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「は?」
頭ががんがんしている。酸素不足に違いない。しかも、それを引き起こした当人は、こともあろうに現職の警察官で、ついでに何があったのどうしたのという顔で垣を眺めているから、余計にむかつく。
「は、じゃねえ、は、じゃ!」
もう少しで人殺しだぞ、お前!
首の回りがざらざらしている。鳥肌立ったのと紐で擦れたの、両方のせいで。擦り剥けてもいるもだろう、触るとひりひりする。
「なんでオレを殺さなくちゃならん!」
睨みつけた垣を、宮田は宇宙人が落語を語ってるような顔で見返した後、ぼそりと唸った。
「友情を裏切った」
「はあ?」
「俺は友樹君が他の奴の手に入らんようにしてくれと言っただろ」
「はああ?」
そんなことをいつ頼まれただろう。
「頼んだよな」
「…それがどうした」
「何なんだ、この状況は」
宮田は目を据わらせて、ついと指差した。その先を辿っていて、つい今まで自分が横になっていた場所に寄り添って眠っているらしい修一の姿を見つける。
「何なんだって…」
こいつが泣いてぐっしょり濡れてしまってたから引っ剥がして、半端に火照った体を冷えないように毛布であっためて、そう説明しかけて、なおも極冷えまで温度を下げていく相手の視線に気がつく。
「友樹君が、濡れたんだ、へえええええ」
「っ、お前っ!」
ことさらに繰り返すことばに、ようやくはっとした。
「待てっ」
「そんなに慣れてると思わなかった」
「おい!」
「ずいぶん啼かせたんだろうな、ええおい」
「っっっ、世の中の男が全部お前と同じ嗜好だと考えるなっ!!」
「どうだか」
「あのなあっ!!」
嘲笑を浮かべる相手の胸倉を掴み上げ、なおも詰ろうとした矢先、
「ん…」
小さく響く声に2人ともひやりと首を竦めた。
「…起こしちまう。……とにかくな、オレにはそのケはない」
「そのケって?」
しらっとした顔で宮田が問い返す。
「……そのケ、だろうが」
「……友樹君、可愛いと思わんの?」
「…あのな」
「お前頼ってきたんだよ、夜中に1人で」
「うーん…」
「いろいろあったからだろ、心細くてさ」
「……うーん……」
まあ少しは可愛いかも、そう呟きかけて、ほうらみろ、と目を細める相手に我に返る。
「いい加減にしろ、それより何だって急に来たんだ」
「急に来られて困ったのか」
「……放り出すぞ」
垣も笑みを消すと、さすがに潮時だと思ったのだろう、宮田はくるりと表情を変えた。
「あ、事情聴取」
「……あれを持ってか」
放置されているサーモンピンクの薔薇を目で示す。
「ずいぶん高いんだろうな」
捜査費用からは勿論出てないよな?
にたり、と宮田の顔が綻んだ。
「貴重な税金をそんなことには使ってない。勿論、全額俺のポケットマネーだ」
今月の給料半分はつぎ込んだ。
「自分を削ってこその愛だろう!」
誇らしげに胸を張る相手に、垣はどっと疲れた。
「はあ」
「まあ事情を聞いてやろう、話せ」
「……切り替えの速さは天下一品だな」
「ありがとう」
「褒めとらん!」
「まあとにかく話せって。どうしてこの子が、『俺』の所じゃなくて『お前』の所に来たのか」
「……微妙に観点がずれてないか?」
「どこが? だから、どういう理由で修一がこういう状況になったかだろうが?」
「………」
垣は項垂れた。どうしてこいつとずっと友人なんだろうな俺は、と思う。追い打ちをかけるように、妙に甘やかな声で宮田が囁く。
「かおる、めげないで」
「よせ」
名前で呼ばれるのは嫌いだ。
「か〜〜お〜〜るっ」
「よせっつーのに!」
わかってやっている宮田は満面の笑みで振り上げた顔を覗き込んでくる。何を言っても堪えない。宮田を驚かせられるのは、日本沈没でも世界の破滅でもない、友樹修一が垣を恋人にすると断言するぐらいのものだろう。
「……わかったよ」
とにかく話してやるよ、と垣は宮田に座るように促した。




