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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
6.シーン203

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7

(偶然なのかもしれない)

 ぐしゃりと紙コップを握り潰した。

(ほんのちょっとした幸運が、神様のいたずらで3作も保ったのかも知れない……けど、そろそろ限界なんだろうな)

 苦いものが口の中に湧き上がる。あっさり吐き捨てて、次の目標を探しに行ければ、どれほど楽だろう。何に挑んでも自分の限界を知らされるのは辛い、特に自分の内側の声が告げてくるときには一層。

 静かに息を吸い、目を閉じる。胸一杯になった空気を一気に吐き出し、ぱっと目を開けた。

 見慣れたロケ風景が、妙に空々しく遠い世界に見えた。

(よし)

 心の中で頷いた。

(これを最後にしよう)

 思い切りは悪くない、と昔から言われた。家を離れる時も泣き出す母親を振り切った。

「垣さん?」

「ん?」

 話しかけられて振り返る。

「この次の作品、知ってる?」

「…いや」

 胸中を見透かされた気がしてどきりとする。こちらを見返す修一の、明るく輝く瞳にそっと首を振る。

「伊勢監督が次にやるのをさっき言ってたんだよ。シリーズ4作目、『古城物語』をやるんだって。まあ、まず今回のが当たるかどうかってとこだけど」

「ああ、そうだな」

「……?」

 くすくす笑った修一が訝しそうに小首を傾げた。思い直したのだろう、からかうように笑い、

「他人事みたいな言い方だな」

「オレ、さ」

 一瞬迷ったが良い機会だとも思った。

「この作品で降りる」

「え…」

 笑っていた修一の顔がはっきりと強張った。

「お、りる?」

「ああ」

「滝、を?」

「ああ」

 ことばを失ってしまって固まった修一に、ちょっと苦笑して見せる。

「あのさ、ちょっと前から、こう、わかんなくなってきてたんだな」

 思わず知らず、溜め息が零れた。

「本当に映画が好きなのか…演じることが好きなのか……役者、ってのが好きなのか。……お前は好きだろ?」

「う…ん」

 ぎごちなく修一が頷く。

「このあたりがオレの限界みたいだ。先が見えて来たよ」

「そんなことないよ!」

「お前にはわからんかも知れんがな」

 突き放した物言いのニュアンスを修一は確実に察した。

「僕が……友樹…修一だから…?」

「……」

「…………おとうさんの……こと…とか…?」

 見る見る落ち込んでくる表情、それさえも様になっている気がする。

 生まれついての役者。

「…それも、少し、ある」

「……………」

 沈黙は重く長く引きずった。

「………まあ、次の滝役は別の人間になるってことだ」

 そして、友樹修一の共演者なら、きっと星の数以上に志望者が見つかるだろう。

「…………………」

「おい、そう沈むなって。お前は大丈夫だよ、降ろされやしないさ」

 ぱん、と肩を叩いて笑ってやった。だが、修一は笑わない。大きな瞳を見開いて、じっと垣を見返している。

 気まずくなった、と咳払いしかけた垣を、折よく監督が呼んだ。

「おい、垣!」

「はいっ!」

 これ幸いと立ち上がって垣は走り出す。

 何となく、後ろは振り返れなかった。


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