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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
6.シーン203

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48/67

5

「滝、は凡人じゃない。『そんなふう』に見えるように描写されてるだけで、その実、誰よりも速く鋭く『真実』に近づけちまう、とんでもない能力を持ってる男だ」

 へたしたら、周一郎だって滝の添え物でしかない状態になりかねない。

「だから、周一郎シリーズは『滝』の一人称で語られてるわけだろ?」

 滝の動きの的確さ、信じられない嵌まり具合を、読者や観客に悟らせないために。三人称で描いたなら、こいつは何者だ、と注目が向いてしまうのは必至、それを避けるために。

「けれど、映画ってのはそのあたりが難しい」

 まずい造りをしてしまえば、そこまでして周到に隠されている筋道を『三人称』の視点で暴いてしまいかねない。かと言って、『一人称』で描くなら、滝のわけがわからない、けれども迷路のただ中をまっすぐに突っ切っていく感覚を再現しなくては、筋道が立たない。

「そんなことは『凡人』にはできない…………だから、この作品は映像化が難しい、そう言われてきたわけだろ」

 超能力と言われる不可思議な力の内面を描いてこそ初めて成り立つ物語なぞ、超能力者以外の誰が再現できるのか。

「監督があれだけヒステリックなのも、『三人称』のまま描いて、どこまで観客を最後まで騙し通せるかにキリキリしてるからだ」

 たった1つの動作、たった1つのことばのニュアンスで観客にばれてしまう、この物語を切り回しているのは、周一郎でも佐野由宇子でもない、振り回され駆けずり回っているようにしか見えない道化師にしか見えない、滝志郎という男なのだ、と。

「けれど、それこそ、このシリーズの本質だ」

 気づいた瞬間に、観客は『書き手』の掌で踊らされていたことを知る。その瞬間に、周一郎の掌で踊らされていた滝に同化する。そして次には滝そのものとして、この物語を味わい……世界を掌にする感覚に放り込まれる、世界を動かす、ちっぽけな1人の道化師、という感覚に。

 人はみな、世界を動かす、ちっぽけな1人の人間だという真理。

「…………」

 2人が落ち込んだ目眩のような感覚に山本は満足したのか、口調を切り替えた。

「確かに、今のところは修一や他の役者にカバーされて何とか保ってるが、俺にはあいつが『滝』になれるとは思えんね」

「あ」

 話が日常感覚に戻ってきて、ほっとしたのだろう、高野が忙しく瞬きしつつ頷いて、小さく声を上げる。

「何だ?」

「いや…」

 修一はもうどこかへ行ってしまったらしい。さっきまで修一が居た場所へ、高野は視線を投げた。

「修一さんが垣さんを『滝』に見立てて甘えているのは、たぶん本当でしょう……でも、それなら、ちょっとかわいそうですね、修一さん」

「うん?」

「だって、そんなふうに垣さんに嵌まってるのは、たぶん映画以外のことでも垣さんに『滝』でいてほしいということでしょう? けれど、垣さんはあくまで垣さんで『滝』じゃない」

「…そうか、受け止められないわけだ、垣は」

 納得したように山根が頷いた。

「見事な一人芝居ってわけか」

「ショックでしょうね、それ知ったら」

 同情的な高野のことばに、山本は鼻で嗤う。

「なあに、ちょっとは思い知っときゃいいのさ、あの甘ちゃんは」

 突き放した。

「おーい、そこの2人、来い!」

「はいっ!」「はいよっ!」

 伊勢に山根と山本が呼ばれていくと、残された高野は手持ち無沙汰になった。何をしようか、とぼんやりしていたが、

「高野さん」「っっ!」

 突然背後から呼ばれて慌てて振り返る。修一の顔を見つけて凍りつく。

(聞かれていたか?)

 ひやりとしたが、いつも通りの口調で修一が訴えた。

「オレンジジュース欲しいんだけど。垣さんの分も」

「すぐに用意します!」

「うん」

 慌てて準備しながら、修一を盗み見したが、特に変わった様子はない。

(ま、聞かれてもいいか)

 コップにジュースを注ぎながら考えた。

(修一さんが、恵まれている『甘ちゃん』なのは確かだし)

「お待たせしました」

「ありがとう」

「……いいえ」

 にっこり笑ってコップを受け取り遠ざかる修一の後ろ姿を、高野は複雑な思いで見送った。


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