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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
6.シーン203

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11

「ええい、つまらんっ!!」

 喚いて力任せに蹴った相手はコンクリートの電柱、片足を抱えて跳ね回りながら垣はなおも苛立って怒鳴る。

「くっっそおおっっ!!」

(あいつ、あんな阿呆だったのか!)

 修一の役者根性に少しずつ感心し始めていた。年下だろうと生意気だろうと、口だけのことはある、言うだけのことはある。そう考えていた自分にも腹が立った。あちらこちらのゴミ箱を次々と蹴り倒して憂さ晴らしをしてから、安アパートに戻ってくる頃には、激怒もかなり醒めていた。

(ちょっと……言い過ぎたかな)

 ドアを開けようとして動きを止める。ぽかんと自分を見上げていた、妙に幼い表情の修一が脳裏に甦る。

(あそこまで言うこと、なかったよな)

 相手はほんの子どもなんだし。

 自分の言ったことばの意味もよくわかってなかったかも知れないし。

(ことばの、意味)

『それじゃ僕が頼んであげるよ! きっともっといい役がくるよ。ギャラだってもっと上がる。僕が頼めば、垣さん1人ぐらいどうにかなるよ!』

「っ」

 ぶるぶるっと思わず首を振った。

(そんなことはない! やっぱり怒っていいことだったんだ!)

 でもさ。

 胸の奥でぼそりと背中を向けていた白い羽根の持ち主が、肩越しに振り向く。

 放って帰らなくてもよかったよな?

(いや、だって!)

 あの子、あれから1人だぞ。

(それがどうした? 今までだってあいつは1人だったじゃないか)

 へええ。

 振り向いた相手は肩を竦める。

 あれだけ優しくしといて今更突き放そうって言うの。

(突き放す突き放さないってことじゃないだろ。ああいうことは言うべきじゃないんだよ!)

「だな!」

 大きく頷いて垣はドアを開けた。例によって部屋の中は真っ暗だ。

(宮田!)

 垣はかっと目を見開いた。用心に用心を重ねてスイッチへ手を伸ばす。一呼吸おいてスイッチを押し、『攻撃』を予想して一歩飛び退く。が、今度は部屋に誰もいない。

「ふん」

 ゆっくり警戒しつつ狭い部屋を見渡す。

「雅子さんでも助けに行ってるんだな」

 ほっと溜め息をついて時間を確認した。22時ちょっと過ぎだ。

(あいつ、夕飯のとき、嬉しそうだったな)

 あんなにはしゃぐなんて思わなかった。無防備な笑顔が年より幼く見えて幸福そうで、それが垣にとっても嬉しかった……。

「、ちがうちがう!」

 はっと我に返って首を振る。

「気にするこたない! オレがいなくても佐野さんだっているんだし!」

 半分は自分への言い聞かせ、どしどしとわざと足音をたてて、せんべい布団を出そうと襖を引き開けた、とたん、

「ぐおーっ!」「っ!」

 いきなり響き渡ったいびきに飛び退いて滑ってひっくり返った。

「なんなんだ!!」

 叫びながら、押し入れの中で爆睡している男を見つける。

「宮田っ?!」

「うん?」

 もぞもぞと動いた相手は眩しそうに瞬きし、ゆっくりと目を開けた。

「よ」「よ、じゃない! よ、じゃ! なんでこんなとこに寝てる?!」

「なんでって」

 垣の抗議に相手は不思議そうに首を傾げる。

「眠くなったから?」

「だからって、なぜ『押し入れ』で寝るんだ!」

「話せば長くなるが」

「短くしろ!」

「条件反射」

「あん?」

 垣は目をぱちくりさせた。

「わからんが…」

「だろ? つまりだな」

 えへん、と宮田は咳き込む。

「俺の母親というのが布団嫌いで」

「まさか……家で布団を敷かなくて、けれどお前が布団が好きで、それでこっそり押し入れで寝る癖がついたとか…」

「いやあ、よくわかってるじゃない」

 ひらひらと宮田は手を振ってみせた。

「あーのーなー…」

「それより、かおる?」

「…止せって言ってるだろうが!」

「お前、友樹君泣かしてきただろ」

「へ?」

 泣かしてきた、が啼かしてきた、に聞こえたのは、宮田の人徳いやいや妄想癖に毒されているか。

 それでも僅かなりとも『泣かせた』覚えがある垣は一瞬たじろいだ。それを素早く見て取った宮田が、

「やっぱりな!」

 両目をぎらりと光らせる。

「それでどうやって啼かせたんだ、無理矢理迫ったのか押し倒したのか、嫌がる手足を縛りつけ、もがく体を押さえつけ、やっぱりそうかそうなんだな!」

「勝手につくるな盛り上がるな!」

 どこまでもエスカレートしていきそうな相手をののしる。

「お前の妄想に引きずり込むな!」

「いや啼いてるに違いない、俺の直感とサーモンピンクの薔薇の花束がそう言ってる、それで嫌がるのを無理に押し倒してさせたんだろう、えっ、ネタは上がってるんだ白状しろ!」

「ネタ?」「やっぱりネタのか!ネて容赦なくさせたんだろ!」「何をだ!」「トランプ!!」

「……」

 垣は黙った。宮田も黙った。さすがに外したと思ったらしい。

「宮田……まぎらわしいことを言うな」

 ぐったりして話を元に戻そうとしたが、飢えた野獣にちょうどいい大きさの餌を投げ与えてしまったらしい。

「何っ、まぎらわしいことをしたのか!」

 喜々として押し入れ上段に座り直し、時代劇のお白州裁きに望む奉行のごとく、うんうんと大きく頷きつつ、

「やっぱりそうだな、きりきり白状してしまえ、お上にも慈悲はある!」

「………」

 再びの沈黙。今回は宮田はわくわくした顔をしたまま垣を凝視し続けている。どうする?どうする?どう返してくる?さあ待ってるぞ。

(こいつはもう…)

 はあああ。垣は深く溜め息をついた。

 どうしよう、こんなのが自国の警察だなんて。この国の未来はひょっとしてとんでもなく昏迷の淵を覗き込んでいるんじゃなかろうか。

「お前さ」

「うむっ」

「ひょっとして、いつも『むこう』でもそうやって尋問してるのか?」

「それがどうした?」

「いやさ…」

 たとえば周囲の状況証拠やら何やらから、99%シロだったとしても、宮田にかかれば100%まではいかなくとも再審ぐらいにはなってしまうのではないだろうか。

 そういう人間と切れることのない腐れ縁的な友達だということは、災難なのか、それともまれに見る幸運なのか。

「安心しろ」

 垣の逡巡を見て取ったのだろう、宮田は大きく胸を張った。

「俺は身内には甘い」

 余計いかんだろ、それ。

 ツッコミ必須なのをひとまず横へ置いて、垣は話を戻した。

「それで、今日は何の用だ」

「あ、そうだ」

 よいしょ、と宮田はようやく押し入れから降りてきた。

「友樹君の様子が知りたいんだ」

 そこかい!

「…元気だよ」

「実は母親の方は保護したんだが」

 垣の返答におかまいなく、宮田は案じ顔で続ける。

「彼女が余計なことを組織の方に訴えててね」

 どうやら真面目な路線で話が続く様子なのに、垣は黙る。

「息子、つまり修一君に組織の内情を詳細に書いたデータを持たせていると」

「は?」

 あいつはそんなこと何も知らないぞ?

 垣の表情から答えを読み取った宮田はこくこくと頷いた。

「その通り。自分が殺されないための方便だ。だが『あっち』はそう思わない」

「ちょっと待て」

 いきなりきな臭くなった内容に垣は顔をしかめた。

「あいつが危ないじゃないか!」

「そ」

 にいと嬉しそうに宮田が笑う。どこか肉食獣を想像したのはあながち間違いでもあるまい。

「だから明日から俺がガードするのっ」

 うふっ。

 含み笑いが聞こえたのは垣の妄想かもしれないが一気に立った鳥肌は本物だった。

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