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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
6.シーン203

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9

「こっちだ」

 向きを変えて直樹は走り、小路を出ようとしたとたんに、体すれすれを掠めたバイクに片腕を引っかけられて身を退き、声を上げる。

「あっ…」「大丈夫か!」

 滝の声に笑みを押し上げるが、手からは血が滴り始めている。

「ほら言わんこっちゃない!」

 滝がぐいと直樹の腕を掴む。ポケットから出したハンカチで傷をぎゅっと縛ってくれたが、じわじわと滲み続ける血に苛立った様子で、

「ほんっとに、顔が似てると意地っ張りなところも似るのかね!」

 ぼやいて、近くの生ゴミバケツを両手に小路の端へ歩いていく。

 考えてみればわかる、この状況で直樹をとっさに庇い、冷静に応急手当をし、周一郎のことを考えつつ直樹を気遣い、加えて反撃に出ようとするような男が、どうして間抜けでお人好しなものか。

 けれど、観客はごまかされる、この時注目されるのは、2人の微妙な気配のやりとりと、それが意味する関係性だから。最後まで見切った観客もまた、ここで注目するのは直樹の仮面を被った周一郎がどのように振舞うか、いや、この2人しかいないぎりぎりの状況で、周一郎が、種明かしをしたいと揺らぐ心をどう抱えているかだから。

 言わば、ここで修一は全ての視線を自分に魅きつけなくてはならない、滝の隠された能力に気づかせないために。

 けれど、演じる『直樹』は滝側のファンには疎まれる、滝を嘲る役柄だから。周一郎のファンにも煙たがられる、周一郎と滝の繋がりに侵入してくるから。観客の誰もが『直樹』の味方ではないけれど、その目を魅きつけなくてはならない。

 だから難しい。

 だからよくわからなくなる、演じ方が。

 けれど、今。

(このとき)

 ふっと修一は考えた。

(周一郎はどんなに嬉しかっただろう……滝があれこれ言いながらも、側に居てくれる、そうわかって)

 どんな姿であっても、どんなに滝に歯向かっても、滝は周一郎の命を無自覚なままでも護ってくれると悟ったはずだ。

(僕は…)

『…そうか、受け止められないわけだ、垣は』

 耳に飛び込んできた山根のことば。続くスタッフの会話。

『見事な一人芝居ってわけか』『ショックでしょうね、それ知ったら』『なあに、ちょっとは思い知っときゃいいのさ、あの甘ちゃんは』

(嘘だ)

 スタッフが何と思おうと構わない。けれど、そんなことはきっと嘘だ。

(だって、ちゃんと泊めてくれた)

 行き場がなくなって糸が千切れた風船のように、傷みにパンパンになって漂っていた修一を受け止めてくれた。

(でも、なら、どうして辞めるなんて…? 僕が一人ぼっちになったの、知ってるのに?)

「友樹君?」

「、あ」

 呼びかけられて我に返る。脚本読みが止まってしまっているのに瞬きする。

「どうした? 熱でもあるのか?」

 垣が覗き込んでくる、心配そうに。嬉しい。失いたくない。

「う、ううん、ただ」

 ことばを切る。垣の覗き込みが深くなる。

「ただ?」

「どうして…垣さん…辞めるなんて…」

 声に惑いを載せる。このラインで行けるはずだと無意識に計算している。

「そのことか」

 垣の声に苦みが混じった。それまでの『友達』の距離から、ふいに『他人』の距離に戻ったのを感じる。離れた、と感じ取る。

「だから昼間言ったろ? 自分に限界を感じたからって」

 うっとうしそうな口調は滝にはない。垣のもの、垣だけの匂い。周一郎が得たものじゃない、修一が得たもの。

「でも、そんなことないよ!」

 慌てた声を張り上げる。

「垣さんほど滝役に合った人、見つからないよ!」

 無邪気にまっすぐ、垣の才能を信じる声を差し出す。だが、

「ま、名子役のお前が選んだんだしな」

(バレてる!)

 修一はぎくりと体を震わせた。意識しているのかしていないのか、垣は修一が『演じている』と言い放っている。周一郎ではなく、『友樹修一』を今も演じている、と。

「眼鏡違いだったのを認めるのは嫌だろうが、オレはどうも役者には向いていないらしい」

(そうじゃない)

 修一は気づいた。垣は本当に『役者』なのだ。

 だから、相手がほんの少しでも『演じている』ならば、すぐに自分も役からずり落ちてしまう。いや、相手の姿に応じてしまうというか。だから、垣が『滝』になり切れないのは、修一が『周一郎』に入り切れなかったからだ。

 それを伊勢は分っていた。確かに始めは垣を叱咤していたけれど、途中から切っ先が修一に向いたのは、垣の『ずれ』が修一の役作りの『ずれ』によると気づいたからだ。

「それに芸能界ここも、もう一つオレの性に合わないし…」

 それはそうだろう、ここまでこちらの『役』に敏感に反応されては、周囲はとんでもなく消耗するに違いない。通行人1人をやっても、主人公が場面にふさわしくない動きをしていれば、あれ、と言う気配を『演じて』しまう。『現実の通行人』としては『正しい反応』でも、『演技の通行人』は『通り過ぎる役柄』を要求されていることがある、その違和感は周囲に別の影響を与えてしまう。

 つまり、それは。

(僕が『友樹修一』だったから)

 垣は『相手役』としてふさわしく振舞えたということか。

(何もない、ただの『僕』なら)

 今のように他人事として距離を置いていたということだ。

「陽一さん達のことも……残念だったし……知りたくなかった、かな」

「おとうさん…?」

「ああ、陽一さん達に憧れて、ここに入ったこともあるしな」

 に、と笑う垣の顔を呆然と眺めた。


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