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「な…んか」
「え?」
高野は山本の顔を振り仰いだ。例によって、『月下魔術師』撮影の合間の、他愛ないおしゃべりの最中だ。
「なんかこう……いやに目につくな」
「何がです?」
「いや……ほら、修一の奴さ、前より垣へのまとわりつき方が酷くなったような気がしないか?」
「…そういえば……そんな気も」
高野は演技中の修一に目をやった。
伊勢は修一の演技にまだまだ納得しておらず、喚き散らしている。
「何やってんだよ! 友樹君! そこでそんなに滝を頼っていくな!」
「はいっ」
素直にこっくりと頷いて、修一は再び演技を始める。だが、今度は、垣の方が椅子の脚に蹴つまずき、テーブル掛けを引っ掴んでこけた。
「垣っ! 何やってやがるっ!」
「垣さんっ!」
修一がうろたえて垣の側に走り寄る。心配そうな顔で覗き込み、どこも怪我していないらしいと知って、ほう、と溜め息をついた。
「ありゃ、肉親を見る眼だよ」
山本がばっさり切り捨てる。
「肉親?」
「そ。それも血の繋がった父親とか、兄貴とか、な」
山本は口調に皮肉を響かせた。
「あ、修一さんと言えばね、最近素直になってません?」
「そうなんだ。この間、落ちた脚本を拾ってやったら、『ありがとう』だってよ」
「へえ、あいつが」
心底意外そうに口を挟んだのはメイクの山根だ。
「前のときは拾ってやっても少し頷いただけでさ、プライド高いぜ、って見せつけてきたのに」
「今撮っている映画のせいでしょうかね」
「10年来の当たり役だって、監督一人で喜んでるぜ」
「そうは見えないけど」
高野は怒鳴っている伊勢を不審そうに見つめる。
「ああ、ありゃ、監督一流のポーズだよ」
山根が事情通ぶって教えた。
「修一はもっと何かを引き出せるって言ってたぜ、監督。今は自分の才能だけに頼ってるが、その上に積み重ねりゃもっといいものが出来るはずだってさ」
「周一郎シリーズも3作目だからな。なまじな演技じゃ客は呼べんって訳だ」
冷ややかな山本の声が続いた。
「あ、それじゃあ修一さん、その当たり役だってうえに感情移入してるのかな」
思いついたように高野が瞬きした。
「修一さんと周一郎、どことなく境遇が似てるし、このところ修一さんも辛い事が続いてましたからね」
感情移入じゃないよ、と山根が嗤った。
「ありゃ、完全に周一郎になりきってるよ。垣を滝に見立ててんのさ、休憩の時もな」
山根のことばと同時に休憩になった。垣さん、と修一が声をかけながら垣の側へ歩いていく。へたへたになって座り込む垣にタオルを渡して、脚本を一緒に覗き込みながら何やかやと話している。
「甘えているんだな、あれは」
「いいじゃないですか、役がうまくいくんだから」
山根と高野がのんびりそれを見守っていると、
「そううまくいくかな」
山本の冷笑が響いた。
「え?」「は?」
高野と山根が振り向く。
「どういうことですか、山本さん」
「簡単なことさ」
訝しげな高野に山本は肩を竦めてみせる。
「確かに修一は周一郎に同化して、勝手に垣に滝のイメージを被せて甘えてりゃ、演技もうまくいくし、あいつもシアワセだろうな。けれど、問題は垣だ」
答えを引き出そうとするように、山本は2人を見返す。問われている気配に、2人はちらちらと視線を交わすが、答えには辿り着けず、山本に視線を戻した。
「垣に『こける』以上の才能があると思うか?」
お前達も知ってるよな、と山本は続ける。
「滝は確かに『ドジでお人好しな一般人』って描写をされてる、けれど、そうじゃないだろ?」
2人が一瞬考え込み、それからそれぞれに、あ、と表情を変える。




