戯っぽく笑った。
「僕、何だかもう一度垣さんに会える気がする。何か突拍子もないことでね。『ると』、そうは思わないか?」
『ると』はぱっちりとした金目で修一を見上げている。
ひょっとしたら、『ると』は、左前になった工場から放り出された垣が2日後に戻ってくるのを知っていたのかも知れないが、例によって澄ました顔で何も答えはしなかった。
おわり




