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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
6.シーン203

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3

 昨夜からの顛末。夜、気がつくと修一が雨の中に突っ立っていたこと。迎えに行くと泣いてしがみついてきたこと。部屋に引き入れ話を聞いたこと。そして、とどのつまりは、友樹雅子が重度の薬物依存患者であったこと。

「ふうん……綾野、ね」

「有名どころだよな?」

「まあな。だが尻尾を掴みにくい組織でな、もうちょっと動きを見せてくれりゃ、何とかなるんだが」

「…こいつの母親だけでも何とかならないか?」

 思わず垣は頼んだ。

 確かに話を聞く限り、女優としてはともかく、立派な母親とは言い難いようだ。だが、それでも修一にとっては母親、に違いない。

「なるよ」

「え」

 とても無理だとか、そんなのあり得ないとか、宮田の罵倒を予想していた垣の耳に、意外にあっさりすらりと宮田の肯定が届いた。思わずぽかんと相手を見る。

「なるよ?」

「なるよ」

「なるよって……おい」

「俺がやるんだから、何とかならなきゃおかしい」

 にやりと笑って自信たっぷりに宮田は応える。

「いつかの電話で、雅子が『いつもの場所』って言ってたな。おそらく、雅子はそこに監禁されていると見ていい。その『いつもの場所』って言うのは、薬の引き換え場所のどれかだろうし、この周囲の引き換え場所は売人から聞き出せる。幸い、雅子は『大女優』だからな。友樹君のマンション近くの電話ボックスから、彼女だとわからずに目立たずに行ける所となると、もっと絞られてくる」

「…お前の言うことを聞いてると、凄く簡単そうだな」

「カンタンさ。けど、その雅子の様子じゃ、薬物依存もかなり進行している。回復には入院が必要だろうし、しかも長期になる。そうなるとまた、友樹君の回りが騒がしくなるぞ」

「……だな」

 垣と宮田は同時に修一の寝顔に視線を落とした。と、その気配に気づいたように、唐突に修一が身動きして目を開けた。

「ん……?」

「!」

 いきなり宮田が身を翻して、垣はぎょっとした。たったの2歩で玄関に辿り着いた宮田は、薔薇の花束を掬い上げるように抱え、むくりと体を起こした修一の前に飛び戻ってくる。

「あ…れ……? 垣さん…?」

「おはよう」

「あ…おはよ……僕……どうして………ここ……どこ?」

 修一は呆気に取られた顔で部屋の中を見回す。どうやら昨夜のことはあまり覚えていないようだ。

「はい、友樹君!」

 その修一にいきなり薔薇を差し出して、宮田はにっこり笑った。

「おはよう!」

「お…おはよう…ございます…?」

 明るく挨拶されて、そこはそれ、何とか挨拶を返したものの、この人誰、何でここに、そう言いたげな顔で振り仰ぐ修一に、垣も微妙な表情を返す。

(宮田が何者かなんて、こっちが知りたい)

 昔から得体の知れない男だったし、今現在もそうだし、きっと未来永劫、宮田は理解し難い男だろう。

 修一と宮田の間に通じた奇妙な共感を気づかず、宮田はにこやかに会話を続ける。

「薔薇、似合うねえ、友樹君」

「は、あ?」

 もぞもぞと修一は座り直した。寒そうに毛布をかき寄せる、その仕草にはっと息を呑んで宮田が垣を振り向く。

「かおるっ!」

「呼ぶなっ」

「コイン・ランドリーだ!」

「は?」

「友樹君の服を乾かしてこい! ついでに洗濯もしてこい!」

「オレがっ?」

「薔薇の代金、お前宛にしてもいいぞ」

「どういう権利だ」

「そりゃあお前」

 にいっと宮田は笑う。

「俺は国家の犬だから」

「……わかった、行くよ、行きます」

 本気か冗談かわからないが、人の迷惑や世間体を考えず、何をするかわからないということは事実だ。

「それでね、友樹君」

 2人きりで話せると思ったのか、嬉しそうに話し始める宮田を背中に部屋を出た。

 ジーパンのポケットの小銭を数える。何とかコインランドリー代はありそうだ。

 部屋を出る時にゴミ袋に突っ込んできた修一の服を持って階段を下りていくと、すうっと見覚えのある車が1台、目の前に滑り込んできた。思わず立ち止まると、するすると運転席の窓が降りる。

「?……佐野さんっ?!」

「おはようございます、垣さん」

 どうしてここに、とか、なぜここに、とか言う問いは、佐野には愚問以外の何ものでもない。必要な時に必要なタイミング、必要な状態で現れる友樹家の守護神は、にこやかに微笑みながらことばを継いだ。

「それは修一さんの服ですね?」

「あ、はい」

「着替えはこちらにあります。15分だけ準備に時間を差し上げますから、急いで下さい」

 柔らかいけれども断固とした命令に、溜め息まじりに呆れる。

「知ってたのか、佐野さん」

 昨夜、姿を消した修一を探し回ることさえなかったのか。

「想像はつきます」

 佐野は垣に着替えを渡し、代わりに濡れて持ち重りのするゴミ袋を受け取ると、嫌な顔一つせず、後部座席にそれを置いた。

「修一さんが1人でマンションを出る理由は2つ、父親か母親からの連絡か、あなたを訪ねるためです。陽一さんはまず連絡を入れませんし、雅子さんはあなたも知っている事情の通りです。たとえ、母親に呼び出されたとしても一緒には居られないでしょうし、すぐに帰される可能性が高い。修一さんは人目を引くし、メディアも黙っていませんからね。周囲のそういう動きはなかった。ならば、残る1つはあなたのところです。修一さんのジャケットがなくなっていたし、伊勢さんにあなたの住所を尋ねていたはずだから。傘は残っていました。修一さんはコンビニで傘を買うタイプではありません。昨夜の雨なら濡れ鼠でしょう」

 サングラスの向こうから零れた笑みは艶やかだった。

 ひょっとすると、佐野の方が雅子より、いや陽一よりも、『役者』の技量は遥かに上なのかも知れない。

 呆気にとられて開いていた口をようやく閉じ、垣はそろそろとまた開いた。

「『全部』……知ってるんですか、佐野さん」

 全部知った上で、何が一番、修一を輝かせるかを考えてたりするんじゃないですか、それこそ、両親の状態を知った修一がどう感じるかさえも『計算』の上で。

 そんなことができるのかどうか、それでも垣はあやうく尋ねそうになった。

(佐野さん、実はあなたが裏で糸を引いてたりしてませんよね?)

 そんなことになったら、垣の運命は風前の灯だ。

「さ、どうですかしら」

 佐野はさらりと受け流し、微笑みながら付け加えた。

「でも、私、マネージャーとしても私個人としても、修一さんを『買って』いるんですの。だから、彼の才能を妨げるものがあれば、微力ながら『それ』を排除するのに全力を尽くしますわ、たとえ『それ』が何であろうと」

 ことばは柔らかかったが、底に秘められた冷ややかな凄みにぞくりとした。その垣の表情を見て、佐野は嫣然と笑った。

「あなたは違いますわ、垣さん」

 笑みが深まる。

「私にもわかってるんですのよ、修一さんにとっての、あなたの必要性はね」

(修一さんにとっての)

 それは垣本来の人権とは無関係に、ということだよな?

 ツッコミどころ満載だが、突っ込んだ後の命の保証がない気がする。

「……そりゃ……どうも…」

 もごもごと応じると、再び音もなく窓がせり上がった。

 解説は終わり。心優しい配慮の時間も終了。

 窓とサングラスに遮られた佐野の本音は、氷河なみに凍てついていそうだ。

 垣はそろそろと後じさった。ゆっくりと離れていく車に、眠っている獅子を起こさないような足取りで階段を戻っていく。

(悪い人じゃないんだろうが)

「こええ女……」

 思わず呟いてしまった。


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